第12回(最終回) 壁を乗り越え、また繰り返す

フィードマックを得てわかること

さて、評価の軸は自分自身におくものの、この仕事はお客あってのもの。クライアントのフィードバックを得ることは重要です。自分が現場で試していることや意識して取り組んでいることが結果として表れているのか確認する機会でもあります。でもクライアントもそんなに暇ではないので毎回聞くわけにはいきません(そもそもフィードバックするのは義務ではない)。私は基本ルールとして4日以上連続して入った現場のみを対象として、機会をみつけてフィードバックを頂いています。4日も稼働すれば全体的な評価がしやすいですし、私もクライアントが求めるスタイルに適応できるからです。以下はこの秋に受けた海外案件で実際に頂いたフィードバック。担当者がバイリンガルだと丁寧な意見を頂ける場合が多いです。

・非常によく通る声で、発音もきれいで聞きやすかった。
・会食時等を含め、通訳としての立場を常に意識いただいた態度であった。
・すべてを必死に訳するのではなく、適宜伝わりやすい口調・テンポを守りながら、要点を上手く訳されていた。すべてを訳そうとすると、時折聞く方も分かりづらくなる事があるのですが、訳しながら要点を上手く伝えるのは、上級者の技のように感じた。
・X国からのハードな移動でご無理もあったと思いますし、当日も会議時間変更で休憩が十分取れない状況でしたが、嫌な顔もされず、プロとして適宜対応頂き、非常にありがたかった。同じく通訳をした社内通訳のAからも、スキルも高く、良い方でしたよ、との話だった。
・生産系の訳については苦労されていた印象ですが、弊社からの情報インプットの不足もあったため、今後お力添え頂く際には資料の事前提示などの改善をすれば問題ないと思う。

訳出のテンポは常に意識しているので、この部分を評価してもらえるのは素直に嬉しい。時間が少ない状況での逐次通訳は内容を要点に絞ってスピードを優先したのですが、ここもきちんと理解してもらえている。ブースで一緒だった社内通訳者さんの評価も嬉しい。社内通訳者なので訳のディテールや表現力では到底かなわないのですが、だからこそなおさら価値がある評価だと思います。しかし最後の「生産系の訳については苦労されていた」というのはかなり優しい表現になっていますが、実際はボロボロでした。資料が不足していたとはいえ、特殊技術を扱う内容だったので、担当者をどこかでつかまえてしっかりレクチャーしてもらうべきだったと反省しています。

これ以外にも、私は通訳仲間に自分のパフォーマンスについて聞いたりすることがあります。隣に座っているパートナーが自分のクセを一番知っていることもあるのです。「私ごときが他人の評価をするなんて……」と考えている通訳者も少なくないですが、相互批評は欧米ではどこの大学でも普通に行われていることです。上から目線でモノを言うのではなく、客観的に気付いた点を出しあう、ただそれだけのこと。みんなで協力して学び合う営みなのです。

悲観せず設定した目標に進む!

さて、これまでいろいろなメンタルトレーニング方法を紹介してきましたが、それでも第1回で紹介した通訳者Bのように自分に自信を失ってしまうことがあるかもしれません。自分はダメな通訳者だ、とネガティブな思考が脳を支配してしまうことがあるかもしれない。けれどネガティブなあなたが認めている事実は真実なのでしょうか?そもそも思考の論理上の誤りではないのでしょうか?アメリカの精神科医アーロン・ベックは、人がもつネガティブな思考はたいてい真実ではなく、それを意識的に否定することでうつ病等の治療に革命を起こしました(認知行動療法)。私は通訳者として一定のキャリアを築いた後で認知行動療法について知ったのですが、無意識にそれを実践していたのだと思います。必要以上に悲観せず、設定した目標に向かって真っ直ぐ進んでいく。それでいいのです。最初から負けることを考えているバカはダメだと猪木も言ってますよ!

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