第9回 リスクを引き受ける

不合理なゲームから学ぶ

最近、ポーカーにハマっています。元々は囲碁やチェスに代表される完全情報ゲームを楽しんでいたのですが、常に不確定要素がある中で意思決定を行う不完全情報ゲームがとてもおもしろいと感じるようになりました。人生は不確定要素で一杯ですからね。

一言でざっくり表現すれば、ポーカーは読みと確率のゲームです。しかし不完全情報ゲームゆえに読みは限られた情報をベースに行いますし、仮にゲームの途中まで勝率が98%であっても最後の最後でひっくり返されることもある(ちなみに私は昨年の日本選手権でKKプリフロオールインしてJ4oに負けました。勝率87%なのに……)。人生と同じく、時にはとても不合理なゲームなのです。

こういう不合理なゲームをしていると、運がないときは耐え忍ぶこと、そして自分が下した決断を後悔しないことを学びます。つまり結果的に負けても、自分が当時置かれていた状況では正しい判断をしたのだからしかたないね、と納得して割り切ることが重要なのです。

通訳者は毎日が小さなミスの連続です。後から反省すると、あれが最寄りの訳だった、これがもっとよかった、というような訳が結構ある。でもそこで後悔するよりも、自分の選択は正しかったと考えること、「学ばせてもらった。次回にこれを活かそう」と常にポジティブに考え続けることが大事だと思います。

リスクと上手に付き合う

ポジティブに考えるには、リスクと上手く付き合う方法を知らなければなりません。日本人はとにかくリスク嫌いで、通訳者にもそのような方が多いような印象ですが、リスクは日常生活のあらゆる部分に存在します。大事なのはリスクを避けることではなく、避けるべきリスクを理解することです。この点を誤解している人がとても多い。

通訳でいえば、避けるべきリスクは集合時間に遅れること、必要以上に訳が遅れること、クリティカルな用語・表現で誤訳をしないことなどがあるでしょう。私は法廷通訳者として初めて担当した刑事裁判で執行猶予をprobationと訳してしまい、後で裁判官に注意されたことがあります(probationではないと知ってはいましたが、緊張から間違ってしまったのでしょう)。このような白黒はっきりしている部分は正確に訳さなければなりません。基本的な用語集は作成して準備していたのですが、それを当日も手元に置いておけばよかった、つまり避けられるリスクに関してはきちんと準備するべきだったと反省しました。

計算してリスクを取る

それに通訳の現場には避けられないリスクが溢れています。「なんとか逃げ切れた!」と感じる現場も少なくありません。けれど、通訳者が仕事を通じて成長するためには現場で色々な工夫をして表現を磨く必要があると思います。つまり、リスクを、不確実性を素直に受け入れて、むしろ楽しむ姿勢が必要なのではないでしょうか。これは現場に限らず、営業面でも同じことが言えます。フリーランスとして活動している通訳者は、フリーという立場がもたらすリスクばかりに注目しますが、チャンスにもっと目を向けてもよいのではないでしょうか。

この点に関しては格闘家の青木真也氏が秀逸な記事を書いています。
『リスクを取らなければ自分の価値は上がらない』

通訳者、特にフリーランス通訳者は計算してリスクをとるべきだと思います。技術面でも、営業面でも。私は英日が嫌いだから日英方向しか通訳しません、という意味不明な通訳者も地方にはいるようですが、自分の殻をやぶれない人に未来はありません。人間の脳は自己保存の本能をもっていますから、気に入らないもの、難しいものは避けて通るのが自然な反応ですが、そんな人が多く集まる社会/市場で差別化をするにはリスクをとって前進するしかないのです。

例えば私が有志と共に設立した日本会議通訳者協会も、運営に必要な時間、労力、資金を考えると短期的にはあまり割に合いません。むしろリスクのほうが大きい。しかし中長期的には活動を通して会議通訳者間の交流を促進し、通訳者の社会的地位を向上するとともに、エージェントを含む業界関係者とのつながりを強化することで通訳業界全体にポジティブな貢献ができると考えています。つまり長い目でみれば期待を上回るリターンを得られると賭けているわけです。幸いなことに、多くの有能なプロ通訳者、業界メディア、エージェントの協力を頂いています。

通訳者は現場でも、現場以外の営業活動などでもストレスにさらされることが少なくないと思いますが、避けるべきリスク、進んで引き受けるべきリスクをきちんと把握しましょう。ケリー・マクゴニガルもストレスを感じるのは悪いことではないと言っていますから!

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日本会議通訳者協会(JACI)が8月27日(土)に渋谷で第2回日本通訳フォーラムを開催します。
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