
第7回 通訳を取り巻く録音問題
同業の友人たちの声
ある通訳者の友人は「通訳コース(大学)で、録音は基本的に承諾してはいけない、と教わったのでいつも抵抗がある。少なくとも事前に確認して欲しかった」と。
「事後でもエージェンシーに伝えたり、録音があると想像がつく案件については、こちらから確認したり。その際に、いまひとつ、こちらの質問の意図をエージェントに理解してもらえないことがある」と話していました。
「自信があれば、堂々と載せられるのでは? 自分の宣伝になるのだから、どんどん載せてもらって構わないはず」、言い換えれば「録音してネット上に載せられることに異を唱えるのは通訳に自信がないということだ」と、勘違いする人もいました。 が、これは問題の本質からずれていると思います。
音楽業界や放送業界などでは、追加料金が発生するのは当たり前で、確認しないと問題になります。音源やビデオが公に出る前に「追加料金はこれでいいですか」と制作側から訊いてもらえるはずです。つまり、この問題は、著作権と海賊版の関係と同質の問題なのです。
ある友人は、「責任が問われたら困るというだけではなく、軽い考えで請け負うことで、ボイスオーバー、音声録音するサウンドエンジニアの仕事、テープ起こしや翻訳の仕事まで、知らず知らずのうちに奪ってしまうことにもなる。きちんと考えなければいけないと思う」と言っています。
また、「これについては業界全体で頑張らないと「頼みにくい人」とエージェントに嫌われるだけでその人だけが損してしまう」とも。
会議やイベントから数年経ってから、ウェブサイトやYouTubeに上げられていたことを発見したとか、ラジオ番組用の通訳録音でも「宣伝になるからいい」と思っていたら、そうは言っていられなくなってきたと、このような話を同業者から聞かされることも増えました。
「経験上、エージェンシーで録音代金について、あちらから料金の項目として聞いてもらえたのは一社のみ」
「エージェントと交わした覚書と規定を確認したが、録画・録音、二次使用等については一切言及がなかった」
「日本では習慣化しているので、今更料金の上乗せは難しいだろうし、一次使用については織り込み済みと言われそう」
「会議出席者で、いつもICレコーダーで録音する方がいるが、通訳のパフォーマンスを録音しているわけではなくて、その会議内容を後で聴き直せるように録音しているんだろうな、くらいに思っていた」…などなど。
予防するには?–契約書で「きちんと」カバーされていることは少ない
海外のエージェントでも、私の経験では、契約書にしっかりと録音や二次使用についてカバーしているところは、それなりの数の契約書を目にしてきたと思うのですが、まずなかったと思います。
このようなことから、この問題に関しては、これからは看過してはいられない問題になってきた、と思うのは私だけではないでしょう。
同時通訳は、非常に即興性の高いパフォーマンスであり、繰り返し聞き返して利用することを想定していません。また、ノイズフリーとは言いがたい環境で訳出するので、ボイスオーバーやラジオ番組制作の行われるスタジオ環境からは、かけ離れています。通訳のパフォーマンスの質について、当日ならまだしも、後になってから責任を問われたとしても困るというのはこのためです。
即興性の高いパフォーマンスを安易に「録音しておいてアップすればいい」という考え方。これは考え方そのものに危うさがあります。 その場にいる人の体験と、音声・映像を後日、耳にしたり目にしたりする人の体験は違います。
当日参加できなかった人が、後日アップされた音声ファイルを聴いて「思っていたのと違う」と感じることは言ってみれば当たり前で、容易に想像が付くことです。その人は会場にいなかったのですから。このように、後日クレームに追われるなどのトラブルにつながりやすいことも問題なのです。
予防するには?–考慮すべき新規契約条項
このようなトラブルを予防するには、まずは悪用を許す状況を作らないこと。
欧州の会議通訳者の中には「万が一のために」録音が必要だというのなら、必要になった時まで通訳チームのリーダー(Chef d’Equipe)が保管し、必要になった時に追加料金と引き換えに、録音した通訳音声ファイルを渡すという方法を取っている通訳者たちもいます。
ここはひとつ、Proactiveに考えて、自分たちなりの、できるだけ万全で、且つ適応力のある対策を構築し、契約書の内容確認や、交渉に役立ててみることをお勧めします。
以下、私が所属しているCIOL (the Chartered Institute of Linguists) の過去の会報「Linguist」に掲載されていた投稿からの引用をFood for thought とさせていただき、今回の投稿を締め括りたいと思います。
It is advisable to include a clause on recording and copyright in your standard Terms of Business, so that any new client is aware of the implications from the outset. This avoids unpleasant surprises on all sides. […] The interpretation is the intellectual property of the interpreter and is therefore covered by copyright law. Before recording the interpreter’s work, the interpreter’s written consent must be sought. It is up to the interpreter to refuse such consent. […] If the interpreter consents to the recording of his or her voice, a recording fee becomes applicable. (Sandra Froehlich-McCormack, “The Linguist” – Vol.55, pp7)
●参考リンク
* Interpreting: your rights Sandra Froehlich-McCormack explores the issues surrounding copyright in interpreting
*Memorandum concerning the use of recordings of interpretation at conferences
*Institute of Translation & Interpreting | Recommended Model General Terms of Business for commissioned Interpreting Work
* Do you charge extra when your interpreting is going to be recorded?
*弁護士ドットコム 通訳内容の著作権発生/帰属について