第11回 人称と話法の調整――翻訳で臨場感を演出する

現代文学翻訳コンテスト2017.09.01

 やはり今年も猛暑になりました。気温35℃の京都でこの原稿を書いております(アメリカでは華氏を使うので、95℉くらいです)。みなさんも熱中症などには十分お気をつけください。

 今回は70通のご応募をいただきました。どうもありがとうございます。課題文を読んでカレーライスを食べてみたいという気分になった方がどれだけおられるのかは未知数ではありますが、少なくとも夏らしさは感じていただけたかと思います。

 とはいえ僕も暑さにやられたのか、課題文の最後の最後で単語が抜けているという間違いをやらかしました。応募者の方にもご指摘いただきましたとおり、“there would no trace of her left behind.”は誤りで、“there would be no trace of her left behind.”が正しい文章です。どうも失礼いたしました。

 さて、今回の課題文ですが、日本を舞台にして日本人同士が会話している場面が、英語の語りで(あるいは英語の語り手によって)書かれているわけで、そのあたりのことを踏まえて考えていくと、主なポイントは次の二つになるかと思います。①人称や話法をどう調節するか、②言い回しをどこまで自然にすべきか。それぞれ、実際にみなさんが出された応募文を見ながら考えていきたいと思います。まずは課題文を確認します。

第10回課題文(再掲)

“On This Side” by Yuko Sakata

  Saki was a horrible cook. When Toru came home the next day, she had prepared some curry, but it was straight out of a package. The vegetables were undercooked, the onion still tangy. She had added too little water, and the paste was not evenly dissolved. The rice was dry, even though she had used the same rice cooker Toru used every day. He was baffled that anyone could mess up the simplest of dishes.
  “You shouldn’t worry about the cooking,” Toru said, eating out of politeness and dripping with sweat. “You’re ― a guest, I suppose.”
  “Oh, it’s no trouble.” Saki had eaten less than a third of her bowl and was poking the vegetables around while Toru tediously worked on his. “It’s the least I can do.”
  “No, really,” Toru said. “Look, I’ll prepare something simple after I come home. Okay?”
  “Okay,” Saki said. “If you insist.”
  Saki hadn’t left the apartment all day. When Toru asked, she said she had mostly slept, read some, and listened to the radio. She then added, brightly, “You can’t imagine how much I appreciate this. This is exactly what I needed.”
  The night before, he had conceded his thin futon to Saki and slept on top of his old sleeping bag. He couldn’t bring himself to kick her out. Whatever sort of life Saki had lived since Toru had last known her he didn’t feel inclined to imagine, but he couldn’t help suspecting he’d had a hand in it. That life now all seemed to fit into her plain canvas bag. Everything that came out of it went back into it. If he were to pick up the bag and take it out like the trash, there would be no trace of her left behind.

解説

1:登場人物の名前について

 まず、登場人物の名前をどうするのかという問題があります。日本語の名前で“Toru”と“Saki”とくれば、前者は「徹」あるいは「亨」、後者は「沙希」あるいは「咲希」などの候補がありますが、今回は英語による語りであるという外国の要素を残すことを考えれば、応募者のみなさんが選ばれていたようにカタカナ表記で訳していくのが作品には一番合っていると言えます。

 日本人の人名は時として作者・翻訳者泣かせの問題でもあります。わりと多く見られるのが、名前の「あ」の音と「お」の音を聞き間違えたがゆえに、日本人の名前としては不自然なものになっているケースです。英語話者にとっては、日本語の発音が“a”と“o”の中間くらいに聞こえるようです。

 もう一つは、作者が日本人と想定しているが、実際には人名としては考えづらいという名前です。僕はかつて、ポール・ユーンという作家の短編集『かつては岸』という本を訳したときに、日本人の少年として“Sinaru”という名前が出てきて少し面食らったことがあります。作者に相談したところ、「響きが好きだから決めたけど、変なら好きに変えていいよ」と言われました。じゃあいっそのこと、母音が共通の名前で「ヒカル」にしてしまおうかという思いも頭をよぎりましたが、結局は作品のテーマを意識して「マモル」という名前に落ち着いています。

2:語り口調と全体のトーンについて

 続いて、実際の語り口調について少し概観しておきたく思います。今回の作品は三人称の語りで、文章そのものには癖がなく、ある意味では語り手は透明な存在だと言えるかと思います。そのため、凝った文体にするなど、トーンの工夫をする余地はさしてないようにも見えます。

 とはいえ、語り自体は主人公にトオルを据え、基本的には彼の視線を追うようにして物語を進行させていきます。トオルの心情はしっかり描写されている一方で、サキについては何を考えているのか謎のまま、という描き分けは最後まで続いていきますから、三人称ではあっても、かなりトオルの一人称語りに近い視点が採用されていると言っていいでしょう。
 その点を踏まえるなら、全体の語り口調を整えていくうえで、次の二点を意識して訳文を作っていくことになると僕は思っています。

①なるだけ無色な口調にする
② 地の文にトオルの心情を一人称的に代弁する箇所を混ぜる

 英語ではすべて三人称の語りではありますが、日本語は人称をある程度省略しながら文章を作っていくことが可能ですから、この二点を両立させるにはかなり有利な言語です。

3:人称と話法について

 そうした口調面でのポリシーを踏まえると、ある程度主観的な視点に近づけて訳すとうまくいきそうな箇所がいくつか見えてきます。一つ目は、サキの作ったカレーライスの惨状を報告する部分です。“The vegetables were undercooked, the onion still tangy.”で始まるカレーの描写で、原文は過去形で統一されていますが、トオル視点に近い語りを採用するなら、この部分の時制を現在形にして、「野菜には火が通っておらず、タマネギには辛味が残っている」という具合に訳すことで、料理を前にしたトオルの戸惑いがより明確に伝わるという効果を期待できます。実際、応募された方のうち半数近くが、この部分の翻訳として現在形を採用しておられました。

 一人称的な語りがさらに効果的になると思われるのは、その段落最後の文章、“He was baffled that anyone could mess up the simplest of dishes.”という一文です。ここで「~ということに彼はまごついた」などの三人称を採用するか、あるいは「~だなんて」という一人称に近い形を採用するか、その二つのやり方がありえます。今回の応募文では、三人称と一人称の比率は4:1くらいでした。みなさんの実際の訳文をいくつか見てみましょう。

口調次第でさまざまなバリエーションが生まれることがよくわかります。ここに正解・不正解があるわけではなく、トーンをどこに設定するかの一貫性の問題になってくると思います。

 もし料理の描写が過去形でなされているのであれば、それは語り手がその場の出来事に少し距離を取っていることになりますから、上の一文は「~とトオルは面食らった」などの三人称で翻訳されるほうが自然です。一方、料理の描写に現在形を使用している場合は、料理を口にするトオルに密着する語りになりますから、味覚からそのまま本人の内心での思いに移行する形で、一人称で翻訳するほうが文章のつながりはなめらかになる、という判断になりそうです。

 僕は今回、「現在形+一人称」という形で訳してみました。その根拠としては、海外文学の「とっつきにくさ」として、「彼」や「彼女」が頻出するうえに過去形の語りが冷たく感じる、という声をよく耳にするからです。一方で、作家の藤野可織さんは、海外文学はあの冷たさが魅力である、ともおっしゃっているので、一概にどちらがいいとも言えないのですが……。今の僕にとっては、読み手にとっての語りの距離感をどう作っていくかが課題なので、その意味もあって、あえていじる方向で挑戦してみるなら、以下のような感じでしょうか。

 人称や話法で工夫できそうな箇所はあちこちにありますが、もう一つ挙げるとすれば、その日に何をしていたのかとトオルがサキに尋ねる場面でしょうか。ここの原文は“When Toru asked, she said she had mostly slept, read some, and listened to the radio.”となっています。素直に訳せば、「トオルが訊ねると、彼女はほとんど寝ていて、ちょっと読書をして、ラジオを聴いていたと言った」になりますし、これでもまったく問題ありません。

 あえていじる必要があるのか、という気もしますが、この箇所は会話文ではないけれども実際にやり取りがあったわけですから、実際の発話に近い形で訳すというオプションもありえます。わりと最近、僕はジョン・グリーン『さよならを待つふたりのために』(原題はThe Fault in Our Stars)の冒頭部分の原文と翻訳を比べるという機会があり、そのことを改めて学びました。少々脱気味ではありますが、せっかくなのでその部分を書き出してみます。

 原文をそのまま訳せば「母は私がうつ病だと断言した」になるのですが、そこをあえて「~ね、とはっきり言われた」と、会話の口調を取り込むことで、読み手は語られている出来事に入り込みやすくなります。作品の特徴もそれぞれ違うので、翻訳の法則として語ることはできませんが、このように科白調を取り入れると有効な場合はわりと多くありそうです。

 今回のトオルとサキのやり取りを翻訳した応募文には、話し口調を採用している方はあまりおられませんでした。客観的な描写~会話に近い口調、というグラデーションになる形で、いくつかご紹介します。最後が僕の作ってみた訳です。

 こうして臨場感を演出する翻訳の問題は、やりすぎると前後の文章から浮いてしまうということで、使用はタイミングを見極めてほどほどにするほうがよさそうです。そのあたりの判断力をつけることが、僕の目下の課題でしょうか。

4:言い回しの自然さ

 会話にせよ語りの地の文にせよ、どこまで「自然に」するのかも、今回は難しいところです。原文にはいかにも英語らしい表現がいくつも見られますが、その英語らしさを残すべきか、日本語としての響きを優先すべきか、あちこち迷うところが出てきます。

 まずは会話です。会話文を訳すときの第一の関門は、人称、特に“you”をどう訳せばいいのかという問題です。「きみ」「君」「お前」「あなた」……と各種ありますが、それぞれ親密さや距離感が異なってきますから、作品の展開を踏まえて訳にあたる必要があります。

 今回は、トオルがかつての同級生と突然の再会を果たしたという設定です。ただし、そのころとはサキの性別が変わっていること、そして、過去に起きた事件にトオルも自責の念があることを考えれば、この時点でのトオルは、まだ彼女とどう接したらいいのか戸惑っている段階ではないかと思われます。

 たとえばトオルの “You’re ― a guest, I suppose.”という一言は、「きみはその……お客みたいなものだし」という意味で登場する科白です。ここでは“―”が挿入されることで、相手のサキをどう形容していいのか言葉に窮している様子が分かります。そこで出てくるのが“an old friend”ではなく、“a guest”なのも、サキとの距離感がつかめていない状態を表していると思われます。

 そんな状況で出てくる“you”は、どう訳すかという以前に、極力訳さないというやり方が候補としてありえます。「きみ」と言うべきか「お前」と言うべきか、ちょっと困るので、なるだけ“you”を出さずにしゃべるということは、僕も実生活で経験があります。それにならうなら、たとえば前述の“You’re ― a guest, I suppose.”は、「きみは~」とするのではなく、「その……言ってみればお客さんなんだし」などと翻訳してもいいかもしれません。

 もう一点、料理は自分がするから、というトオルが念を押すときの“Okay?”と、それに答えるサキの“Okay”は、こちらも日本語でいろんな可能性があります。

 ここは原文が同一単語でやりとりしていますから、翻訳においても二人の科白に共通する表現を使えるのなら使ったほうがいい箇所です。「わかった?」「わかった」という翻訳はそれを踏まえて出していただいていると思います。ただ、トオルのほうは話を押しきろうとして発している一言なので、「それでいいだろ?」など、少し強めに出るニュアンスの言葉のほうが効果的かもしれません。

 会話で自然さを考えるとき、一番困るのはサキの最後の科白、“You can’t imagine how much I appreciate this. This is exactly what I needed.”ではないでしょうか。僕もここは散々頭を抱えました。直訳すると、以下のような科白になります。

 「これ」(“this”)は、その直前に出てくる、寝てはちょっと読書したりのんびり過ごす時間、ということになります。ですが、日本語の会話での発言としては表現がどうしても硬く思えてしまいます。会話については意訳の割合が増えてもいいと僕は思っていますし、みなさんも同じように感じておられたらしく、たとえば以下のような案をいただいています。

 前半部分は「ありがたく思っている」を少し大げさに言うときの、英語らしい表現です。その部分は「とにかく感謝している」ということが伝わることが大事で、後半は、「はたから見れば何もしていないような時間が自分にとっては必要だ」ということが主要な情報になります。そして、科白の直前に“brightly”とありますから、料理で失敗したことから気持ちを切り替えるようにして、無理にポシティブな口調になっていることが伺えます。そうしたことを踏まえて、あまり硬くならないように、僕もちょっと試行錯誤しましたが、とりあえず落ち着いたのは以下の案です。

 自分なりの「助け」(=料理)はうまくいかなかったので、今度はトオルが自分を「助けてくれている」という方向に話を持っていこうとする、そんな心の機微を表現した、つもりなのですが、果たしてうまくいっているでしょうか。

 会話以外でも、英語っぽい表現をどこまでほぐすべきか判断が必要な箇所はちょくちょく見られます。応募者の方からコメントをいただいているものでは、“since Toru had last known her”の訳し方があるでしょうか。そのまま訳していくべく「トオルが最後に彼女に」まできたところで、「知ってから」では語呂が悪いしなあ、と僕も手が止まりました。“known”は“seen”とほぼ同じ意味だろう、と考えることもできますが、「最後に彼女に会ってから」というのも、英語に引きずられた印象が残る表現です。このあたりは、応募していただいたみなさんはさすがにいい案をお持ちでした。

 物語の流れのなかでは、学校で事故があったのを最後に、トオルはサキに会っていないので、僕は「顔を合わせる」という表現を使って、「顔を合わせることがなくなってから」としてみました。

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