第11回 外国人に人気のハンコは「橘」と「佐々木」

外国人を魅了する日本のハンコ

数年前までは私のお客様の大半は「初めて日本に来ました~」という人が多かったのですが、今やリピーターさんの方が多いのでは?というくらいになってきました。

すると、それに伴ってお土産の性質も変わってきます。緑茶に扇子、お箸に和小物といったザ・ジャパンなお土産は以前の来日時に買ってしまって、そのあとに欲しくなるものといえば……「自分専用」土産のようです。

過日、何度かご指名いただいているお得意様グループとのツアーが終わり、喫茶店でお茶を飲み、精算作業をし、領収証にハンコを押していたときのこと。突然、グループの1人が、
「それは何か?」
と聞くので、
「日本じゃサインの代わりにこれを押すんですよ」
と答えると、
「それだよ、それ! そういうのがお土産に欲しかったんだ!」
と、椅子をガタガタさせてまで力説し出しました。

「日本では赤ちゃんが生まれたら柘植の木や象牙に名前を彫ったハンコを作って一生使う」
とか、
「正式に認めた証としてサインじゃなくて、この国ではハンコっちゅーパーソナルスタンプを押すんですよ」
と、説明するとますます興味津々のご様子。漢字で書かれていることもあいまって、エキゾチックなお土産としてぜひ自分のものを作って持って帰りたいそうな。

でも、なんだか彼らの感覚としてはクマのスタンプやOKマークのような「ちょっと押しちゃおっかなー」程度のものだと思っているようなので、日本人にとってはいかに重要かをとくと説明しておかねば。

「このハンコってやつは軽い気持ちで押すと大変なことになるシロモノでして……。例えば、アパートを借りたり、土地を買ったり、はたまた婚姻届けに押したりと人生を左右するひと押しになるといっても過言じゃないんですよ。友達だからといって保証人としてハンコなんか押しちゃったりしたら運命共同体でもう大変なんだから! だからね、世の中、押し慣れてている人なんて不動産屋に弁護士、部下の責任を取らない社長くらいしかいないから、普通の人は押すときに手が震えるんですよ」

少し盛り気味に言ったせいか、彼らは
「うーん、神聖そうで片手で押すのもはばかられるな。お土産に作ったら神からバッドラックをもらいそうだ……」
と、真顔になってしまい、ちょっと脅し過ぎたかなと反省しました(笑)。

お名前漢字化問題、再び

その後、とりあえず現物を売っているところを見に行こうじゃないかと話になり、まず街中の「○○印舗」のような本格的なお店に入りました。

hanko_01すると、あいうえお順に“高橋”とか“山田”のような日本人の苗字ベストテンに入るようなメジャークラスのハンコがずらっとささっている回転式のラックを見るやいなや、さっきまでのハンコに対する謙虚な態度はどこへやら、
「こっちの漢字がカッコいい」
「一文字が断然渋い」
と、再び騒ぎ始めました。

ちなみに今回の方々のお気に入りは「橘」でした。同じ一文字ならデザイン的に左右対称の「林」とかじゃないのか、と思いましたが、何故だ?(笑)

文字の形で盛り上がっていた後は、インクが自動かつ無限(?)に出てくるシャチハタ印の機能自体に
「It’s magic」
と、驚きの表情を浮かべる彼らなのでした。

確かに無数の穴が開いた特殊ゴムからじんわりインクが出てくるという斬新な仕掛けを考えたシャチハタはマジックに近いのかも。そんなの当たり前だと思い込んでいたため、目から鱗が…と言いたいところですが、シャチには哺乳類で鱗がなかったので落とさなかったことにします。

hanko_02しばし、シャチハタラックの穴から色々な印鑑を出したり戻したりしたあと、
「自分のものを作りたいが何日かかるのか?」
と、すでに作る前提の質問が来ました。お店の方曰く、10日間とのことなので、次の日から京都に行って東京に戻り、帰国する前に引き取ればギリギリ間に合います。

しかし、何より彼らの「○○○ストロム」や「○○○ソン」みたいな長~い苗字を直径1.5センチ程度の円に押し込めるほうが難ありです。それでも私は、レイアウトは妙だけど文字をちっちゃくしてカタカナで入れればいいかと考えていましたが、ここで再び問題発生。出た~、「漢字にしろ」オーダー。以前も書きましたが、ガイドが頻繁に直面するこのお名前漢字化問題、なかなか頭が痛いんですよ。何人もいると同じ漢字がかぶっちゃうし。

例えば今回はスウェーデン人なので、グループ中に3人も「○○○ソン」さんがいます。全員同じってのも芸がないし、Aさんが「○○尊」、Bさんが「○○孫」、でCさんが苦し紛れの「○○損」ってわけにもいかないし。

なぜ私が漢字テストをされる目にあわなければいかんのだ……と逆ギレしそうになってたところに、Cさんが
「あっ、やっぱり形がカッコいいからオレこれでいいわ」
と、さっきのシャチハタラックから1本持ってきました。ん、佐々木? 何でササキ? Cさんによると真ん中の「々」が良いんだって。まぁ、よくわからないけど、本人が良いっていうならいいか。そんなわけですったもんだはありましたが、佐々木氏以外は何とかマイハンコを無事作ることになったのでした。

そして自分のハンコを作れなかった日本名「佐々木氏」のCさんへのスペシャル土産として、私はお店で偶然見つけたゴム印をプレゼントしました。そのゴム印に刻まれていた文字は、私からの心ばかりのメッセージ――「残念賞」でした。

 

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第5回 どこの世界も乾いた心を癒すのは、酒場でやはり同じように乾いているアレだった話

第6回 訪日外国人観光客に影響を与えた映画を取り上げていたら、最終的に映画評論家の水野晴郎先生に思いを馳せてしまった話

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第9回 ババンバ、バン、バン、Banned! 湯船ではそれは禁止です

第10回 日本のカレーライスは溶岩ごはん?