第6回 訪日外国人観光客に影響を与えた映画を取り上げていたら、最終的に映画評論家の水野晴郎先生に思いを馳せてしまった話

あなたも私もスカーレット・ヨハンソン

街を歩いていると、特にある場所だけやたらと外国人観光客が集中しているスポットがいくつもあります。以前は、「ふーん、そんなに珍しいのかなぁ」くらいにしか思っていなかったのですが、後からそこを訪れる理由をよくよく聞いてみれば、そこは映画やアニメ、ドラマのロケ地や作品の舞台だったりします。

6-01「外国人がやたらビデオを撮っている場所」としてまず挙げられるのが、渋谷のスクランブル交差点。もちろんあれくらい大規模な交差点を埋め尽くすほどの人が整然と渡ること自体珍しいのかも知れませんが、観光客の皆さんがここを訪れるワケは、映画『ロスト・イン・トランスレーション』です。

主役のスカーレット・ヨハンソンになりきって交差点を渡る人もいるのですが、この映画、見ず知らずの訪日外国人が偶然出会ってよからぬ方向でドキドキする話なので、ガイドの私としては映画のような危険な“旅行中だけのいいこと”はご遠慮願いたいと心配します。恐縮ですが、滞在中のアバンチュールは懸案の事項に発展しかねないものなんで……。そこのとこ、ヨロシクお願いしたいものです。

この『ロスト・イン・トランスレーション』が外国人観光客に及ぼす影響は図り知れなく、渋谷の交差点ばかりか、映画のコースそのままに辿る方もいます。新宿のパークハイアットに泊まって、52階のニューヨークバーで1杯やってからエレベーターで上がったり下がったり……、ここまで念入りの方はエレベーターで下がったついでにパークハイアットのデリカテッセンで「PARK HYATT TOKYO」のロゴバッグを買っていました。“TOKYO”の文字が重要です。ロケハン完了記念のお土産なんですね、きっと。

小泉元首相&ブッシュ元大統領なんか目じゃない!

もうひとつ、外国人観光客が「ここが映画の中のあのロケ地!」とテンションが上がる場所があります。だいぶ前にはなりますが、西麻布の創作和食レストラン「権八」に初めて外国人観光客をお連れしたときのこと。

そのとき私には、これは話のいいネタに違いないと温めていたエピソードがありました。そこで席に着くなり、相当ドヤった感じで「実はこのお店は、かつて小泉元首相がブッシュ元大統領をもてなした場所でして」と切り出したものの、全く反応がありません。ここが映画『キル・ビル』のロケ地だと気づいたようで、ほとんど私の話を聞いていないのです。メニューの説明も聞いてないうえに、みんなでさっさと割りばしをパキパキわって両手で握り、大声と共に切り合い出しました。

2階の個室っぽい席を予約していたからよかったものの、いい大人が立ったり座ったりしてチャンバラに興じるのはいささか目立ちます(しかも割りばし)。体を切られた人達は倒れる演技までしてるし。さらに興の乗って来た皆さんは、私にも立ち上がって切られ役をやれなどと言うので、私の内心は『キル・ビル』というかキル・ユーな感じです……。

チャンバラ劇主演の皆さんは、お土産と称して割りばし袋をバッグに入れていました。これもロケ地訪問記念のお土産ですかね。うーーん、二軒目に選んだのが悪かったか。以後、酔いが回ってないうちに連れてくるべしと肝に銘じました。

外国人観光客は鮨の夢を見る

そして、スシ通の外国人にも「これぞ!」というものがあります。「日本に来たら最高のスシを!」と熱望していて予算が青天井の方だと、だいたい「ジロー知ってるか? それからジローの映画は見たか?」とおっしゃいます。日本に沢山ジローはいれど、この場合のジローは、あの方しかいません。高級寿司店「すきやばし次郎」の寿司職人・小野二郎氏です。で、「Mr.スキヤバシよね?」と返すと、「どうしても滞在中にすきやばし次郎の寿司を食べたいから予約してよ」とリクエストされます。

小野二郎氏の半生を描いた映画『二郎は鮨の夢を見る』は食通のみならず、日本にいらっしゃる外国人の間でもかなり有名です。ただ、ご存知の方も多いと思いますが、ミシュラン三ツ星の超名店なので、「それじゃ明日の予約で!」というわけにはいきません。外国人だけのグループはホテル経由でないと予約できないこともあります。

6-02四方八方手を尽くしたんですけど、いろいろ障害があってですね、今回は席が取れませんでした……となった場合、ジローの味を何とか持って帰れないものかとなります。「寿司折は海外へ持って帰れないけど、ジローで使われている海苔はどう?」と聞くと、「Wow、それそれ! それにしよう!」と二つ返事が来ます。

実際、すきやばし次郎さん御用達の「築地丸山 寿月堂」が築地にあるのでそこへ買いに行くと、外国人観光客は我も我もとそんなに買ってどうするのかという量を両手で抱えています。ジローの看板、偉大なり。「毎日スシパーティーを開かないとその海苔しけちゃうよ」と懸念を表明しても買っている本人は「いや~、スーツケースに入れれば昨日買ったガラス瓶入りの日本酒のちょうどいいクッションにもなるしね」と、私の余計なお世話は軽く一蹴されました。

……というわけで、日本の風景が外国映画に紹介されるにしたがって、「あの場所」を目当てに来る外国人も倍増中です。

「いや~、映画って、日本にお客さんも呼んでくれて、本当にいいもんですね」

ええ、映画評論家の水野晴郎先生、おっしゃる通りでございます。