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2023.05.26 UP

第2回 特殊な設定の作品を訳す苦労とは?
『アベンジャーズ&X-MEN:アクシス』

第2回 特殊な設定の作品を訳す苦労とは?<br>『アベンジャーズ&X-MEN:アクシス』
*『通訳・翻訳ジャーナル』2021年秋号より転載

アメコミ翻訳家の御代しおりさんが、翻訳の工夫や苦労&アメコミ作品の魅力を語り、季刊「通訳翻訳ジャーナル」で人気を博した連載「アメコミ翻訳WONDERLAND」をWebでも公開!

ヒーローとヴィランが反転

今回取り上げるアメコミは『アベンジャーズ&X-MEN:アクシス』。Axisには「軸」という意味がありますが、この作品は一つの軸を反転させるように、なんとヒーローとヴィランが正邪の役割を交代するという驚きの一冊です。

『アベンジャーズ&X-MEN:アクシス』
リック・レメンダー 著/アダム・キューバート、レイニル・ユー、テリー・ドッドソン、ジム・チェウン 画/御代しおり 訳
ヴィレッジブックス
©2021 MARVEL

物語はキャプテン・アメリカの宿敵レッドスカルが、地球髄一のテレパスであるプロフェッサーXの脳みそを入手し、自分に移植したところから始まります。その強大なパワーで憎悪をまき散らすレッドスカルにアベンジャーズとX-MENの連合部隊が立ち向かいますが、ナチスを憎んでやまないマグニートーの介入をきっかけにレッドスカルはレッド・オンスロートなる最強の魔人へと変貌。

それでもヒーロー達の決死の作戦のもと、レッド・オンスロートはなんとか打倒されますが、その副作用で一部のヒーローとヴィランの正邪が反転してしまうのです。新キャプテン・アメリカは非情で暴力的な男へと、一方でデッドプールは人情味あふれる善き隣人へと…その他多くのキャラクターが、かつては決して見せなかった姿を披露します。

このあたり、MARVELの専売特許といいますか、公式がファンの妄想を超える展開を見せてくれるのがこの出版社のいいところ。私もこの『アクシス』を「なんと!」「まさか!」と声をあげつつ楽しみました。

キャラが多い&途中で口調が変わる!?

さて、そのように読むぶんには実に楽しい作品ですが、いざ訳すとなると頭がこんがらがったのも事実です。
まず第一に登場人物が約40人と多く、訳し分けがそもそも大変な上に、彼らは途中で性質が反転してしまうので、喋り方を微妙に変化させます。

改心した敵の喋り方をいちから考え直す作業には非常に頭を使いました。その筆頭がロキとレッドスカルでしょうか。
ロキは作品ごとに姿形も変えるマーベル界きってのトリックスターですが、今回は性格が反転して「いい子ちゃん」になっています。通常のロキが聞いたら吐き気を催すような台詞「兄上の事が好きだから(Because I love you)」とまで言うのです。ですので喋り方も全体的に柔らかく、通常のロキの皮肉屋な部分は抑えて翻訳を進めました。

レッドスカルも同様です。通常ならば居丈高な彼も、今回ばかりは今まで決して呼ばなかったキャプテン・アメリカの名前を呼んで「己の行いを恥じている(the horror I’ve caused…I’m sorry)」と健気に謝ります。これらのキャラ変更は大本となるキャラクターを知ってこその改変なので、簡単そうに見えてなかなかレベルの高い翻訳だったように思います。

加えて、話が変わりますが、レッドスカルと言えばもう一つ。彼はガチガチのナチス心棒者なので、会話の端々にナチス関連用語が出てきます。「The reich eternal」(永世帝国:ナチスドイツの「第三帝国(the third reich)」のもじり)などが良い例ですね。キャラクターによってはこういった特有の単語を覚えておくことも必要です。

また、今作は文面だけではニュアンスが読み取りにくい箇所も多くありました。
例えば “my station?!” という台詞。これだけ見てもピンときませんが、絵を見ると「喋り手が相手を殴ってる場面」です。なので、「何が立場だ?(語気強め)」という風に訳すべきかな、とアタリをつけるわけです。

この作品は最終的にレッドスカルの陰謀でアベンジャーズとX‐MENが正面衝突を果たすという、かなりセンセーショナルな内容となっています。コミックに不慣れな方にはややとっつきにくい部分もあるかもしれませんが、映画作品しか見ていなくても、ひとり大好きなキャラクターがいたら存分に楽しめるお話かと思います。彼らの裏の顔を覗いてみたい方は、ぜひご一読ください。

ほかの訳例も紹介!

〇キャラの性格が反転、口調を変える
*カーネイジ(極悪非道の殺人鬼)の台詞

[反転前]
An’ they said I wouldn’t amount to nothin’ in maximum-security detention!
→どんな刑務所に入れられても更生はありえないと言われたオレが!

[反転後]
Who’s first to give uncle carnage a big ol’ hero’s hug?
→はいはい並んで、ハグは順番にね

御代しおり
御代しおりShiori Miyo

アメコミ翻訳家。青山学院大学文学部歴史学科卒。大学在学中からアルバイトでアメコミの下訳を始め、出版社勤務を経てフリーランスとして独立。2010年に『バットマン:ダークビクトリー vol.1』(ヴィレッジブックス)で共訳デビュー。訳書に「グウェンプール」シリーズ(ヴィレッジブックス)など。