第7回 いかにもアメリカ的なスモールタウンの風景を訳す

現代文学翻訳コンテスト2017.05.01

 季節柄ということになりますが、本屋大賞・日本翻訳大賞に関連しまして、お祝いのメッセージをいくつかいただきました。どうもありがとうございました。とはいえ、これがゴールなわけでもなく、これからも翻訳を好きなだけ続けて恩返しをさせていただきたく思います。

 第6回の課題文は、「今までで一番わからなかった」という声をたくさんいただきました。確かにその通りだと僕も思います。いろいろ話が唐突すぎるんですが、でも最初からそう書かれている作品なわけですから、訳せと言われれば取り組むしかありません。けっこう「無茶」なタイプの物語だと言えるでしょうか。それでも47通のご応募をいただきました。どうもありがとうございます。

 今回の課題文を訳すにあたってのポイントは、大きく分ければ、①語り口調に対応する、②アメリカの「スモールタウン」文化を踏まえる、③ヒーロー物のお約束のイメージをしっかり守る、という3つになるだろうと思います。それぞれ、具体的な文章を見ながら考えていきたいと思います。

第6回課題文(再掲)

   The consensus, among many of us, was that we were unimpressed. Before the heroes, things weren’t that bad, and, depending on whom you asked, they were going pretty well. The county had just paid to have the throughway resurfaced, our boys had made it to the state semis, and business boomed at the tire factory up by the mall, which, in turn, made business boom at the mall as well. Everyone felt confident about the economy, the kids were getting into good colleges, and if a town with prettier women existed, we hadn’t been there.
   Which is why we scratched our heads when these heroes showed up, their jaws, their capes, their stoicism all in tow. We had to admit, their debut was a splash, putting the fire out at the tire factory. The dark cloud lifted after three days, the smell of soot and rot disappearing soon after. To boot, they maintained the integrity of the structure, limiting the shutdown to a mere week and a half. A few days later, they saved that kid who’d fallen into the quarry, too, not one of our boys, but a kid nonetheless. Not one of us could have squeezed into that drainage pipe, let alone pounded through the twenty solid feet of bedrock. Our hats were off. And tipped. Whether or not we could have fought off the supervillains and their giant mechanical attack birds isn’t worth discussing. The talons alone were fourteen feet long, for chrissakes. We had to give them that one.

解説

1:語り口調をどうするか

 今回の課題文に関していただいた質問で多かったのが、文中にいくつか出てくる“that”の意味するところがわからない、という点でした。たとえば二行目で“things weren’t that bad”が出てきたり、第二段落の途中で“that kid”が前触れなしに登場したり、最後には“We had to give them that one.”というセンテンスが出てきたりします。

 それぞれの“that”の使われ方や意味は違いますが、僕の見るところ、これらの“that”は「かなりくだけた、ざっくばらんな口調」の一環として使われています。

 たとえば、最初の“Before the heroes, things weren’t that bad”のところの“that”は、「それほど」という、程度を表す意味で使われています。その意味だけを考えるなら“so”で置き換えることもできます。そこにあえて“that”をあてることで、話し言葉としてのくだけた口調がもうひと回り強まっています。

 二つ目の“that kid”は、初めての登場であるにもかかわらず“a”ではなく“that”が使われています。このことからわかるのは、語り手は「ある情報について、相手=読み手が知らないことには配慮せず、自分は知っているということを優先して語っている」という傾向です。

 そして最後の“that”にあたる、“We had to give them that one.”です。これも口語表現に近い形で、“them”は「ヒーローたち」を指すことは見当がつきますが、“that one”はどうでしょうか。これもまた、「語り手はわかっている」という勝手な語り口の典型です。先行する名詞は明示されていませんので、文脈と口調という「ノリ」からあたりをつけるほか手はないのですが、この“that one”は、「大したものだという思い・賛辞」、つまりは”credit”に近い意味で用いられていると思われます。つまり、“We had to give the heroes credit”だと考えれば、「ヒーローたちの手柄だということは認めざるをえなかった」となり、それまでの彼らの活躍を渋々ではあれ認めよう、という語り手の気持ちが、ざっくばらんな口調で綴られていることになります(その直前の“for chrissakes”もくだけた感情表現の典型です)。

 そう考えますと、かなりフランクな、「俺たち」という一人称が第一候補になるでしょうか。出だしの一文としては、「我々は感銘を受けていない、というのが一致した意見だった」というより、「俺たちの大方の意見としては、あんまり大したことないなってところだった」といったあたりの口調でスタートするとよさそうです。

2:アメリカの「スモールタウン文化」について

 舞台になるのが、どの州のどの町か、といった情報は一切ありません。とにかく、大都市ではなく、地方の小規模な町で、語り手は中高年くらいの男性たちらしい、というそれだけをヒントに進んでいくしかありません。

 今回、みなさんの訳文が大きく分かれた箇所がいくつかありますが、その大きな理由の一つが、アメリカ合衆国における「一般市民」をめぐる文化をどこまで踏まえるか、という問題です。

 その典型的な一例が、“our boys had made it to the state semis”という箇所です。前後に何の手がかりもなく、ポンと放り出されるようにして登場する表現ですが、翻訳の際には、“our boys”や“the state semis”が具体的に何を指しているのか、ある程度見当をつけておく必要があります。この場合、話題になっているのはスポーツ大会のことです。

 アメリカ合衆国には、地元の高校・大学のスポーツチームを応援する文化が非常に根強くあります。日本で言うところの甲子園をめぐる文化をイメージしてもらえればわかりやすいでしょうか。プロスポーツのチームがすべての町にあるわけではありませんので、スポーツ熱と地元愛が向かう先は、いきおい地元学校のチームということになります。高校生のチームは「町」単位で、大学生のチームはもうひとまわり大きな「郡」や「州」も含めて、熱心なファンを常に抱えているというのが、アメリカのアマチュアスポーツ文化です。

 翻訳者である吉田恭子さんが、アイオワ大学に招かれて滞在したときのことを教えてくれました。大学にある巨大なフットボールスタジアムは、収容定員がアイオワシティの人口よりも多いそうです。つまり、アイオワ大学のフットボールチームが試合をするとなると、周辺地域から応援の人々が大挙してやってくる、ということになります(それ以外の人が試合の日に宿を確保することはほぼ不可能だそうです)。

 それを踏まえて、“our boys”というのは、「地元学校のチームの男子たち」を指していると考えるのが妥当ですし、“the state semis”は“the state championship semifinals”の略、すなわち「州大会の準決勝」を指していると思われます。

 じゃあ、“our boys”が高校生なのか大学生なのかを特定することはできるでしょうか。文中でははっきりと述べられてはいないのですが、あとで子どもが一人採石場に転落してしまったというくだりで、“not one of our boys, but a kid”という表現が出てきます。つまり、「自分たちの息子ではないが、子どもである」ということです。

 この表現から推測できるのは、地元チームの男子たちは語り手“we”の「息子たち」でもあるということです。アメリカの典型的な少年少女たちの成長パターンは、高校までは地元で学び、それから全米各地にある大学に進学して地元を離れ、大人になっていく、というものです。大学チームは、こうして各地から集まった学生たちで構成されているので、今回のように「わが町の息子」のニュアンスをより色濃く含むのは、高校生の男子チームだという可能性が高いでしょう(とはいえ、「高校」というところまで翻訳で特定する必要はありません)。

 あとは、このチームが野球なのかバスケットボールなのかフットボールなのか、という疑問も湧いてきますが、文章でははっきりと特定できる気配はありませんし、州大会があるかないかも、州とスポーツによってまちまちのようです。ここはただ「チーム」としておくだけで、スポーツの特定までは踏み込まないほうがいいだろうと僕は思います。

3:ヒーロー物のお約束のイメージ

 「わが町」に対する誇りを胸にみんなが生活している、そんな土地においては、「スモールタウン」に独特のヒロイズムが共有されていることも、今回の課題文を理解するうえでは重要になります。都市(city)ではなく町(town)には、自分たちのことは自分たちでする、というDIY(Do-it-yourself)のメンタリティーが色濃くあります。たとえば、家の浴室を新しくするとなっても、すぐに専門の業者に注文を入れるのではなく、店でバスタブを買って自分のピックアップトラックに積み込み、家に持って帰って自分で取り付けることを好むような空気です。

 他人任せにせず、自分の生活は自分で作って守っていく、という、アメリカの地方独特のメンタリティーは、ごく普通の一般人が「ヒーロー」であるという考えを生み出しています。映画『スーパーマン』の主人公クラーク・ケントが、カンザス州スモールヴィルで育つことは、その典型です。スモールタウンの人々にこそ、アメリカ的な生活を守るヒロイズムが宿っているのだ、ということを、カンザス州という田舎の、「小さな町」を意味するスモールヴィルという土地に暮らすスーパーマンは体現しているわけです。

 どこからともなく「ヒーローたち」がジャジャーンと登場したときの、語り手“we”の困惑は、そこに起因しています。自分たちが「ささやかなヒーロー」として町を守ってきているのですから、それ以外にヒーローなど必要ないはずだからです。

 もう一つ、アメリカのヒーローもので欠かせないのが、マントとマスク、そして、たくましい顎です。ここにも、文化的なイメージが関係しています。顎ががっちりとしているかどうかが、「力強さ」の一つの判断基準になるからです。ですから、ヒーローは顔の下半分は必ず露出して、主役にふさわしい強さをビジュアル面でもアピールしています。したがって、“jaw”の訳は見た目の「たくましい顎」などが第一候補になります。

 ヒーロー像がこうして固まってきたら、あとは悪役の登場を待つだけになります。英語だと、ビーチ・ボーイズの曲にもあるように、“heroes and villains”とワンセットのフレーズになっていますから、悪人たる“villains”はどんなものか?と期待が高まります。そこに登場したのは“the supervillains and their giant mechanical attack birds”で、これまた前後の脈絡はまったくありません。

 ただの“villains”ではなく、“super”がついていますから、「超」悪人なわけですが、日本語の語感でいえば「極悪」のほうでしょうか。それと、今回は複数形が使われていますので、それが伝わるように「集団」なんかを入れる必要もあります。その悪役(たち)が駆使するのは“giant mechanical attack birds”で、これまた悩みどころです。巨大で、機械の、襲撃する鳥、ということですから、かなり大型の猛禽類のメカ、というイメージでいいと思います。どれくらい大型かといえば、かぎ爪だけで十四フィート、すなわち四メートル強だった、ということです。これまた前触れなく襲ってきたこの悪の化身たちに、スモールタウンの生身の“we”が太刀打ちできたかといえば、それはまず無理なわけで、撃退してみせたヒーローたちは確かにすごいよ、ということになります。となると、冒頭の「でも大したことないよな」という言葉とあからさまに矛盾してくるのですが、そこは語り手の精一杯の意地というか自己主張だと考えるほうがいいのかもしれません。

4:英語表現をめぐって

 文法的な解釈の違いで、みなさんの翻訳が分かれた箇所もありました。第一段落最後の“and if a town with prettier women existed, we hadn’t been there.”という部分です。どんな訳が出たのか、いくつかご紹介します。

 僕は二番目と三番目の訳のあたりに近いだろうと考えています。

 まず直訳するなら、「もし、もっとかわいい女たちのいる町があったなら、俺たちはそこには行ったことがなかった」となります。ただし、英語の文章ではよくあるように、この“if”は“even if”の意味で登場していますから、より正確には「~の町があったとしても」になります。

 町があったとしても、という「仮定」の部分、および語り全体が過去形ですから、語り手“we”が、人生でそこには行ったことがないという後半の部分は、“have never been there”から一つ過去にずれて過去完了の“hadn’t been there”となっているのです。「もし、もっとかわいい女たちのいる町があったとしても、俺たちはそこには行ったことがなかった」が、意味としては一番忠実な訳になるでしょうか。

 ですが、それだと何が言いたいのか、少し曖昧になってしまいます。つまりは、「この町の外にはもっといい場所があるのかもしれない+だが自分たちはここの生活で満足していた」ということが、もうひと回りダイレクトに伝わるほうがいいのではないかと思います。たとえば、こんな感じではどうでしょうか。

 また、今回かなり紛らわしいのが、“not one of our boys, but a kid nonetheless”というくだりです。ここでの“boy”と“kid”はどう違うのか?ということで、かなり頭を悩まされた方が多かったようです。「町の子ども」と「他の町の子ども」の区別と解釈されているケースが一番多かったでしょうか。

 ただし、この作品の舞台になる町とは別の町があるという描写は一切出てきません。それに加えて、最初に登場する“our boys”は「地元学校の男子チーム」だと思われますから、“a kid”は(自慢の)子どもとまではいかないが、それでも町の若者であり、それを助けてもらって感謝せざるをえない、という文章の流れになっていると考えるほうが自然ではないかと僕は考えています。

 そんな活躍を見せられた“we”は、“Our hats were off. And tipped.”と言います。これは英語の言い回し二種、①“hats off to…”と②“tip one’s hats to…”をちょっと崩した形です。①は日本語にもある「脱帽」、②は帽子に触れて「相手に敬意を表する」というイディオムになります。

 その他、訳しづらいなあと僕が常々思っているのが、課題文冒頭の“things”です。人を取り巻く状況一般を指す複数形ですが、「状況」とすると、せっかく原文が簡単な単語を選んでいることが反映されないし、「生活」よりはもうちょっと広い意味合いのような気もするし……と思っていたところ、「暮らし向き」と訳されている方がおられて、そうか!と納得しました。どうもありがとうございました。

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