
第5回 フリーランスのリゾートマンション活用法
ずっと田舎はヤダ!
翻訳仕事がようやくひと段落。全国4人、いや4万人のノマドファンをずいぶんお待たせしてしまった。今回のコラム案を早急にまとめねばと、午前0時前にスーパー銭湯へ向かう。ゆったり風呂に浸かりながら思案するつもりが、こんな時間でも大混雑。学生たちが我が物顔で就活論議に花を咲かせている中に、体をねじ込む。
「就職もいいけどフリーランスっていう手もあるよ」と内心で助言しながら、こんなことなら越後湯沢までひとっ走りすればよかったと悔やんだ。人口密度はスーパー銭湯の「おふろの王様」がバングラデシュなら、わがリゾートマンションの大浴場はシベリア以下だ。すぐ隣には天然温泉もある。
「脱サラして石垣島へ移住」だとか、「有名ブロガーが高知の山奥へ引っ越した」みたいな話を聞く。しかし個人的には憧れない。子どもの頃から田舎に恵まれ(父の実家が三重県尾鷲市)、田舎の人と結婚した(妻の実家は福島県南会津市)。自然への過剰な憧憬はない。都会を離れたいとは思わない。
ただ、確かに東京の混雑ぶりには時にうんざりする。ゆったりのんびりも捨てがたい。ならば都会と田舎のいいとこ取りをしようではないか。それを可能にするのが「マルチハビテーション」。東京の自宅と越後湯沢のリゾートマンションという2つの拠点を持ち、行き来しながら仕事に励むというワークスタイルだ。

普通と逆の活用法
値頃なマンションを買い、そんなふうに利用できるのも、フリーランスならでは(どれほど値頃かは第4回参照)。平日は東京で働き、週末をリゾートマンションで過ごす。これがオーソドックスな使い方だが、僕の場合は逆だ。
日曜の夜に自宅で家族と団らんしてから、愛犬ベックと共に旅立つ。「ドンキホーテ」で買い込みをした後、自宅と離れをつなぐ“100マイルの渡り廊下”、関越フリーウェイに乗る。ガラガラの道をひたすら北上し、全長11キロのトンネルを抜けるとリゾートマンション群が見えてくる。日付が変わる頃に到着して、地下の駐車場から台車を使って荷物を運び込む。ベックは大喜びで部屋を駆け回る。
僕のマンションは戸数が600戸を超えるが、平日に人がいるのは十数戸ほどだ。住人よりスタッフや業者さんの方が多い気もする。「そういえば何日か人間と会話してないわ」ということもザラにある。前オーナーが置いていったテレビもめったにつけず、買い物にでも出なければ人間の声すら聞かない。そんな“修行”にはもってこいの環境で、ひたすら翻訳仕事に打ち込む。そして1週間後か2週間後の金曜夜、マンションがにぎやかになる(といっても大して人は来ないが)前に撤収する。日曜夜なら大渋滞の関越道上りも、金曜ならガラガラだ。
オフィス化
リゾートマンション購入後、さっそく翻訳オフィスにしようとデスクセットとモニター(ノートPCを持ち込んで2画面表示させる)、プリンターを設置した。
それからホワイトボード。会議をするわけでもないのになぜ、と思われるだろうが、仕事と勉強に役立つ。そろそろアラフォーとも言えなくなってきた年齢に差し掛かり、資料や本を読んだだけでは頭に入らない。そこでホワイトボードに大きな字を書きながらまとめると、記憶の持ちが良くなる。さらに、講師のつもりで授業形式にして板書すると、なお頭に入る(生徒役はベック)。
部屋が広いのもいい。自宅のオフィスは狭く、6畳もない。長い間作業していると息苦しくなり、つい階下のリビングでくつろぎすぎてしまう。それがそもそもノマドを始めたきっかけだった。ここは実質12畳あるので、息苦しさを感じない。いい訳文が出てこない時は歩き回ることもできる。それでも出てこなければ、タオルと防水メモを手に2階の大浴場へ向かう。
物置としても役立つ。湯沢の壁一面に書棚を設置したことで、東京の棚にはかなり余裕ができた。本の置き場がなくなり、専用スキャナーを買ってPDFファイル化を進めていたが、必要性を感じなくなって埃をかぶるようになった。
押し入れやクローゼットもあり、処分しかねていた物を東京からじゃんじゃん移送している。最近はレンタルスペースが人気だが、その機能を兼ねていると考えれば、高めのマンション管理費も多少は元がとれる。