
第7回 翻訳、教えてます。
教えるは人のためならず
フリーランス翻訳者になりたての頃、塾で英語や数学を教えて収入をカバーしていた。教えるにはそれなりの準備が必要で、大学受験の問題集を生徒と一緒に何冊も解いた。その過程で、僕の英文法知識は体系的に固まった。フリーランスへの準備段階でしっかり勉強していたはずが、まだまだ穴があったことに気付かされた。
翻訳学校の講師のお話をいただいた際、オファーを食い気味に受けたのは「あのときと同じことを翻訳でもできないかな」と、ちょうど考えていたからだった。決して「自分ならできる」と思ったからではない。自分自身は金銭的事情により翻訳学校で学べず、独学のみで20年近く経験を積んできた。その経験を自分なりの翻訳理論として集大成する最高の機会になるのではないかと考えた。
昨年末から短期コース、今春からレギュラーコースを担当させていただき、まさに狙い通りの体験ができているように感じる。現在12名様を指導中で添削だけでも大変だが、翻訳経験を生かしながらも、やはり穴がぽこぽこあったことに気付かされている。
シナジーがさらなるシナジーを生む
前回、翻訳、通訳ガイド、通訳を仕事にし、あるいは学ぶことによる相乗効果(シナジー)について話したが、それに講師業を加えた場合のシナジーは半端ではない。3つの仕事を結ぶ三角形の真ん中に入るような、ダイレクトな効果を感じている。
翻訳業との関係は上述の通りで、講師業が翻訳力アップにつながるのは間違いない。その逆も明らかで、最近は翻訳の仕事中も「これは例文として授業で使えるんじゃないか」、「こういうのが訳しにくいんだよな」という視点も交えることによって、仕事を一層楽しめている。
人前に立つのは大の苦手で、フリーランス翻訳者になった理由の一つでもあったはずだった。ところが最近はチャレンジ精神が勝ってしまい、通訳ガイドの仕事など、そういう機会が増えている。まだ1年ながら、観光バスで40人以上の訪日観光客を相手にマイクを片手に英語で説明してきた。その経験があったからこそ、教壇に立ち大人に対して教えるという仕事が、どうにかできている。
コロナの影響で3月以降ガイドの仕事はできていないが、ガイド力を高める時間ができたと前向きに捉えている。大学受験勉強中の息子が受けている予備校のオンライン授業、さらにはユーチューバーのプレゼン方法まで、授業をする上で参考にしているが、その経験はきっとガイド業にもフィードバックされるはずだ。
「教壇に立つ」と言っても、やはりコロナの影響で現時点では自宅からの配信となっている。オンラインかつオンデマンドで受講可能なため、僕自身も録画された自分の授業を見ることができる。自分が、日本語と英語をどう話しているか。それを耳で聞き、目で見るというのは、恐ろしいことだ。しかし授業改善のためには、それを避けて通れない。
カリスマ講師や人気ユーチューバーと比べて絶望的な気分になりながらも、「これはダメだ」という部分を一つずつ変えようと努力している。それは通訳でのデリバリー(訳語の伝達力および表現力)改善に直結するだろう。一方で、講義中にその場で訳を考えることや具体例を挙げることを時に求められるが、瞬間的に説得力のある訳をするには、通訳者の瞬発力が必要だと痛感している。