第6回(最終回) 文体の一貫性を保つ

応募訳文 その2

【21】
 日記は男によって綴られる。力強い筆を、滑らかな薄い紙のうえに走らせ、集めて束にしたものを紐で結わえ、漆を塗った箱に納める。このことを知っているのは、そのような日記を見たことがあるからだ。高貴な女性もまた、都で、あるいは旅先の山里で、日記を綴るといわれている。それらの日記が、悲哀に満ちたものが多い(といわれている)のは、女の人生には悲しさや虚しさがそこらじゅうに転がっているからだ。
 男も女も、多種多様な日記を書く。未婚の女狐にもそれが書けないものか、試みてみたい。
 わたしが敬い、師と仰いだのは賀陽良藤だ。こういってはなんだが、それは無愛想で無骨な、流麗さのかけらもない、咆哮のようなものである。とはいえ、ほかにどう始めればよいのか、わたしにはわからない。所詮は狐だ。甘美な言葉など持ち合わせていない。

【22】
 日記を書くのは男たちだ。力強い筆使いでなめらかな和紙に書いたものを、飾りひもで束ね、漆の箱におさめている。それを知っているのは、そんな日記を見たことがあるからだ。その日記には、高貴な女性のなかにも日記を書く者がいると書かれていた。女たちは都や、地方への旅の途上で日記を書いている。そのような日記は悲しみに満ちたものが多い(と書いてあった)。女がつらいことと待つことばかりの人生を送っているからだ。
 男も女もさまざまな日記を書く。それならば狐の娘でも書けるのではないか。
 あの人に会い、あの人を愛した。わたしの主人である賀陽良藤かやのよしふじだ。こんなふうに短く、鋭く、上品さのかけらもない言葉でしか表せない。まるで吠えるように。こんな言葉以外にどう書きはじめていいかわからない。わたしはただの狐。上品な言葉など知らない。

【23】最優秀訳文
 日記というのは殿方がお書きになるものでございます。さらりとした上等の紙に力強い筆の運び、それを束と重ねて飾りひもで結び、漆塗りの箱へと納めておいでです。わたくしはそのような日記を拝見したことあるのでございます。都住まいや鄙への旅の様子などを日記にお書きになる高貴な奥方様もおられるとのこと。奥方様の日記は憂いに満ちたものであることも多いと申します。悲しみに暮れ待ちわびることが女の人生なればこそ。
 人間様のお書きになる日記は実に様々でございます。されば、この女狐めにも書けぬものでございましょうか。
 わたくしはあの方、主人である賀陽良藤様にお会いして恋に落ちました。このようなわたくしの申し上げようは、言葉も足らず、飾り気もなく、品なく吠える犬のようでございましょう。されど他に申し上げようもございませぬ。わたくしは一介の狐にすぎず、雅な言葉には縁なき身なのでございます。

【24】
 日記というものは、男性が書くものだ。滑らかで上質な紙に、力強い筆使いで書き綴ったものを数冊にまとめて紐で綴じ、漆の塗られた木箱に収める。こんなことを知っているのは、ある日記がそうして書き上がるのを見たことがあるからだ。一方、都の暮らしや旅先の地方での出来事を日記に綴る貴族の女性もいるという。こうした日記は悲哀に満ちたものが多い(らしい)。女性の一生がもの悲しさや宮仕えで成り立っているが故のことだ。
 
 男性も女性も、それぞれ思い思いに日記を綴る。それなら、狐の少女にも日記が書けるかどうか御覧に入れよう。
 
 私は彼を一目見て、好きになった。飼い主の賀陽良藤だ。ここまで書いてみると、唐突でぶっきらぼうな表現で、おまけに品のかけらもなく、まるで狐の吠え声みたいだ。だが、他に何から書き出せばいいのか分からない。私はただの狐だ。上品な言葉遣いなど知らない。

【25】
 日記は男がつけるものだ。力強い筆さばきで滑らかなわら紙にかかれ、束に纏められて飾りひもで綴じられ、漆塗りの箱に収まっている。こうした日記を一度みたことがあるのでよく知っている。同様に、高貴な婦人が、都での生活や地方を旅する際に日記をつけた、といわれている。そして、このような日記は、たいてい苦悩に満ちている、なぜなら、女性の人生は悲しみに満ち、ひたすら待ち続けるのみだからだ。
 男女共、いろんな日記を書いている。キツネの娘もまた、日記が書けるかどうかみてみよう。
 主人の賀陽良藤に出会い愛してしまった。短い、簡潔な言葉でこういうと、まるで狐の吠え声のように優雅さがない。が、他にどう書きだしたらよいか分からない。狐にすぎないので、お上品な言葉使いができないのだ。

【26】
 日記は男の人が書きます。力強い筆遣いでしたためられた滑らかな上質紙は束ねられ、ひもで綴じられて塗りの箱に収められます。日記というものがあることは知っておりました。以前見たことがありましたから。都で、あるいは田舎への旅のつれづれに、日記を綴るやんごとなき女性たちもあまたいると聞きいております。女が日記に書き連ねられているのは悲嘆ばかり(だそうです)が、その理由は女の一生が悲しみと受け身に満ちているからだと。

 男も女も、日記に書くことは人によってさまざまに異なりましょう。人もすなる日記というものを、娘狐に書けるか否か、やってみればわかるでしょう。

 あのお方に巡り会い、愛しました。私のご主人様、賀陽良藤を。自分で書いておきながら、なんとぶつ切れて角々しい、品も何もありゃしません。まるで動物の鳴き声です。けれどもこう書くほかに、どんな出だしにしてよいのやら、皆目わからないのです。私はただの狐でございます。流麗な言葉は持ち合わせていないのです。

【27】
 日記は男たちによって紡がれてゆく――力強い筆が滑らかな雁皮紙を打ち、綱車へと集結し、組み紐で括られたのち、漆塗りの箱へとしまわれる。
 わたしはそうした日記に見覚えがある。
 そこには、都やら地方への旅路の途中で日記を紡ぐ高尚な女たちの姿も在るという。
それらの日記はしばしば、悲哀と期待に溢れた女たちの人生に対する嘆きで埋め尽くされているそうな。
 男と女はあらゆる日記を紡ぐ――わたしは確かめるつもりだ、女狐にも日記が書けないかどうか。
 わたしは出逢い、恋い焦がれたのだ。主人である賀陽良藤さまに。
 このことを語らせてほしい。それはまるで吠えるように短くて刺々しい、決して優雅とはいえないものだが、ほかにどのようにして始めたらよいか、皆目見当がつかない。
 私はただの狐、ことばの優雅さを知らないのだから。

【28】
 日記というのは、男の人が書くものだ。なめらかな和紙の上にぐいっと筆を走らせ、束にして紐でくくって漆の文箱におさめる。あたしだって知っている。実物を見たことがあるから。都での暮らしや地方への道のりを日記に綴る貴族の女の人もいるらしい。だとしたら、そんな日記は、つらいことでいっぱいにちがいない。だって、女の人の人生は待ってばかりで悲しいことだらけだから。
 男の人も女の人もそれぞれ日記を書いている。じゃあ狐の娘だって、日記を書くことができないわけじゃないはずだ。
 その人を一目見たとたん大好きになった。あたしのご主人、賀陽良藤様を。こんなふうに書くと、なんだか言葉足らずでむき出しで、まったく情緒がない。吠えてるみたいだ。でも、ほかにどうやって書きはじめたらいいかなんて、思いつかないから仕方がない。しょせんあたしは狐なんだし。お上品な言葉遣いなんてできやしない。

【29】
 日記は男によって書かれてきました。強い筆致でわら紙の上を滑らせ、束ねて紐で結んで、漆で塗った箱にしまうのです。このことはよく知っています。そんな日記を見たことがあるからです。日記を書いている高貴な女性は、都や諸国の旅先にいるといいます。そういった日記は嘆きに満ちていることが多いとか。女の人生は悲しみと待つことばかりですから。
 男も女も様々な日記を書いています。狐の娘も書けないものかやってみようと思います。
 主人の賀陽良藤に会って恋に落ちました。私がこう言ったところで、短くきつくて優雅さのない、ほえ声のようにしかなりません。けれども、ほかにどう始めたものか見当もつきません。なにぶん狐ですから、上品な言葉は持っていないです。

【30】
 日記をしたためるのは男。米の和紙に力強く書いたのち、ひとまとめにして飾り紐で縛り、漆塗りの箱にしまう。なぜこのようなことを知っているか、それは同じような日記を見たことがあるからだ。中には日記をつける高貴な女もいると聞く。都で書き、また旅先で書く。このような日記は(聞いたところでは)悲しみに包まれていることが多いが、女の生き方それ自体が悲しみや待つことで溢れているからだ。
 男と女それぞれしたためる日記はさまざま。狐の娘にも書けないものだろうか、試してみよう。
 あの方を一目見て心を奪われてしまった。愛しい賀陽良藤様。口に出してはみたが、短くてきつい声、品もなく、まるで吠えているだけ。とはいえ、他にどうしてよいのか考えもない。なにせただの狐であり、言葉の優美さなど持ちあわせてはいない。

【31】
 日記というのは、男がするもの。すべらかな和紙に書かれた雄渾な筆つかいからしてそう。そして束ねて、飾り紐をかけ漆箱に収められる。私もそのような日記を目にしたことがあるのでわかります。聞くところによりますと、都でのことや所領地への旅のことを日記に綴っていた貴い婦人方もおられる由。こうした日記は悲嘆に満ちたものが多いそうな。女たちの暮らしといったら、悲しみと待つことばかりだったのですから。
 男も女もそれぞれに日記を書いていたわけで、狐の娘にだって日記が書けないものかと思ってみるのです。
 わが主賀陽良藤を目にすると私は彼に恋してしまいました。このことを口にしてみましたが、それは短く鋭く優雅さにも欠けるもので、獣の吠えるのに似ていました。何となれば、私にはほかにことを起こす手立てなどなかったのですから。私はただの狐。まったき言葉を使うことなどできませぬゆえ。

【32】
 男たちは日記をつける。確かな筆致でなめらかな和紙に書きつけたら、それを束ねてひもでとじ、漆塗りの箱にしまうのだ。というのも、わたしはかつてそんな日記を見たことがある。聞くところによれば高貴な女たちもまた、都で、あるいは方々への旅のなかで日記をつけるそうだ。その多くには(これも聞いた話だが)延々と嘆きのことばがつづられていて、女の身の上はかくも哀しみと忍耐に満ちている。
 男も女も様々に日記を書くのだ。では、狐の乙女にも書けるだろうか。
 わたしはあの人に出会い、恋をした。我が主、賀陽良藤。こう言ってしまうと、短くて直接的で、まるで吠える声のように品に欠けるが、ほかにどう書き始めたらいいのか分からない。わたしはただの狐で、品の良い言い回しなど持ち合わせていない。

【34】
 日記は男性によってしたためられる。通草紙の上に力強い筆跡で記され、巻物として束ねられ、紐をかけられ、漆塗りの文箱に入れられる。私は日記がそういうものだと知っている。そのような日記を見たことがあるからだ。高貴な女性で、都や田舎へ向かう旅路で日記を書く人もいるという。そういう日記はしばしば悲哀に満ちている(と言われている)。なぜなら、女性の生涯は悲しみと人を待つ時間で満ちているから。

 男性と女性は様々な日記を書く。狐の少女にもできないだろうかと思い、私も日記を書いてみる。

 私は私のご主人である賀陽良藤様に会い、恋をした。こう書いてみるが、簡潔で端的に述べすぎていて、優雅さを欠いている。まるでほえ声のようだ。それでも、他にどう書き始めればいいか全くわからない。私は狐にすぎず、優雅な言葉を知らないのだ。

【35】
 日記というものは殿方のなさるもの。滑らかな麻紙に力づよい筆跡で記し、束ね、紐で綴じ、漆の箱にそっと仕舞い置かれるもの。ええ存じて居ります。といいますのも、私もそのような日記を見たことがあるからです。聞く所によれば、高貴なご婦人方のなかにも日記をなさる方がおありだとか。みやこで、また、地方を旅された先々で、お記しになるとか。こうしたご婦人方の日記は(これも聞いた話です)しばしば嘆きで一杯だといいます。女性にょしょうの生涯というものが悲しみと待つことで溢れているからだというのです。
 人というものは男も女もさまざまな日記を書くものなのですね。では一つ、私め、この乙女狐にも書けるものかどうか、試してみましょう。

 あの方を見て、私は恋をしました。私のご主人さま、賀陽良藤さまのことです。はい、かように、私は率直にきっぱりと申します。優美さには欠けるでしょう。木の皮のように飾りっけない。でもほかに、どんな言葉で、この話をはじめたらよいのかしら? 私は、ただの、狐の娘っ子。優美な言葉づかいというものを持ち合わせていないのです。

【36】
 殿方によって綴られる日記。滑らかで上質なわら紙の上に力強い筆圧の毛筆書き。漆塗りの箱の中に飾り紐で留められた巻き物。これは私が以前見た日記の記憶。そして高貴な御婦人方もまた日記を綴っていたようである。都市でのことや地方への旅の道中のことについて。彼女たちの日記は深い悲しみに満ちていることが多い(と言われている)。なぜなら、彼女たちの人生は悲哀や忍耐の連続だから。
 殿方も御婦人も様々な日記を綴る。人騙しの狐にも書けないものだろうか?
 彼に出会って恋をした。私だったらこう書くだろう。短的で率直で優雅さがなく、まるで獣の一吠え。しかし他に書き出し方がわからない。私はただの狐、上品な言葉の作法を持ち合わせてはいないのだ。

【37】
 日記は男によって綴られる。強い筆遣いで書かれたわら紙が、束にまとめられ、飾り紐で結ばれ、漆塗りの箱に収められる。このことを私は知っている。というのも、そのような男の日記を見たことがあるから。都にてあるいは地方への旅の途上で、日記を書く高貴な女がいるとも聞いている。この女の日記は悲哀に溢れていることが多い(と言われている)。というのは、女の一生は、悲しみと待つことばかりだから。
 男も女も様々な日記を書く。狡猾な女中も日記を書けないのかやってみようと思う。
 私は主人の賀陽良藤に出会い、彼を愛した。この言葉は、短く鋭く優雅さなどない。叫びに似ている。しかし、これ以外にどうやって日記を始めればよいのか私には思いつかない。私は狡猾な狐にすぎない。というのも、私の言葉には上品さの欠片もないから。

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