Vol.10 トライリンガルへの長い道のり(後編) /翻訳者・通訳者 丸岡英明さん

母語がしっかりしていることと
文化的アイデンティティの確立が大事

ここで重要になってくるのが、前回も書いた、「母語の発達がしっかりしていることが言葉の習得の成功の鍵を握っている」という点です。私自身、英語をきちんと学び始めたのは中学に入ってからで、中国語を学び始めたのは大学に入ってからです。海外で暮らしたのは、大学3年生のときに香港中文大学に1年間留学したのが始めてです。英語圏で暮らし始めたのは、40歳近くになってからです。それでも、なんとか独学で英語と中国語のレベルを向上させることができ、プロの翻訳者/通訳者としてお仕事もいただけるようになりました。

ここ20年ばかり、翻訳や通訳の仕事を続け、翻訳者や通訳者の育成にも携わるようになる中、小さい頃から無理にバイリンガルやトライリンガルに育てようとする前に、まずは母語を確立し、母語でたくさんの本を読み、幅広い知識を身に付けることが大切であると痛切に感じるようになりました。母語や自身の文化的アイデンティティを確立できなかった人は、往々にして根無し草的になりがちです。

昨年あたりから機械翻訳の脅威が翻訳者や通訳者の間で話題になることがまた多くなってきましたが、人工知能が苦手とすることは、文脈から内容を判断すること、微妙なニュアンスの違いを理解すること、文化的背景を考慮して伝えることなどです。こうしたことは、母語がしっかりと確立されていない人にとっても同様に苦手なことになってしまうことが考えられます。そのため、将来的に、子どもをバイリンガルやトライリンガルに育て、高度な言語能力を駆使して活躍してほしいと考えるのであれば、まずは母語をしっかりと確立することから始めるべきだと思います。

聴力だけは早くから意識を
ネット動画などで便利に

そうは言っても、前回も申し上げましたが、聴力や発音だけは、大人になってから鍛えるのはたいへんです。なので、小さい頃から、多くの言語に接触する機会を設け、外国語に興味をもたせるための罠をあちこちに仕掛けておくことは有効だと思います。子どもは、自分が興味をもったことについては没頭していく傾向にあるので、外国語での動画で気に入ったものがあれば、関連する動画を自分からどんどん視聴していくようになるかもしれません。そうした環境に子どもを置くことは、20年前と比べると遙かに簡単になりました。

昔に比べ、インターネットで得られる情報が格段に多くなったため、外国語のコンテンツを簡単に入手できることになったことも、次女の言語取得について放任主義になった原因の一つです。長女が小さかった頃は、日本に一時帰国するたびに日本のテレビ番組のDVDを大量に購入して持ち帰り、子どもに見せていましたが、次女が物心ついた頃にはインターネットで気軽に動画を視聴することができるようになっており、視聴するためのデバイスも充実していたため、DVDを購入するなどということはなくなってしまいました。

私たちの世代の人間が育った頃に比べると、今の世代の子供達は、技術の進歩によって、世界のどこに住んでいても、インターネットを使える環境にありさえずれば、外国語をより手軽に習得することができます。子どもをバイリンガルやトライリンガルに育てることは、たとえ親が外国語を話す場合であっても簡単なことではありませんが、子どもに興味さえもたせることができれば、そしてその興味を長期にわたって維持することができれば、不可能なことではないと思います。

放任主義での教育を実験中の次女はまだ中学1年生ですので、日本語や中国語を今後どの程度まで伸ばすことができるのかについてはまだまだわかりません。親も子どもも過剰なストレスを感じることなく子どもが日本や台湾の文化に触れ、親近感をもつようにし、自分からすすんで日本語や中国語を習得しようとするような環境を、親として気長にさりげなく用意し続けることができればと願っています。

それよりも、今はまずは母語である英語の能力をしっかりと身に付け、英語を使って論理的な思考がきちんとできるようになり、自分の意見をはっきりと言えるようになることのほうがはるかに重要だと考えています。

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