Vol.6 バイリンガル子育ての道は険しい!
我が家のヘタレ例と他家の成功例
/通訳者・坂井裕美さん

通訳者・翻訳者の子育て2017.10.14

第一言語は英語、日本語に苦戦

いきなり情けないタイトルで申し訳ありません。私は現在英国在住通算18年目の英日通訳者です。英国人との夫との間に17歳(男)、14歳(女)、12歳(女)の3人の子どもがおります。しかし、この記事のタイトルからもわかるように、私はバイリンガルの子どもに育てるための努力はそれほどしておりません。その理由はほかの国際結婚の父兄の頑張りを見ていてあまりにも大変そうだったので、「自分には無理」と決めたからです。従って我が家の子どもたちはバイリンガルではありません。彼らの第一言語である英語を10とした場合の日本語会話のレベルは上から順に7、6、3程度です。やはり、生まれてから8歳になるまで日本に住んでいた息子が有利なようです。

連載のテーマである「日本における英語教育」とは反対の内容になってしまいますが、まず我が家の子どもたちの日本語の学習歴を簡単に説明します。長男が生まれた2000年から8年間、我が家は夫の駐在で日本に住んでいました。当時は専業主婦でしたので、子どもたちが小さいときはしっかりと日本語で子育てができていました。しかしその後息子と長女がそれぞれ3歳になると、渋谷区にある英国人学校に入学。今思うとこれが間違いで、彼らの日本語力のためには、日本にいる間は普通の日本の小学校に入れておくべきでした。

さて、上の二人が英国人学校に入ってしまうと、彼らの生活は呆れるほどすぐにほぼ英語のみになってしまいました。学校の中だけでなく放課後も友達と英語で話し、兄妹間の会話までもが英語になってしまったのです。こうなると、いくら母親だけは日本語で話しかけても、子どもたちの頭の中の日本語の地位は低下する一方です。その事態に不安を感じた私は、当時ちょうど英国人学校の近所にできたハーフ児対象の日本語塾に息子を入れました。日本に住んでいて母親が日本人なのに日本語のための塾に通う、という逆転現象が起きてしまったのです。しかしこのような努力もなんだか焼け石に水の感がありました。きっと親の努力がささやか過ぎたのだと思います(何しろ塾に放り込んだだけですので)。

そして8年後に夫の駐在の任期が終了し、私たち一家は渋々ながら英国に引っ越します。そのとき子どもたちは、8歳、5歳、3歳。子どもたちが全員現地校に入学し生活が落ち着いた時点で、まず息子が毎週土曜日の日本語補習校に入学。本来なら小学校3年生になる年でしたが、彼の日本語力を考慮して小学校部2年生から始めました。翌年長女が小学校部1年生に入学しました。

日本語を外国語として教える日本語科へ

その後子どもたちが補習校小学校部の高学年に進むと、国語の勉強はグンと大変になりました。もちろん難しい漢字や単語が出てくるようになったことも原因ですが、それだけではありません。国語の教科書の圧倒的なつまらなさ、これが最も大きな原因でした。国語の教科書を執筆される方々は、文科省が決めた必須項目をすべてカバーすべく、制約がある中で最善を尽くしていらっしゃるのだと思います。しかし日本の国語の教科書は、物語の部分を除いては、私たち親子にとって衝撃的なほどつまらなかったのです。「つまらな過ぎて読めない」と思う内容を子どもに「一日一回必ず音読しなさい」と強制するのは私としてもとても辛く、「とりあえずママが読むから聞いてればいいわ」となります。しかも、途中で難しい新出単語の意味を子どもに聞かれても、「この単語はママでさえ生まれてから一度も使ったことがないから覚えてなくていい」などと正直に言ってしまうこともありました(ダメ母!)。こうなってくるとやはり、日本から来たばかりの駐在員家庭のお子さんを本来の対象としている補習校で、ハーフ児が同じように国語の教科書を学ぶには無理があるという事実を認めざるをえなくなりました。日本の国語の授業は語学の授業ではないのです。

このような状況でしばらく悩んでいたある日、長女が「授業中先生が何を言っているか全然わからない」と言って大泣きしてしまいました。意味も分からずただ座っている2時間半の授業はかなりな苦痛だったことでしょう。そこで、私は上の二人を「日本語科」に編入させることにしました。日本語科は日本語を外国語として教えてくれるクラスです。日本語ネイティブ以外の子どもたちには日本語科の方が適していると思うのですが、国際結婚の父兄の中にはあくまでも日本と同じ国語のカリキュラムを教えてくれる本科(小中高の部)に拘る方も多いため、日本語科への編入は「脱落」と見られてしまうこともあるようです。しかし長女にとっては幸いにも日本語科はピッタリのレベルだったらしく、無理なく8年生まで終了(日本語科は8年生まで)し、卒業式ではクラス代表のスピーチまでさせて頂くことができました。一方息子は「日本語科は内容が簡単過ぎる」などと生意気なことをほざいて結局補習校は中退してしまったのですが、日々YouTubeで見る日本のアニメから日本語を教わり、とりあえずはある程度の日本語力を維持しています。

通訳ブースを体験する長女と次女。

通訳ブースを体験する長女と次女。

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