日英翻訳でデビュー 翻訳を通じたいろいろな出会いが楽しい

「知り合いが野球のドキュメンタリーを英訳できる人を探してるんだけど、やらない?」

私の映像翻訳の初仕事はこんなふうに始まりました。当時私は翻訳学校に通っていて、翻訳の求人情報をチェックしてはトライアルに挑戦する日々。しかし未経験者が応募できるトライアルはそう多くはありません。

そんな中、声をかけてくれたのが学生時代に留学先で一緒に暮らしていたホストシスターでした。彼女は映画を撮っているので、私が近況報告をした際に「プロになったら、いつかあなたの作品に字幕をつけたい」と伝えたら、なんと数カ月後に仕事を紹介してくれたのです。

とはいえ私が勉強していたのは英日で、野球に詳しいわけでもありません。請けるかどうか悩んだ末に「実務経験はないし野球の知識もないけど、それでもよければ」と弱気な返事をしましたが、あっさり採用。こうして映像翻訳者としての一歩を踏み出しました。

案件のたびに図書館で資料を借りる

それから3年以上経ちますが、仕事を引き受けるときはいまだに緊張します。ここ数年はドキュメンタリーのご依頼を受ける機会が多く、作品の分野は動物、機械、乗り物、釣り、刑事ものなどさまざま。「本当にできるだろうか」と悩むこともよくありますが、そんなときに自分を助けてくれるのは過去に担当した案件です。「この分野は前にもやったから大丈夫」と言い聞かせて、前回かかった時間を参考にスケジュールを組みます。

素材が届いたら映像を確認して、図書館で関連の本を10冊借りてくるところからスタート。レファレンスサービスもよく利用しており、地元図書館の司書の皆さんにはお世話になりっぱなしです。調べてもなかなかわからないことにぶち当たったときは、翻訳学校で先生から言われた「ドキュメンタリーは物語と違って、調べればわかることが多い」という言葉を思い出し、落ち着いて作業を再開します。

こうしてなんとかやっていますが、心配性のためスケジュールの組み方が慎重すぎて、納品してからしばらく仕事のない日が続くことも。そうなると「もう仕事が来ないんじゃないか」という不安が胸をよぎりますが、隙間があったおかげで請けることができた案件もたくさんあるので、最近はうじうじ悩むのはやめました。開き直って音楽を聴いたり、映画を見に行ったり、ドラマを一気見したり、本を読んだり、ここぞとばかりに掃除したりしています。

普段は引きこもっていますが、趣味はライブに行くことです。私は学生時代からthe pillowsというバンドが大好きで、ツアーには欠かさず参加。今も彼らの最新アルバムを聞きながら原稿を書いています。そういえば、会社を辞めて翻訳の勉強を始めようと思ったときも、背中を押してくれたのは彼らの音楽でした。ロック好きのアピールが功を奏し、近頃は音楽関連の案件のご依頼も増えてきたので、いつかthe pillowsに関する翻訳を担当するのが目標です。

訳した作品の台詞に励まされ

不安なときや落ち込んでいるとき、自分が訳した作品に登場した人物の発言や行動をふと思い出すこともあります。世界的に有名なミュージシャンの「本番前はいつも頭が真っ白になる」という言葉だったり、ベテランの仕事人が無理難題を押しつけられても責任を全うしようとする姿だったり。携わった作品に誰よりも励まされているのは私自身かもしれません。

作業中の気分転換はSNSをのぞくことです。最初は情報収集のつもりでいろいろな同業者をフォローしていましたが、今となっては皆さんの雑談を読むほうが楽しみになっています。最近はSNSで知り合った翻訳者さんにライブ会場で初めてお会いしたり、翻訳学校の元クラスメイトのライブを見に行ったりしました。翻訳をしていなかったら、たとえ同じ会場にいてもきっと話すことはなかったでしょう。

そういえば日本映画の英語字幕を担当するときも、自分ではあまり見ないようなジャンルの作品も少なくありません。翻訳をしているといろいろな出会いがあっておもしろいなと思います。

『通訳・翻訳ジャーナル』2017年夏号より転載★