
第2回 包丁片手に、これが本当のブレードランナー
外国人旅行者は日本の包丁が大好き
日本から海外へあまたのカルチャーが発信されてきたといっても、外国人旅行者の皆さんの間ではまだまだ「ゲイシャ」「フジヤマ」「サムライ」の基本3点セットのイメージは存在感が大きいようです。なかでも、サムライといえばハラキリ(ちなみに私はハラキリよりシメキリの方が怖いですが)、ハラキるものといえば刀、そう日本製の刀や包丁はお土産としても絶大な人気を誇ります。ほかには何もいらないけれど、包丁だけはどうしても買っていきたい! という人のなんと多いことか。ガイドとしてはその日の予定をつつがなく遂行するのが務めではあるけれど、包丁ショッピングにいったん足を止めるとほとんどの場合エンドレスになってしまうので、時間コントロールの面からいえば、最大の鬼門でもあるのです。でも、外国人旅行者の皆さんが母国に帰ってから自慢の一刀で現地のゴツい肉をスパーーーンと切り、振り向きざまで「どやっ?」と言いたい気持ちもわかるので、ついつい私も長引く買い物タイムに巻きをいれるどころか延長してしまうことに。あと10分、そしてさらに30分、最後にもうあと30分、とカラオケだったら完全に高額超過料金支払いコースです。
海外ブランドの包丁も日本製
少し前までは外国人がそんなに日本製にこだわる理由がいまいちわかりませんでした。そりゃあまあ、小学生の頃の試験でも「刃物といえば燕・三条」と習いましたが、そんなに世界に誇るものか? という感じでした。ある外国人旅行者に「え~だって、ドイツのツヴィリング(双子マークのアレですね)とかもあるじゃないですか?」と言ってみたら、その方はニヤッと笑いつつ「おいおい、ツヴィリングのメイン工場はギーフプリフェクチャーのセキシティーだよ」と。何っ? 確かに岐阜県関市は日本の刃物の50%以上を生産するザ・キャピタルオブ刃物と言っても過言ではないけれど、外国メーカーの主力工場まであるとは……不勉強でした。その方曰く、日本製の包丁は素材・バリエーション・デザインにおいて、持ってて損はない1本なんだそうです。そんな訳で、多くの旅行者のあいだでは日本に来たら、「1に包丁、2に包丁、3、4は木刀かもしれないけど、5はまた包丁」というくらい日本の刃系土産は大定番のようです。
包丁の聖地で大興奮する外国人
では実際にツアーの中でどこに行って買うかと言えば、築地や合羽橋、京都の錦市場が刃物ショッピングの3大聖地で、それに加えて、ツアーコースによっては日本橋や京橋も、というところです。お土産には予算を割かないと宣言していた外国人たちもツアー日の朝イチに「今日はご要望の包丁買い物デーですよ」と告げると嬉々として結構な額の予算自慢を始めたり、こういう用途でこういうナイフを何本買う予定だとか、出発前から妙に詳細なセルフプレゼンテーションが始まってしまいます。ガイドは朝の集合時には今日はちゃんと盛り上がるだろうかと心配するのが常ですが、こういう日は違います。抑えるのに苦労する。いうなれば、初めての遠足を引率する担任。ひたすら、ハイ皆さん、落ち着いて、落ち着いて、の1日なのです。そしてお店に着くと、もはやだれも私の言うことなんぞ聞いちゃいません。てんでんばらばら、白銀に輝く凶器、いや切れ味鋭い包丁がズラリと並ぶ各ショーケースの前に散って行きます。店内でひとりぼっちになり、「ふぅーーー」と一息ついていたのも束の間、大体5分も経つと、せっかく日本に買いに来たんだから柄の部分は日本らしく木製のものがいいとか、スーツケースには入らないけどスシシェフが使ってる長いサシミナイフを買って帰りたいとか、蕎麦屋で見た斧ナイフ(そば切り用包丁のことですね)で手打ちパスタを切ってみたいとか……恐怖の質問攻めタイムが始まります。そして私はマグロのせりを裁く人のごとく次々珍問難問に答えつつ、お店の方との通訳を経て、それぞれのご要望に叶う品を決めたら一段落……ではありません。
ヨルゴスという名前を漢字にすると……
ここからがまた難題に出くわすことしばしば。そう、多くの方が次に言うこと、それは「漢字で名前を入れてよ」のリクエスト。過去にバイクで夜更けの道路を暴走しながらガードレールなどにスプレー書きした経験は皆無ですので、ヨロシク→夜露死苦のような絶妙な漢字を当てる練習をしていなかったことが悔やまれます。例えばマリアさんなどは「麻里亜」のようにさっと思いつくのでいいのですが、ヨルゴスさんのように濁点が入ると「夜呉主」のように意味不明なうえ、ちょっと包丁に彫ると怖い雰囲気さえ漂うものになりかねません。外国の方の名前を、意味も素敵でなおかつ彫りやすい直線多用のシンプルな漢字で表す作業は、かなり難しい。場合に応じてはギブアップで、カタカナにて勘弁していただいたりしながらも、出来上がったマイ包丁を手に取り眺める彼らの笑顔は、ひときわ輝いています。あとはラッピングをしたり、追加で砥石を買ったりで1軒落着。1軒……誤字じゃないですよ。1軒が終わっただけなんです。お客様達は「さーーて、さっきナイフの看板がいくつかこの先に見えたから全部行かないと!」と言い放ち、包丁をぶら下げて次のお店へダッシュで行ってしまったのでした。急いで追いかけて2軒目に入る前に、帰国の時は必ずスーツケースに入れてくださいよ~と念を押さないと。