第9回 イメージとテーマを訳語にどう反映させるか

現代文学翻訳コンテスト2017.07.01

いただいた質問に関して

 今回も重要な質問をいくつもいただいています。ここまでの解説で扱えていないものについて、僕なりに考えたことを書かせていただきます。

 ここは僕もちょっと悩んだ箇所です。「ノーと言う」と訳されていた方もわりとおられましたが、僕の場合、語り口調でかなり冷静なトーンを選びましたので、そうすると「ノーと言う」では少し違和感が出てしまいます。かといって、「拒否する」だと、原文が“refuse”ではなく“say no”をわざわざ選んでいることが活きなくなります。折衷案で、ここは「背を向ける」という表現を選んでみました。同じふうに訳された応募者の方もおられたので、ちょっと一安心しています。

 丁寧に調べていただいて、ありがとうございます。“Indian Gum”は固有名でばっちり辞書に載っているかと思いきやそうでもなく、なんとなく内容が分かっても、訳語に反映させられるとは限らない、そんな困った語です。応募者のお一人が、Indian Gumという銘柄のガムの写真を添えてくださいました。おそらくは、その「インディアン印のガム」を指しているのかと思います。僕の調べたかぎりですと、アメリカ大陸では、ガムはもともとアメリカ先住民(インディアン)がチクルという樹液からガムを作っていたことを一つの由来としていますから、“Indian Gum”は、現在のような合成樹脂ではなく天然の樹脂でできた古いタイプのガムだと考えてよさそうです。

 訳語については、それを「インディアンガム」や「インディアン印のガム」としても、それが固有名なのか、それとも特殊なガムであるのか、読者には今ひとつ伝わりづらくなります。そうした際には、僕は内容を端的に伝えることを優先するようにしています。今回であれば、「樹脂のガム」と訳して、誤訳ではないことを祈る、というポリシーです。とはいえ、銘柄であることを教えていただいたので、それも盛り込むなら「インディアン印の樹脂ガム」でしょうか。

 関係詞が出てくる場合は、僕は日本語でもだいたい同じ順序で前から訳していき、一文として長すぎると感じれば、関係詞のところでいったん「。」を入れることにしています。まずは主節で主語が提示され、それが関係節でさらに情報が追加される、という順番ですから、それを無理に日本語にしようとすると、主語にかかる情報がやたらと多くなってしまいます。それよりは、「~という人がいた。その人は……」などの形にするほうが、より読みやすく、原文の形に沿って訳せるのではないかと思います。もっとも、それではどうしてもうまく訳せないタイプの作家もいて(たとえばロレンス・ダレルです)、そのときは散々頭を捻ることになりますが……。

 これは翻訳者にとっては頭の痛い問題ですね。英語は親密さを示す表現をかなり発達させていますが、日本語はそうではないですから、「ハニー」とか「シュガー」とか書いてしまうと、ご指摘の通りかなり気取った発言になってしまいます。僕はそうした呼びかけは訳出せず、「ねえ」としたり、語尾を親しげにするという口調のレベルで処理することが多いです。実際、英語でもその単語そのものに意味があるのではなく、発言のトーンを決める役割をしていると考えられるので、そのトーンが日本語で再現できていればOKなのではないかと思います。

 今回の文章の場合、ルビーの発したセリフであることを明示するためにイタリックになっていると思われます。ですので、セリフと地の文の区別がつきさえすれば、それほど表記に気を配る必要はないかもしれませんが、一応区別をつけるならば、太字にするという解決策はもう一つの選択肢になります。現在の翻訳では、あまり傍点は使用されない傾向があるようです。

 その解釈の通りかと思います。かといって、「いくつかの火曜日」にするのもなあ……と僕も散々悩んでいた箇所ですが、「火曜日によっては」と訳しておられる方がいて、そうかと膝を打ちました。とはいえ、そのまま拝借するのもはばかられるので、僕の試訳では「~のときもある」という形にしてみています。

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