Vol.17 双子のバイリンガル教育(後編)
/通訳者 平松里英さん

海外移住を決めたきっかけ

私が子育てのために海外移住を決めた理由の一つは、英語がわかる私と、わからない子どもたちという状況になっていたこと。ある日、おもしろい映画だからと、モンティ・パイソンの『The Meaning of Life(邦題:人生狂想曲)』を借りてきたときのこと。私が爆笑している傍らで、子どもたちは2人とも完全にシラけているではありませんか。「これはまずい」―私のなかの日本語と英語の2つの世界のうち、片方を彼らはまったく共有していない、と焦りが。

もう一つは、娘が学校で「ガイジン」と言われるのことに悩んでおり、登校拒否寸前だったこと。長くなるので経緯は省略しますが、一時期オーストラリアの学校にも行かせたことがあり、日本の学校に比べると、いじめに対して明確に方針を打ち出していたことが衝撃でした。日本に限らず、いじめはどこの国に行ってもありますが、いじめに対する学校の方針が、いじめる側・いじめられる側・いじめを見ている側の全方向に対して「明確」にルール化され周知徹底されていました。結果的にはイギリスに移住することにしましたが、海外移住を決意した理由の一つです。

イギリスに移ってからの変化

小学校を卒業してからイギリスの中学校に入学した最初の進学先は、全寮制で共学の学校。Year7が中等過程の1年目ですが、12歳だったのでYear8の3学期からの編入になりました。学習内容もかなり進んでしまっており、困難でしたが、少なくとも英語に関しては、日本での努力の甲斐があり最初の1年で飛躍的に伸びました。

娘は、日本にいるときはその風貌から「ガイジン」と言われ嫌だったのが、周りのリアクションが180度変わりました。英語が話せそうな顔(?)をしているのに話せないので「なんで話さないの?どうかしたの?」と。それはそれで戸惑ったようですが、周りに風貌が馴染む心地好さが体験できたようです。

息子は、寄宿学校では自分が得意なサッカーではなく、ラグビーに力を入れていましたから、その頃はまだ小柄で「タックルされると痛いから」と嫌がりました。寮でからかわれることに悩んだのち、身体を鍛え始めました。根気のよい性格と見えて、今でもトレーニングは続けています。仕事で疲れて帰ってきてもジムに通っています。私が反面教師になったのかも…(トホホ)。

双子は日・英どちらが得意か

イギリスに移ってからも家庭での会話は日本語が中心でした。学校など外では英語でしたので、特別に受験させてもらった日本語のAレベルの試験では、家庭教師に来てもらい試験対策をしてもらいました。

娘はインターネットやLINEを通じて日本の友だちと連絡を取り合っていたので、どちらかというと日本語のほうが得意で、息子はバーチャルではなく現地の友だちとのやり取りが中心なので英語のほうが得意。まったく同じ環境で同じ年齢で育ってきたにも関わらず違うのです。

土台は英語力より人間力

息子に関しては、男の子なのでエネルギーの発散の為に体を動かすことを重視。保育園では毎日のように「虫捕り」で虫を触ることに抵抗がない為、幕張時代は引っ張りだこ。虫捕りに行っても虫にさわれない子がいるので、新しい友だちから借り出されていましたが、今やその頃の同級生も皆24歳。

このくらいになると、なかには親を亡くした子や死んでしまった同級生もいますし、活動範囲も就職や海外留学をとおして海外へと広がり始めています。ほんとうの意味で、グローバル人材として育てるには、英語も大事ですが、その前に教育の土台となる、風の匂い、虫の声など、当たり前のことを五感で知っていること。外で遊ぶ、ためらわずに虫や魚にさわれる…こういうことを小さいうちにやっておくことが大切。最初にその土台をつくってから、英語のお勉強をすることが大切だと成人した子どもを見て、実感しています。

娘が中学生のとき

息子の大学卒業の日