Vol.9 トライリンガルへの長い道のり(前編) /翻訳者・通訳者 丸岡英明さん

多言語習得には母語の確立と
言葉の使い分けが重要

長女に多言語を習得させる中で、いくつか感じたことがあります。
1つは、子どもに複数の言語を習得させるには、言葉の使い分けが重要だということ。長女には、複数の言葉を混ぜて使うことはさせずに、日本語で話すときはすべて日本語、中国語のときはすべて中国語、英語のときは英語で話すよう強要してきました。家族以外には通じないような、さまざまな言語を混ぜた使い方は絶対にしないように注意したのです。長女にとって、日本語で話す状況は私と話すとき、中国語で話す状況は母親と話すとき、英語で話す状況はそれ以外のときなので、このルールは比較的わかりやすかったようです。次女には、そこまで厳しく要求しなかったため、誰に対しても一番楽な英語で話すようになってしまいました。

2つ目は、母語の発達がしっかりしていることが言葉の習得の成功の鍵を握っているということ。長女は、オーストラリアに移住した小学校低学年までに、中国語と日本語がどちらも母語としてある程度確立しており、日本人かつ台湾人でもあるというアイデンティティが確立していました。ちょうど生活の中心が親から友達に移る小学校の高学年で英語圏に移住したため、移住後は英語のほうが強くなり、英語が新しい母語として確立され、アジア系オーストラリア人(日系でも中国系でもない「アジア系」)としての新しいアイデンティティも確立できたようです。

3つ目は、聴力は幼い頃に鍛えておいたほうがいいということです。長女は、生まれたときから日本語と中国語を聴いて育ったため、文法や単語の使い方にはどちらの言語もおかしいところが多々ありますが、発音はどちらもきれいです。前々回、マイク関根さんが「一般に、柔軟に聴力を鍛えることができるとされているのはおよそ10歳~11歳くらいまでで、それを過ぎると耳は聞き取る音を固定化するようになり、細かい音を聞き分けるのが難しくなる」と書かれていましたが、上の子は英語もギリギリその年齢に間に合ったので、英語の発音もきれいになりました。

トロント大学の中島和子名誉教授の『言葉と教育』によれば、英語圏に入った年齢によって学年平均に近づく度合がどう異なるかを調べたところ、一番伸び率がいいのが7歳から9歳だったそうです。中島教授のいう「学校友達時代」に英語圏に移住した長女に対し、次女は「ゆりかご時代」の2歳のときに移住したため、その言語環境は大きく異なるものとなりました。その理由は、日本語、中国語といった継承語について特別な教育を必ずしも行わなくても、まずは英語という居住地言語をしっかりと学ばせ、継承語は子どもが成長してから自ら選択して学習すればいいという考えに至ったからです。

これについては後編(次女編)で詳しく述べたいと思います。

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