第69回 ハワイからお届け~創造力のヒント本&コジー・ミステリー

21.
だが、父親のシートン氏が(原則的には)正しいとしたらどうだろう。存在しているというそれだけの理由で、私たちは誰かにあるいは何かに借りがあるのだろうか。そうだとすれば、私たちは誰にあるいは何にどんな借金を負っているのか。そしてどうやってそれを返済していけばいいのか。

<コメント>親子ですから「父親」とか「シートン父」とかにしないとちょっと分かりにくいかな。「何かに対して」。「借金」だと少し限定的になっていますね。

22.
もし、シートン先生が基本的には正しかった、としたらどうだろう。我々は、自分が存在しているという単純な事実について、誰かに、あるいは、なんらかの借りがあるのだろうか。もしそうなら、何を負っているのだろう。それは、誰に対しての、何に対しての借りなのだろう。そして、どうやってその借りを返せばよいのだろう。

<コメント>「シートン先生」だと父親か子どもかが不明確になりますね。「bare fact」は単純なとは違うかな。それならsimple factになると思います。後半はなかなかいい感じなのでちょっともったいないですね。
<余談> 京都は親孝行にはいいですね。昨年行った時には人が多くて疲れました。ハワイは今年は天気も良く、どうやら雨期も終わった感じです。いささか蒸しますが。前半が少し雑になってしまったのがもったいなかったですね。ちなみに僕はファーブル昆虫記も好きでした。

23.
仮にシートン氏の父が―建前上は―正しかったとしたら?我々が存在するという紛れもない事実こそ、誰かにもしくは何かに負債を抱えていることになるのだろうか?もしそうだとすれば、誰にどういう名目で何を支払うのだろう?そしてその手段は? 

<コメント>「建前」だと話がネガティブになってしまうんですね。でももともとこの人はシートン父に対してa jerkというネガティブな評価をしていたわけですから、ここを建前(別に本音があることになってしまう)と訳すと逆になってしまいます。言いたいのは「ひょっとしてこの人の言ってること正しいのでは」みたいなノリなんですね。to whom or to whatは人あるいはそれ以外ですね。
<余談> がんばって頭を使って下さい。自分が何かできるようになるまでは時間がかかるかも知れません。焦る必要はないのだと思います。

24.
もし父親が理論上正しいとしたら? われわれは生きているという事実においてさえ誰か、あるいは何かに対して負債を抱えているのだろうか。そうだとしたら、いかなる人やものごとに対してだろうか。そしてどのようにしてそれを返済すればいいのか。

<コメント>「理論上」というのはちょっとin principleとは違うかなあ。「おいてさえ」は逆かな。「生きているor存在していることだけで」。多少ごつごつしているかなあ。
<余談> アベノミクスといっても、実際には株価が上がって、円安になっただけで、庶民の生活はむしろ(少なくとも一時的には)悪くなるはず。(物価が上がって給与はすぐには上がらないから。)株があがっても儲かるのは投資家だけで、大多数の国民は株などやってないですからね。逆にTPPをやってさらに消費税をアップすれば一気にどーんと底が抜けるかも知れない。ですから今の政策自体を否定はしませんが、きちんと注視していかないと、憲法改正、徴兵、言論の自由や人権の喪失+経済破綻などという結果にもなり得るわけです。

25.
大筋において、彼の父が正しかったのではないかと。我々が単に今あることについて、誰かにあるいは何かに借りを負っているとしたら、それはいったい誰に、何に対するものなのか。またその借りはいかにして支払うべきなのか。

<コメント> 「今あること」は少し分かりにくいですね。存在すること、あるいは存在でいいんじゃないかなあ。意味はきちんと取れているので、もう少し読者目線で訳せるようになるとずっと良くなります。

26.
だが父親の言うことがおおむね正しかったとしたらどうだろう。我々は存在しているという事実だけで誰かに、または何かに借りがあるというのだろうか。だとしたら、誰に、あるいは何に対して? どうやって借りをかえせというのか?

<コメント>流れは良いと思うんですが、「どうやって借りをかえせ」は少し強いかな? 「借りをかえすべきなのか」で十分だと思います。
<余談> ハワイです。満喫といきたいところですが、今日、海で眼鏡を流されましたw 今回はハワイで眼鏡作りに挑戦です。

27.
その考え方自体は間違っていないとしたらどうだろう。私たちは存在しているという、ただそれだけで借金を背負っているのではないか? もしそうなら、誰からどんな借金をしており、そしてどうやって返済すればいいのだろう?

<コメント>最初の行はなかなかいいんですが。ここは「借金」とカネの世界に限定してしまうときついんですね。「借り」みたいにしないと。
<余談> 統一が取れていればいいと思いますよ。後ろ1文字は空けた方がいいです。

28.
もし彼の方が本質では正しいとしたらどうだ。私たちはただ生きているだけでにも、何人にももしくは何物にも借りがあるのではないか。もしそうであれば何が誰、または何のおかげなのか。そして私たちはどうやってそれらに報いるべきか。

<コメント> 「本質では」は少し分かりにくいかな。「生きているだけでにも」はちょっと変。「何人にも、もしくは」にしないと読みにくいかな。その次はto whom or to whatなので、要するに人間かそれ以外のものに対してですね。最後はなかなか良いと思います。
<余談> 読まないと、訳さないと上達しないんですね。頭の中では分かったつもりでも、実際に文章にしてみるとうまくいかないことの方が多い。そういう経験を積んでいかないとなかなか上達しないと思います。

29.
シートンのお父さんが、基本的に正しかったとしたらどうなのだろう?今ある自分たちの存在に対し、誰かに、何かに借りがあるのだろうか? もしそうだとするなら、どんな借りがあって、誰に、 何のために返す義理があるのだろう?それに、どうやって支払うべきなのだろうか?

<コメント> 「お父さん」とすると柔らかくなるんですね。そうすると全体のトーンもそういう感じにやっていかないと。「今ある自分たちの存在」はどうもピンと来ないですね。to whatは「何のために」ではなく「何に対して」です。全体のトーンをもう少し意識しましょう。
<余談> よかったですね。最初はそんなものです。僕がこの仕事を始めた年はまだまだ景気が良かった気がしますが、それでも2週間仕事がまったくこないこともありました。

30.
もしシートン氏の父君が、実際は別としても原則的には正しいとしたらどうだろう?我々は、ただ存在しているだけで、誰かに、または何かに借りがあるのだろうか?そうだとしたら、誰に、もしくは何に対して、どのような借りがあるのだろう?そして、どのように返すべきなのだろう?

<コメント> 「実際は別として」だとちょっと話が変わってしまう気がしますね。この部分はない方が良かったかと。他がさらっと訳せているのでもったいないなあ。
<余談> すっかり日焼けしてしまいました。

31.
彼が言ったことが、正しいとしたらこれは一体何のことなのか。我々がこうしているということで、借金か何かを負うていることなのか。もしそうなら、我々は何を、そして誰に、あるいは何に負うているのか。そしてどうやって払うべきなのか。

<コメント>「一体何のことなのか」はちょっと分かりにくいですね。「こうしている」は「何かをしている」という風にも取られてしまうので、「こうして存在している」とか、「借金」ではなくて、「借り」ですね。全体に少し堅苦しい印象です。

32.
もし、父親のシートン氏が、おおむね正しいとしたらどうなるのだろうか。我々は、自分が生きているというだけで、誰かや何かに、借りがあるのか。そうだとしたら、負債の内容は何で、どのような対象に対してなのか。そして、その支払い方法は?

<コメント>おおむねいい感じなんですが、「負債」よりは「借り」とした方が良かったかな。
<余談> 継続は力なりですので、がんばってください。

33.
本質的には、あの父親が正しいとすれば? 私たちは、ただ存在しているというだけで、誰かや何かに負債がある? もしそうなら、いったいどういう負債で、誰に、あるいは何に対して? そして、どうやって支払うべきなのか? 

<コメント> 「あの父親」は少し違和感があるんですね。全体にちょっとぶつぶつと文章が切れている感じがあるので、もう少しスムーズに訳せるよう心がけて下さい。
<余談> がんばってください。ただ自分も多少余裕のある生活ができるようになったのはここ数年で、それまではずっと仕事に追われてきました。(余裕が出た分、売上も減るんですが。)でも忙しい時に学べることも多いですから。がんばってください。

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