第9回 イメージとテーマを訳語にどう反映させるか

現代文学翻訳コンテスト2017.07.01

 今回は58通のご応募をいただきました。どうもありがとうございました。コメントを拝読したところですと、わりあい訳しやすかったと感じられた応募者の方と、逆に、単語やイメージの翻訳に苦戦したという方がだいたい同じくらいの数いらっしゃいました。僕はどちらかというと後者に近いでしょうか。作品の文章が言いたいことは分かる(ような気がする)し、原文が喚起する豊かなイメージも素晴らしいのですが、日本語にするとなると、どうしてもちょっと及ばないような気がしてなりません。

 この“The Deep”という作品は、ドーアの第二短編集の邦訳版『メモリー・ウォール』には入っていませんが、原書を今購入すると、Memory Wallには収録されています。つまり、もともとの原書が2011年に発表された後、ボーナストラックのようにして追加されたという短編です。とはいえ、作品としてはO・ヘンリー賞にも選ばれ、その他の現代文学の短編アンソロジーにも選ばれていますから、こんな豪華なボーナスがあるのか、と僕なんかは思ってしまいます。

 ドーアらしい文章やイメージをどう翻訳するのかですが、今回の課題文に関してのポイントとしては、①人称を登場させる回数をどう調節するか、②視覚的イメージを崩さないように語順をうまく整える方法、③テーマに応じて単語を選択する、といったあたりが挙げられると思います。まずは課題文を確認しましょう。

第8回課題文(再掲)

  The following Tuesday Ruby meets him at the end of the lane. And the Tuesday after that. They hop the fence, cross the field; she leads him places he’s never dreamed existed. Places where the structures of the saltworks become white mirages on the horizon, places where sunlight washes through groves of maples and makes the ground quiver with leaf-shadow. They peer into a foundry where men in masks pour molten iron from one vat into another; they climb the tailings pile where a lone sapling grows like a single hand thrust up from the underworld. Tom knows he’s risking everything – his freedom, Mother’s trust, even his life – but how can he stop? How can he say no? To say no to Ruby Hornaday would be to say no to the world.
  Some Tuesdays Ruby brings along her red book with its images of corals and jellies and underwater volcanoes. She tells him that when she grows up she’ll go to parties where hostesses row guests offshore and everyone puts on special helmets to go for strolls along the sea bottom. She tells him she’ll be a diver who sinks herself a half mile into the sea in a steel ball with one window. In the basement of the ocean, she says, she’ll find a separate universe, a place made of lights: schools of fish glowing green, living galaxies wheeling through the black.
  In the ocean, says Ruby, half the rocks are alive. Half the plants are animals.
  They hold hands; they chew Indian gum. She stuffs his mind full of kelp forests and seascapes and dolphins. When I grow up, says Ruby. When I grow up . . .

解説

1:語り口調について

 全体のトーンについては、現在形で全体を統一することに苦労したというコメントもいくつかいただいています。これは僕も同感で、日本語の文法の構造上、文はどうしても最後に動詞が来ますし、日本語の動詞の現在形はほぼすべてが「~る」なり「~う」なり、「う」段で終わります。それが何度も続くと、さすがに単調になってきますが、かといって、原文の時制から逸脱して過去形にするのはさすがにはばかられます。

 今回は、ドーア自身が動詞のない文 “Places where ~”を使っていたり、あるいは疑問文も混ぜてくれているので、そこでうまく文章の幅を持たせることができそうです。そうでなければ、どこかで訳文独自の工夫が必要になってくるケースもありえます。

 この課題文で、もっと大きな語り口の問題となるのは、第二段落、ルビーが将来行きたいと思っているパーティのことを語る場面になります。ここでの選択肢は二つあります。①ルビーの語りとして、「~なの」などの女の子口調を採用する、②地の文として、「~する/~だ」など、それまでの語りと同じ口調で続ける。

 応募文では、②がやや多いものの、四割近くの方が①の女の子口調で翻訳していました。どちらが文章としてより正確であるかということでは判断できず、全体のトーンをどう調節するかのポリシーに従って決めていくことになります。

 僕個人としては、ここは②の、三人称の語り手による語りとして翻訳するほうがいいだろうと思います。三人称の語りで通すほうが、明らかにルビーの語りとして翻訳されるべき箇所として示されている二か所、“In the ocean, says Ruby, half the rocks are alive. Half the plants are animals.”と、“When I grow up, says Ruby. When I grow up . . .”でのルビーのセリフのインパクトをより際立たせることができるというのが理由です。おそらくはその目的で、原文でもパーティのくだりや深海に潜るという部分は、ルビーの語りではなく伝聞調のような三人称で書かれているだろうと思うからです。

 もう一つ、語り口調に連動して、原文では疑問形になっている部分、“but how can he stop? How can he say no?”の翻訳として、平叙文の形で訳すという選択肢も検討することになります。これは、ドーアの『シェル・コレクター』『メモリー・ウォール』の訳者である岩本正恵さんの翻訳から僕が学んだ点でもあります。全体の語り口調として、落ち着いた静謐なトーンを保持する場合、「?」や「!」といった記号が原文にあっても、訳文ではそれを落とすことも可能で、往々にしてそのほうがうまくいきますし、特にドーアの語りはそうです。

 今回の課題文の疑問形を素直に訳せば「だが、どうすれば止められるだろう? どうすればノーと言えるだろう?」となります。「だが、どうすれば止められるだろう。断ることなどできるだろうか。」といった文章のほうが、主人公が心の中で自問するような静けさを演出するには向いています。それが、『シェル・コレクター』から『すべての見えない光』まで一貫して続いている、ドーアの訳文のポリシーです。

2:人称をうまく調節する方法

 今回、僕が苦労したのは、冒頭に近い箇所の“she leads him places he’s never dreamed existed.”という箇所です。直訳すれば、「存在するとは彼がまったく夢見ていなかった場所に、彼女は彼を連れていく」となります。そうすると、「彼」や「彼女」の人称が三つ混在することになり、日本語としてはいかにもカチコチの翻訳調になってしまいます。とはいえ、どこかを省略できるものでしょうか。

 みなさんも同じように感じているようで、多くの方が人称を二つに減らすという工夫を試みていらっしゃいました。次のような形の文章が一番多かったと思います。

 「彼女」と「彼」が連続で出てくるとやや読みづらいので、「彼女」のかわりに「ルビー」と実際の名前を挙げるのは、文章を損なうことなく読みやすさを増すために有効な方法です。また、この場合ですと、人称が次々に出てくるという、翻訳文学の欠点として挙げられがちな訳文は避けることができます。一方で、動詞である「連れていく」に目的語がなくなるという問題は生じてきます。

 こうしたケースの訳し方としては、登場する二人のうち一人に視点を近づける、という方法があります。実際に、ルビーに視点を近づけた訳を作ってくれている方がいます。

 こうすると人称はなくなって、日本語としても不自然ではありません。ただし、この文章で「連れていく」の主語がルビーであるとわかってもらうためには、少なくとも一つ前、できれば前二つの文章の主語が、「ルビー」あるいは「彼女」である必要があります。その連続性のなかで、主語のない文を作ることが可能になるのですが、今回は直前に“They hop the fence, cross the field”という文章が入っていますので、人称を完全に省いてしまうと、どちらが何をしているのかが見えづらくなるという危険はあります。

 そうなると、残された道としては、トムのほうに視点を近づけるというやり方でしょうか。僕はそれを選んでみました。

 彼女が彼を連れていった、ではなく、彼が連れていってもらった、という形で、文章自体を能動から受動に変更することになります。こうすると、人称は減らせますし、連れていくのがルビーで、連れていってもらうのがトムであることもわかってもらえるかと思います。とはいえ、“existed”のニュアンスをもうちょっと活かせたらなあ、という思いは残ります。

 この“existed”について、文法的にどうなっているのかという質問をいただきました。僕は文法に弱い人間ですが、“she leads him places he’s never dreamed existed.”には本来関係代名詞が入るはずで、“she leads him places whose existence he has never dreamed.”が完全なセンテンスに近いでしょうか。「彼がその存在を夢見たことさえない場所」という意味で登場しているのですが、文法的にはややブロークンに思えるほど簡素な形で書かれていると思われます。

3:視覚的イメージと語順

 ドーアは風景やイメージの忘れがたい描写を多く生み出している作家です。たとえば短編集『シェル・コレクター』に収められた「世話係」での菜園やクジラの死骸、あるいは『メモリー・ウォール』の最後を飾る「来世」での光の描写など、僕の脳裏にもいくつもの場面が焼き付いています。

 そうした場面の描写では、なるだけ原文の語順を崩さないほうがいいだろうと僕は考えています。基本的には情報を明確に伝えることを優先すべき箇所と、イメージを組み立てる言葉の順序にしたがうべき箇所を区別することは、翻訳においてはかなり重要な作業になります。理想を言えば、翻訳においてはすべて原文の語順通りにできればいいのですが、英語と日本語の言語構造に隔たりがある以上、これは見果てぬ夢でしかありません。現実には、語順をある程度まで残す場所を見定めて、訳文で工夫を凝らすという折衷案に頼ることになります。

 今回の課題文でも、風景の描写はかなり印象的です。自然の営みと人間の営みが混ざり合って一つの世界像を作り上げているイメージは、やっぱりドーアだなと感心してしまいます。

 それを訳すときの語順の問題がもっともはっきりと出てくるのは、トムとルビーがあちこちを探検するときの描写です。特に、次の文章を取り上げてみます。

これを訳すとなると、どれくらい原文の語順を保つことができるでしょうか。みなさんの応募文から、いくつか抜き出してみます。

 僕は二つ目の翻訳の語順に賛成です。それは、読み手に光景を想像させる言葉が、カメラが動くようにして場面を明らかにしていく様子で、よりよく再現できると思うからです。“foundry”→“men in masks”→“molten iron”→“vat”という情景の動きも原文と同じ形を保つことができます。

 一方で、原文よりもセンテンスの数は増えてしまいます。あまり切れ切れにならないようにするという点を考慮して、次のような案はどうでしょう。

個々の単語に当てる訳語の選択については、また後で考えることにするとして、とりあえず、探検する二人の視線の先にある工場での一コマや、製鋼場の裏を登っていく二人からカメラが少し引くようにして木が描かれる、といった描写の順番は、それなりに保持できるのではないかと思います。

 ただ、語順をそのままにはできない箇所も出てきます。たとえば、“Places where the structures of the saltworks become white mirages on the horizon, places where sunlight washes through groves of maples and makes the ground quiver with leaf-shadow.”というセンテンスでは、 “Places”という文頭の表現を、日本語では「~という場所」や「~のところ」という形で受けることが多くなると思います。もちろん、「そこでは~になる」という形で訳すことも可能ではありますが、原文の形が生む効果を日本語でよりよく再現するには、やはり体言止めという形がふさわしいのではないかと思います。

 語順とは少し話がずれますが、原文の形をなるだけ尊重して訳すべき箇所が、“sunlight . . . makes the ground quiver with leaf-shadow.”というところです。ここは詩的なイメージがちらりと顔を覗かせている描写で、情景を考えれば、カエデの葉が地面に影を作り、それが風で震えている様子を表したものです。ですので、応募された方の訳文では、たとえば「葉の影で地面が揺れている」、あるいは意訳して「木漏れ日が踊る」といった表現が使われていました(ちなみに、「木漏れ日」はその情感も含めて他言語に翻訳不能な日本語の言葉として挙げられることがあります)。

 ここは直訳に近い形で、主語も動詞もいじらずに訳すほうがいいと僕は思っています。英語でも、“the leaf-shadow quivers on the ground”といった形で表現することは可能ですが、あえて主語を「日の光」にして、それが「地面を震わせる」と書いているわけです。少し奇妙な形であるがゆえに、読み手に情景を思い浮かべることを求める表現を採用していますから、できれば日本語でも同じような効果を目指したいところです。ということで、こんな訳文はどうでしょうか。

4:訳語の選択をテーマから考える

 ドーアの文章は、なにげない言葉の一つ一つにこめられた意味合いを考えるように求めてきます。たとえば今回は、トムが心臓に欠陥を抱えているがゆえに、長生きを望めないという設定を常に頭に入れておく必要があります。命の危険があるために、トムが知りうる世界はかなり限定されています。それでも好奇心と恋心に支えられて世界をもっと知ろうとします。その姿がさらに鮮やかに浮き彫りになるからです。

 そうしたテーマを踏まえるなら、ルビーと二人で登る廃棄物の山に木が生えているという描写、“like a single hand thrust up from the underworld.”の最後、“the underworld”はどう訳されるべきでしょうか。みなさんの訳をいくつか選んでみます。

 全体としては、「地下」あるいは「地下世界」といった語を選択された方が多くいらっしゃいました。その後でルビーが語る深海の話とのつながりを考慮されたのではないかと思います。

 実はこれに似た場面が『すべての見えない光』でも出てきます。ドイツ人の少年ヴェルナーが、炭鉱の町ツォルフェアアインで妹のユッタとあちこちを探検するときに、次のような文章が登場しています。

 こちらの情景では、木は単数ではなく複数で、葉がないので“skeleton”という比喩も添えられていますが、木が“the underworld”から突き出す手のようだというイメージは共通しています。ドーアはこのイメージがけっこう好きなようですね。この箇所にあてた僕の訳文は次のようになっています。

 ヴェルナー少年は、炭鉱での崩落事故で父親を亡くし、やがて十五歳になれば炭鉱で仕事を始めることになると予告されています。ヴェルナーの命を奪うかもしれないモノトーンの世界は、骸骨が彼をつかまえようと手を伸ばしてきている、という木々の描写でさらに強められています。そうすると、ここは「地下」ではなく「冥界」とするほうが、場面にこめられたテーマ性により近い単語になります。

 同じことが、トムとルビーの出会う木にもあてはまります。物語の主人公が、いつ心臓が止まるかわからないトムである以上、どれほど低い廃棄物の山であっても、そこを登ることには危険がつきまといます。そこに生えている木が少年には「手」のように見えるのであれば、その手の持ち主は、おそらくは死神だということになるでしょう。ということで、僕は今回も作品のテーマと連動して、「冥界から伸びてきた手のようだ」という訳語を選んでみました。

 ちなみに、ここでトムとルビーが登る“the tailings pile”とは具体的にどういうものかについて、とても詳しく調べてくださった応募者の方がおられます。さまざまな情報に基づき、「ボタ山」「尾鉱の山」「鉱さいの山」「廃石の山」あたりがふさわしいのかもしれない、とご提案をいただいています。確かに納得です。一方で、僕は『すべての見えない光』では、ヴェルナーとユッタの二人が「石炭くずの山」に登ると訳しているので(もちろん原文は、“the tailings pile”とは違いますが)、「漢字二文字+くず+の山」という組み合わせを一応は守るつもりで、「選鉱くずの山」としています。

 続いて、ルビーが語る深海の描写です。ここもドーアらしい詩情と想像力が詰まった表現です。

 鍵となるのは、“a separate universe”をどう訳すのか、そして“living galaxies wheeling through the black”という表現が何を言いたいのか、という点になるでしょうか。

 まずは“a separate universe”ですが、これは端的に言えば「まったく別の世界」ということになります。実際に、「別の世界」あるいは「別世界」という訳を採用している方が半分以上いらっしゃいました。日本語では「世界」にあたる語として、英語で“a world”ではなく“a universe”が使われることはよくありますから、意味としては正確な訳だということになります。

 ただ、そうすると、その直後で“galaxies”という単語が使われていることとのつながりは弱くなってしまいます。深海を描写する際の“a separate universe”と“living galaxies”がセットであることにこだわるなら、前者は「まったく別の宇宙」など、「宇宙」という単語を残すべきだろうと思われます。

 その箇所、“living galaxies wheeling through the black”は、直前に出てきた魚の群れを言い換えている表現です。深海が宇宙であるなら、そのなかを光りながら泳いでいる魚の群れは銀河のように見える、という比喩的なつながりです。イワシでもサバでも、魚の群れは台風の雲のように回転しつつ動いているように見えますから、壮大かつ巧みな喩えだと言えます。

 そこで「銀河」という単語を選択すると同時に、それが直前の「魚の群れ」を言い換えているのだということも示す必要があります。たとえば「緑色に光る魚の群れ、暗闇を回転していく生きた銀河」と素直に訳すと、異なる二つのものが並列になっているようにも読めますから、もうちょっとだけ訳文をいじるほうがいいかもしれません。あまり情報を足さずに、形を少し調整して、僕は次の訳にしています。

 つづいて、課題文の最後にあたる箇所、ルビーの台詞“When I grow up, says Ruby. When I grow up . . .”はどうでしょうか。ここは質問もいただいている箇所で、ルビーが語る将来の夢は、それとは逆に、死期が近いと予告されているトムには将来など思い描けないというコントラストを際立たせています。最後が「 . . . 」となっているのは、実際にはルビーがそのあとに続けていろいろな夢を語っているものの、トムにとっては自分がそのとき生きているとは思えない、あまりに遠い世界のことなので、もう耳に入ってこないという、少年の主観をある程度反映しているのではないかと思います。

 そう考えますと、まず“grow up”は「大きくなる」よりも、より歳月のニュアンスをもつ「大人になったら」のほうがふさわしいと思われます。そして、夢見ることができるルビーと、夢見ることは許されないトムの落差を少し強調するには、二度繰り返される「大人になったら」のどちらかに、ルビーの「わたし」(僕は今回「あたし」を選んでみました)を入れると、その「わたし」がルビーしか指していないことをさりげなく示すことができそうです。そんなわけで、訳文を作るならこんな感じでしょうか。

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