訳者・小竹由美子さん『地中のディナー』

『地中のディナー』
ネイサン・イングランダー 著 小竹由美子 訳 東京創元社
装画:ササキエイコ 装幀:中村聡
出版社HP Amazon

 
ニューヨークのユダヤ教正統派コミュニティで生まれ育った作家イングランダーの作品には、おお、このテーマにこんな書き方が、と意表を突かれる語り口のものがよくあります。そんなイングランダーが十年以上も想を練って書き上げた、作者渾身の「パレスチナ紛争」の物語は、一風変わったスパイ小説仕立て。

イスラエルのネゲブ砂漠にある秘密軍事施設には、たった一人の囚人とたった一人の看守がいて、もう十年以上も、奇妙に仲良く二人でゲームなんぞやりながら、政治や人生を語り合っています。民族の「大義」に心を動かされ、イスラエル諜報機関のために働こうと決めたナイーブなユダヤ系アメリカ人青年、「囚人Z」が、なぜ存在を抹消され、生きたまま死んでいるような日々を送るにいたったのか。本書はその顛末を、看守の母が介護する、意識不明で寝たきりの「将軍」(Zを監禁した張本人)の脳内における、国家創設以来の戦いの回顧と織り交ぜて、報復が報復を呼ぶ紛争の有様を、この作家らしくときにコミカルに提示します。

最後はまたとない恋愛が描かれ、あり得ない場所での胸が熱くなるランデブーシーンで幕。和平への、作者の強い願いが心に響いてきます。

☆通訳・翻訳ジャーナル2021年夏号より転載☆