Vol.26 アルゼンチンでの
バイリンガル子育てプラス2言語(前編)
/スペイン語通訳者 相川知子さん

英語とフランス語の授業がある
小中高に進学

ブエノスアイレス市立第一小学校という、公立校ですが「生きた言語」校という名称で、英語とフランス語が毎日1時限合計5時間ある、プルリンガル(複数言語)校があります。娘たちはそこの中高校部までの一貫校入学の抽選に当たり、入学することができました。英語かフランス語かはさらに抽選となり、自分たちでは選べません。幸い英語が当たったので、高学年になって英語の内容が難しくなってからは、作文などの勉強は私が見てあげることができました。
「英語って日本語とよく似ているから私たちはほかの子より簡単!」「ピンク、アイスクリームなんて同じ!」と、娘達は誇らしく英語の授業で習ったことを披露してくれていましたので、やっぱり日本語がわかっていてよかったねーと一緒に喜んでいました。

小学校は昼食後の午後1時15分から4時間半だったので、午前中はできるだけ早く起きて子どもたちと接していました。不規則な仕事なので、念のため、毎日お手伝いさんに来てもらい、家事や送り迎えを助けてもらっていましたが、日本語で接するというタスクは母親の自分がしなければなりません。就寝前の読み聞かせもできる日は頑張りました。ある日、「日本の話はいつもおじいさん、おばあさんばっかり出てくるのねえ」と指摘され、アルゼンチンらしい自分の意見が言える子に育っていることに苦笑しました。

小学校ではアレハンドラ先生という教師歴約20年のベテラン先生に受け持ってもらいました。日本の雑誌掲載のためにインタビューをしたことがあるのですが、「英語を指導していてうれしいのは、大人になった生徒に再会したときに、英語の授業が楽しみだったと言ってもらえること。スキルの習得よりも、英語に対して積極的な姿勢を持ってくれることが重要」とお話してくれました。こんな姿勢の先生に巡り合えてよかったと思います。

日本語とスペイン語が
できるのはすごいことと言い聞かせ続ける

バイリンガル子育において心がけてきたのは、小さいときから「日本語とスペイン語ができるのはすごいことだよ」と、と何度も言い聞かせることでした。さらに、「ママはスペイン語がわからないし、日本人だから日本語でね」と頼みました。食事のときには、パパにはスペイン語、ママには日本語、そして日本語で話すことをパパにスペイン語に通訳してくれるのをほめ、助かると喜びました。そんな日々を過ごしていたので、バイリンガル子育ては順調のように見えました。

しかし、小学校3、4年生頃になると、学校で楽しかったことをいろいろと母親に話したいのに、家庭で身につけた日本語だけでは語彙力も表現も不十分になって来ました。そしてある日、娘たちは母親である私が、父親だけではなく回りの人ともスペイン語を話しているのを発見してしまいました。
「日本語を話さないでもいいじゃない、ママがスペイン語がわかるなら」と娘たちはスペイン語でしか話さず、私だけが日本語で一方的に話すような状態なってしまう時期もありました。しかし私は懲りずに日本語で話しかけ、スペイン語で話しかけられることを「日本語ではこういう風に言うのよ」と直しながらの返答という対応をしばらく続けました。

小学校高学年にもなり、反抗期にもなり、スペイン語で会話ができないなら、話さないという時期もありました。それでも母親と話さないわけにはいかず、中学生になってからは娘たちも根負けしたのか、知らない語彙はスペイン語を多少混ぜながらも、再び日本語の構造で話しかけたり、返事をするようになりました。それに対して私は日本語の語彙を入れて返事をするなど、少しずつまた日本語を使う会話に戻していきました。
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次回は中学生になってからの様子を紹介します。

母と娘2人。

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