訳者・住谷春也さん『ノスタルジア』

『ノスタルジア』
ミルチャ・カルタレスク 著
住谷春也 訳 高野史緒 解説 作品社
出版社HP Amazon

カルタレスクは現代ルーマニア文学の代表者的存在で、本年度(2021年)のノーベル文学賞候補としてブックメーカーで賭け率1位という時点もあった。ルーマニアの旧体制崩壊直前の1980年代に出現した「80年派」また「ジーンズ世代」と呼ばれる新しい文学運動のリーダーである。
『ノスタルジア』は初期の代表作で、5篇からなる中短篇集。現実と夢が融合するポストモダンの作風に、その後のすべての文学活動の展開方向が鮮やかにうかがわれる。

「ルーレット士」は不可能に挑戦するロシアン・ルーレットのプレーヤーの話。「メンデビル」は団地に越してきて遊び仲間を魅了するふしぎな少年について。「双子座」は高校生の幼稚な恋愛の話と見えたのが意想外の結末に愕然とする。「REM」(睡眠の話ではない)は著者がどこかで自分の一番好きな作品と述懐したこともある中編で、幼時の奔放なファンタジーに目をまわしているうちに、REMによって自分が存在するこの世界の意味が問われている。設計者はなにものか。「建築士」は凡庸なクラクション・マニアが狂気の変貌を遂げるSF。

日本で紹介されることの少ない現代ルーマニア文学に触れたい読者には絶好の一冊だと思う。

 

通訳・翻訳ジャーナル2022年冬号より転載☆