未経験で飛び込んだゲームと映像の翻訳

リレーエッセイ2017.05.29

思えばフリーの翻訳者として働き始めたとき、私が持っていたものといえば、暑苦しいほどの情熱だけでした。ゲーム制作会社の翻訳部で働きながら映像翻訳学校に通学。やりたいと思ったらやらずにはいられない性分と荒ぶるエンタメ愛に突き動かされ、学校のコース半ばにして翻訳会社のトライアルを受けたのは今から13年前のこと。

まずは「未経験者OK」という数少ない翻訳会社をいくつか見つけ出し、ゲームと映像のトライアルを受けました。当時はゲーム会社に勤めていたとはいえ、翻訳するものは技術文書や社内文書がほとんど。物語や台詞を訳すのは学校以外では初めての経験でした。それでも好きこそ物の上手なれというやつで、課題を訳すのは自分でも驚くほどに楽しく、結果、どちらも合格。いただいた初仕事は動物ドキュメンタリーの字幕と映画を基にしたゲームの翻訳で、あまりにすんなり決まったことに有頂天でした。

ええ、お察しのとおり、大変だったのはそこからです。字幕のルールは学校で教わっていたものの、次々に押し寄せる調べ物の山に埋もれ、時間に追われながら物語を汲み取るのに必死。英語の読解力、日本語の表現力・語彙力、どれを取っても足りないものが多すぎて、うまくなりたい一新で歯を食いしばる毎日でした。

実地で身につけたゲーム翻訳のスキル

一方、ゲーム翻訳はというと、当時はノウハウを教える学校がなかったので、実地で身につけるしかありません。ゲーム翻訳ではタイトルの世界観に合った表現が求められるのはもちろん、指定の表記ルールやスタイルに準拠していることも不可欠です。改行コードさえ目にしたことのなかった私は、謎めいた暗号にしか見えない文字列と格闘しつつ、ルールを頭に叩き込んでいきました。ゲーム会社で得た技術知識も大きな助けになったと思います。

そうそう、未経験者の最大の武器“ハッタリ”も大いに活用しました。ゲーム翻訳と映像翻訳に共通して避けられないのが軍事モノ。今でこそ軍隊にまつわるドラマを何年も担当していますが、当初はアメリカ海軍と海兵隊の違いすらチンプンカンプン。しかし、必要であればやるしかない。「できます!」と手を上げて仕事を請けたのちに片っ端から資料や辞書を集め、軍事に詳しい友人の知恵を借りて泣きながら訳すことも。幸い、その後も継続的に仕事をいただけたので、最初の関門は突破できたのでしょう。

今となっては、よく駆け出しの自分にあれほど多岐にわたる仕事を任せてくれたなと思いますが、チャンスをくださった理由は、無謀ともいえる私の熱意だったのかもしれません。情熱を燃料にして走り続けるうちに、翻訳の“筋力”は鍛えられていきました。異業種で活躍しながら何かにつけて助けてくれる友人たちも頼れる味方でした。

ツイッター投稿で新たな世界が広がる

せっせと実績を重ね、中堅と呼ばれる時期に足を踏み入れた頃、出会ったのがツイッターです。驚くほどたくさんの同業者とつながることができ、先輩方の勉強会に参加させてもらったり、オンオフ問わず情報交換をしたり。仕事を紹介し合うことも多くなりました。何より皆さんの翻訳大好きパワーときたら! いつも会うたびに「私もこの仕事に就けてよかったなぁ」としみじみ思います。

ちょうど、ひとり机にかじりついて作業するスタイルに、少しの孤独感と行き詰まりを感じていた頃だったので、この出会いで私の世界は一気に広がり、くすぶっていた情熱がまた燃え始めました。本当によく言われることですが、家に閉じこもっていては、いい訳は出てきません。夢中になったゲームや映画の言葉たち、旅をした国々で体験したことや出会った人、何でもない日常も、すべてが作品の理解に生き、訳に奥行きを与えてくれると実感しています。

今は映像翻訳とゲーム翻訳を二本柱とし、映画関連雑誌の記事を翻訳する機会にも恵まれ、新しいお仕事にも力を注いでいます。種類の違う仕事をほどよく組み合わせることで頭が活性化され、それぞれの仕事に良い作用が生まれます。これもまた、情熱の着火剤と言えるでしょう。

ひそかに最近の発想源になっているのは、9歳になる息子のアドバイスです。ウンウン訳語に悩んでいるときなど、案外いいこと言うんですよ、これが。

『通訳・翻訳ジャーナル』2017年春号より転載★