第5回 比喩・仕草・会話の訳し方

現代文学翻訳コンテスト2017.03.01

第4回課題文 解説

 今回は82通(!)のご応募をいただきました。どうもありがとうございます。ちょっとびっくりしましたが、面白がっていただけたのでしたら幸いです。とはいえ、僕も訳してみて、これはさりげないようで難しいなあ……という感じでした。課題を出しておいて何だ、と思われるかもしれませんが、僕のほうも「これってどう訳せばいいんだろう」と、ちょっと答えがすぐには見えないものを今回は選んでみた次第です。まだ確たる答えにたどり着いていないので、みなさんと一緒に考える機会があるのがありがたいです。今回の課題文で大きなポイントになるのは、僕が思うに三つあります。①比喩表現をどう訳すか、②登場人物の仕草をどう訳すのか、③会話のニュアンスをどう汲み取るのか、です。それぞれ、みなさんの訳例をピックアップしながら、僕なりに考えたことを解説したいと思います。

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“The Living”
by Nicole Haroutunian

  It was a jewel box of a boutique hung with only ten different dresses. If she were the size she was a year ago, none of them would have fit, but now she had her pick. The shopgirl zipped her into an off-white silk sheath with a slit down the middle of the back. “It’s perfect,” the girl said. “The color is gorgeous with your red hair. Is it for any particular occasion?”
  Sabrina smoothed her hands over her hips, felt their sharpness through the liquid fabric. “Yes,” she said. Her nose tickled as if she were about to sneeze. “It’s because I’m sick.”
  The girl smiled. “It’s nice to get yourself a little pick-me-up when you’re under the weather.”
  “I’m not under the weather,” Sabrina said, searching for the right phrase. “More like six feet under.” Her head was rushing, and she saw, looking down, the dress fluttering with the beating of her heart. The shopgirl’s hands stopped fussing at her neckline.
  “I’m so sorry,” she said, folding her arms across her stomach. She was just as skinny as Sabrina, although she must have worked hard at it — spin class, salad dressing on the side.
  “You really think the dress looks nice?” Sabrina asked, pulling cash from her wallet.
  The shopgirl nodded, her eyes dancing around the room.
  “I’ll wear it out.”

1:比喩表現をどう訳すのか

 今回は、冒頭から比喩表現がひょっこり出てくる文章です。“It was a jewel box of a boutique”というときの“of”は、この場合は前に出てくるものを比喩として「〜のような」に近い意味で使われています。僕が知っている例ですと、“He was a giant of a man.”といったような用法です。この場合、要するに「彼」という男性が「巨漢」であることを意味しているので、彼は“giant”のようだ、という比喩の一種です。

 今回は、描写されているのはブティック、それに使われている比喩は“jewel box”となりますから、「宝石箱のようなブティック」という意味が基本線になるでしょうか。多少凝るなら、「ブティックという名の宝石箱」でもいいかもしれません。この比喩の意味するところは、①こぢんまりとした店である、②品物の揃え方が華やかに見える、といったあたりになります。とはいえ、比喩表現については、翻訳者はあまりに解説しすぎず、イメージだけを提示してあとは読者に想像をめぐらせてもらうほうがいいと思います。

 もう一つ、会話のなかで登場する言い回し、“under the weather”と、“six feet under”も、面白い比喩表現です。これが僕にとっては最大の悩みどころで、応募者のみなさんからも、「ここが難しかった」というコメントを多数いただき、ちょっと安心した次第です。

 まず、“under the weather”は、「具合が悪い」、「二日酔い」、あるいは「鬱々した気分である」というときに使う表現です。僕が目にしたなかでは(といっても数回だけですが)、三つめの「鬱々」という意味で使われていることが多く、今回も、やり取りの文脈ではこの意味が一番近いと思われます。

 問題は、これに答えるサブリナのセリフに、“six feet under”が使われていることです。こちらには同じ意味で“six feet underground”という表現もあり、地中に埋められる、つまりは「死」を指す婉曲な比喩表現です。日本語も、「死ぬ」という意味の婉曲表現をさまざまに発達させていますが、英語も“be gone”や“pass away”から始まって、この意味の語彙は非常に豊富です。

 今回は、“under the weather”と、“six feet under”が“under”という単語でつながっていますから、日本語の翻訳ではどうするかが課題になります。僕も三日間考えましたが、妙案はどうにも浮かばず……。まず、こうした表現を訳す際の僕のポリシーを挙げると、こうなります。

 ①語呂合わせ的な要素はなるだけ日本語で再現する。原文が言葉遊びをしているのであれば、もう一つの策として、ルビで原文の音や文字通りの意味を示し、二つの表現の間に語呂合わせがあることを出すという解決方法があります。これに頼らざるをえない場面も、翻訳をしていると多々あります(最近だと、「ダチョウの時代」という表現が「事なかれ主義の時代」を指している例に出くわして、どうにも日本語で再現できずにルビに頼りました)。ですが、日本語で何か語呂合わせを作れるのなら、そのほうが「翻訳した」という充実感がありますから、なるだけ挑戦してみるというのが僕の方針です。

 ②日本文化特有の表現は避ける。今回ですと、「死ぬ」を指す表現として、「成仏する」「三途の川を渡る」や「無縁仏になる」などで、語呂合わせを作れそうでも(作れなさそうですが)、原文の場面がアメリカの文化を前提としている以上は、あまりに日本的にはせず、より中立的な表現の範囲で工夫できるかを考えるべきかと思います。もちろん、応募者のみなさんは誰も仏教用語を使用されていませんでしたので、僕は一瞬ではあれ「卒塔婆」で何か語呂を考えようとしたおのれを恥じました。

 ③婉曲なものは婉曲なものとして訳す。今回であれば、“dying”あるいは“die”という言葉を使わないために“six feet under”と言っていますから、「死」という言葉は使わずに訳すことを優先で考えてみたいと思います。

 これに加えて、今回は、自分の病について“I’m sick”と言ったサブリナの言葉を、店員が「憂鬱な気分」のほうだと解釈して“under the weather”という表現を使い、それに答えてサブリナが“six feet under”と言う、という流れがあるので、「勘違い+比喩表現+言葉遊び」の組み合わせを考える必要があります。それだけで頭が痛くなってきましたが……。

 以上を踏まえて、みなさんから寄せられた案をいくつかピックアップしてみたいと思います。せっかくなので、(1)I’m sick、(2)under the weather、(3)six feet under、のセットで取り上げてみます。

 それぞれ、その手があったのか、と思わされます。ちなみに、僕は最初、“under the weather”に「気が滅入る」、“six feet under”を「体が参る」と訳していました。でも、これの欠点は、「体が参る」では「死」のニュアンスが十分に伝わらないことです。そこで、第二案として、次の組み合わせを考えました。

 ただし、これは言葉としてちょっと古いかもしれません。もう一回りシンプルな表現で考えるなら、次の組み合わせでしょうか。

 もし、英語の原文の表現をうまく残すことを優先するなら、“under the weather”のところに「気分がどんよりしている」という比喩を当てることもできますが、そこから「死」というサブリナの発言にどうつなげたものか、僕はちょっと思いつきませんでした。いい案があれば、また教えていただけたらと思います。

2:登場人物の仕草をどう訳すのか

 身体的な仕草の表現は、今回の文章にあちこち顔を出しています。個人的には、前回の課題の誤訳も踏まえて、どの部位が取り上げられているのかをしっかり考えたい箇所です。それに加えて、文学作品においては、なにげない仕草が感情の表現になっていることがよくあります。これも一種の比喩表現と言えるでしょうか。そのあたりは、あまりに説明的になりすぎず、自然な流れで訳すことを意識してみたいと思います。

この文章は、前半と後半に分かれています。まず前半は、サブリナが試着したワンピースが体に合っているのか確かめている動作を表現し、後半は、ワンピースの下にある自分の体が、病気のせいでやつれてしまっていることを示しています。

 ここで問題になるのは“hips”が「腰」なのか「お尻」なのか、という問題でしょうか。この前後には、場所をそれ以上特定する情報は出てきませんから、場面を想像して考えるほかなさそうです。ワンピースを試着して鏡の前に立つ、という経験は、男性として生きてきた僕にはないのですが、妻と買い物に行ったときのことを参考にするなら、まずは服の腰回りが自分に合っているかどうかを確かめる動作になるかと思います。それに加えて、文の後半で、突き出てしまっている骨が感じられるという情報がありますから、それがより分かるのは、やはり「腰」ということになるでしょうか。腰骨が浮いてしまっている、という彼女の姿は、想像するにはちょっと辛いのですが。

 加えて、ここは“hips”と“hands”と複数形が使用されているのをどう処理するのか、という点も、ちょっと考えどころになります。みなさんがどう訳されているのか、いくつか挙げてみます。

 律儀に訳すとすれば、「腰の両側」と「両手」ということになるでしょうか。ただし、そうすると「両」が立て続けに出てきて、日本語としてはやや渋滞気味になってしまいます。ですから、たとえば「腰の両側に手をすべらせる」でも、両手を使っていることは了解してもらえるかと思います。逆に、「腰に両手をすべらせる」とすると、腰の片側なのか両側なのか、読者に与える図はちょっと曖昧になってしまうかもしれません。

 まず、“her neckline”の“her”がこの店員のことなのかサブリナのことなのか、判断が難しいというコメントを、いくつか寄せていただいています。確かに、ここはどちらでも意味が通りそうな箇所です。

 もし、店員が自分の襟元をいじっていた場合ですと、“her neckline”というよりは“her own neckline”と書いているかもしれません。ここは、①ワンピースをサブリナに着せてファスナーを上げる、②少し離れたところから似合うかどうかをチェックする、③サブリナに近づいて少し襟のあたりを調整する、という動作をしていると考えて不自然ではないので、二人の女性のあいだでの、言葉以外でのコミュニケーションとして「サブリナの襟元をいじっている手が止まった」とするのが第一案でしょうか。死が近い、というサブリナの言葉に不意をつかれて、ちょっとどう答えたものか戸惑う心の内が見える箇所です。

 この箇所にみなさんがどんな訳をつけられたのか、まずはいくつか見てみます。

 いわゆる「腕組み」の一種と言えなくもないのですが、胸の前で腕を組む動作が、「自信」のニュアンスを含んでいるのに対して、今回はお腹の前で腕を組んでいますので、どちらかと言えば、やや防御的な姿勢だと言えるかもしれません。店員はそれまで、サブリナの言う“sick”を心理的な気分だと勘違いしていたのが、「(不治の)病気」であることにようやく気づき、それに驚いていると同時に、今まで接していた客が病気だとすると自分は大丈夫だろうか、という不安に駆られている可能性も考えられます(店員がサブリナの襟元から手を離して、自分のお腹を守るような腕の組み方をする、という一連の動きをイメージすると、その点はよりはっきりするかもしれません)。

 そう考えると、この場面は、「お腹を抱えるように」という、ちょっとだけ比喩のニュアンスを交えて、ただし「守る」とまでは言い過ぎないような形で訳すのが妥当なあたりかな、と思います。

 目の動きで感情を伝える表現は、どうしても文化によって約束事が違うせいで、そのまま訳しても意味が伝わりづらいケースが多く出てきます。目で言えば、“roll one’s eyes”あたりが典型的な例でしょうか。目玉をぐるりと回す、というだけでは、「呆れている」という感情は日本の読み手には伝わりづらいので、動きを訳すよりも「呆れた目になる」とするほうがかえって正確な訳かもしれない、といったように翻訳者泣かせの表現はいくらでもあります。

 今回の一文で大事なのは、「このワンピースはほんとうに似合うのか」とサブリナに問われた店員の女性が、頷いていると同時に、サブリナにしっかりと目を合わせることができていない、という点だろうと思われます。通常であれば、営業職の人は相手の目をしっかりと見てお勧めしなければならないわけですが(これは営業だけでなく会話一般にも当てはまります)、この店員にはそれができていません。それだけを取り出せば失礼とも言われそうなのですが、ここはサブリナの死期が近いという情報を受け止められないという心の揺れがそのまま表れているため、逆に、「似合っているのだが、それを死期が近い人にどう勧めたらいいのかわからない」という気持ちがサブリナに伝わっているという場面になると思います。それが後押しして、サブリナはそのワンピースを買おうと決心することになるわけです。

 その「直視できない」という目の動きが、英語では「部屋のあちこちを踊る」という表現になっていますが、日本語でその動きに一番近い目の動きとしては、「目が泳ぐ」というものが挙げられるでしょうか。ただし、それだと心の動揺というよりは「やましさ」「隠し事」という面が出過ぎる可能性もあるので、目が「あちこちをさまよう」というほうが、今回はぴったりくるかもしれません。

 こうした身体表現に関しては、『しぐさの英語表現辞典』(研究社)という辞典が出ています。これはかなり評価が高い本ですし、僕も折々にお世話になります。目なり手なり、具体的な表現のニュアンスをとてもよく教えてくれます。とはいっても、最終的には、翻訳する自分が、その仕草になるように体を動かしてみて、場面と照らし合わせてみて、どんな心情がそこにあるのかを思いめぐらせる、という「実演+想像」が、最大の調べものではないかという気がします。英語でアクションシーンが描写されているときなども、僕はよくその動きを家で実演して、家族からは不審がられています。

3:会話の表現

 会話のセリフは、それぞれの登場人物の性格や、会話をするふたりの間柄を伝えてくれます。とはいえ、どんな口調で訳すべきかとなると、なかなか難しく、実際にその場面を演じてみる訳者もいるそうで、そうなると訳者兼役者といったところですね。僕は電車でたまたま隣にいる人が会話しているのを耳にして、そうかこの口調はぴったり合いそうだ、と気づいたりします。

 今回は、店員と客の会話ですから、店員は丁寧な言葉づかい、客であるサブリナは、もうひとまわりくだけた感じだと想定するのがよさそうです。たとえば“It’s perfect”という店員の一言は、「とてもよくお似合いです」とかでしょうか。

 そのあたりは、たとえば日本のデパートに入っているブランドショップでの店員の応対をイメージしてもらえれば、わりとすんなり訳せる箇所かと思います。あとは“sick”や“under the weather”のあたりのやり取りはすでに見ましたから、問題は、“I’m so sorry”という一言になるでしょうか。すごくシンプルな一文ですが、僕から見て、これは相当な難物です。

 人の死という不幸な知らせを聞かされた人が、“I’m sorry”と答えるのは、英語ではごくありふれたやり取りです。その言葉によって、聞かされた自分も悲しい気持ちを共有し、同情していることを相手に伝える役割があります。しかし、日本語でこれにぴったりくる表現があるかというと、僕はどうも出会えていなくて、せいぜいが「それは気の毒に」というあたりでしょうか。そのヴァリエーションとして、村上春樹氏が「気の毒したね」と翻訳したという例もあります。

 ここでの店員の発言“I’m so sorry”にはもう一つ、それまでの会話で、自分が勘違いしていたことに対して申し訳ないという気持ちも入っていると思われます。言葉に詰まるというよりは、型通りの表現を借りつつ、うまくその場をしのごうという感じでしょうか。そうすると、「失礼しました」あたりのニュアンスもありなのですが、どうにも日本語で同情を示すと同時に詫びるような日常的な表現がないのが苦しいところです。多少脱線になりますが、「それは大変なことを」とすると、サブリナの大変な思いと、自分が大変な勘違いしていたことを両方指すことができるかなと思うのですが……。

 課題文最後の一言、“I’ll wear it out”は、みなさんの訳がかなりきれいに分かれました。まずは、この発言が店員のものなのか、サブリナのものなのか、明示されていないので、そこが一つ目の分かれ目になります。店員の言葉と解釈した場合は、「私なら着古します」といった訳がありえます。ただし、実際には店員がその服を買うことはないので、私「なら」という仮定での発言になり、つまりは、英語の原文は“I would wear it out”になるはずです。仮定ではなく、単純な自分の意志として“I will”と発言できるのはサブリナだけですから、ここはサブリナのセリフと考えるべき箇所です。

 次の分かれ目は、ワンピースを「着倒す」か、「このまま着ていく」か、という点です。サブリナのセリフとしての訳が、この点に関してはちょうど半々くらいに分かれました。僕は後者の「このまま着ていく」だと思っています。まず、ワンピースを試着したままの会話ですから、通常であれば自分が着てきた服に着替え直して、買った服は包んでもらう、という流れになると思います。ただし、この主人公サブリナは死期が近いわけで、つまりは彼女に残された時間はそれほどありません。気に入った服があれば、家に帰って着替えるなんて悠長なことは言ってられない、今すぐ着て街を歩きたい、という思いから、「(似合うなら)このまま着ていくわ」と彼女が言っているだと考えるほうが、この場面はしっくりくるだろうと思われます。

4:細かい表現

 なにげない単語レベルでも、どう訳すべきかちょっと迷う言葉が、今回はけっこう多かったと思います。少なくとも僕はあちこちで迷ったり悩んだりしました。

 最初の一文に出てくる“hung with…”というくだりは、文法的に考えると頭がこんがらがってきそうな表現です。ここは「店に~がかかっている」という意味で用いられていますので、「~がかかっている」あるいは「~が並んでいる」あたりがちょうどいいでしょうか。

 この「~」に入るのが、“dress”なのですが、日本語で言えば「ドレス」も「ワンピース」も、英語では“dress”で表されます。日本語での「ドレス」は、わりと正式なウェディングドレス、カクテルドレス、イブニングドレスなど、僕から見て、やや華やかなデザインのものを指すケースが多いでしょうか(勘違いだったらすみません)。今回は上等なワンピースというほうが近いのかな、と思います。

 ちなみに「シースドレス」という単語もあるにはあるらしいのですが、やはりそれですぐに形を思い浮かべられる読者はそれほど多くないと思います。ここは体にぴったり沿ったデザインであることが、着られる・着られない、痩せた体が手でも感じられる、という前後の文脈において大事ですから、それがすぐに伝わるように、「細身」などの日本語にしてあげたほうが親切な箇所です。

 このあたりの業界用語についての質問もいただきました。僕が心がけているのは、文学作品である以上、誰でも物語に入れるように書かれているはずなので、作品が最初から意図的に壁を作っていないかぎりは、用語のレベルで分かる読者と分からない読者の間に壁を作ってしまうのは避ける、ということです。その意味もあって、僕は訳注もあまり好きではありません。分からない地名なり固有名詞なりが出てきても、今はすぐに携帯電話で検索できますから、物語をなめらかに進めることのほうが大事だと感じています。

 上等な服を買うとなれば、“special occasion”の話が出るのは自然なのですが、この単語もなかなかぴったりくる訳語が見つけづらいですね。みなさんの訳でも「特別な機会」や「特別なイベント」、あるいは「特別な日」や「パーティ」や「特別な理由」など、さまざまに工夫されていました。僕も最初「パーティ」にしていましたが、気合いの入ったデートでも着ることはあるし……と思い直して、何でも入るように「特別なご予定」としてみました。

 あとは店員の体型について出てくる“spin class”と“salad dressing on the side”あたりも、悩ましいところです。それぞれ「スピンクラス」「脇にサラダのドレッシング」とすると、何を意味するのか、ちょっと伝わりづらくなってしまいます。目下のところの僕の案は、「エアロバイクの教室に通い、サラダにはドレッシングをかけない」というものです。

 一番なにげないところでは、サブリナがワンピースを買おうとするときに出てくる“cash”でしょうか。ここは「現金」とはっきり訳すべきところです。海外ドラマ、とくに『Sex and the City』あたりをご覧になっていた方ですと、ファッション関係での買い物に際して、客はまず間違いなくクレジットカードを取り出します。高額な買い物に際して現金を持ち歩く習慣は、アメリカではまずありません(フランスでもないようです)。ですが、ここでのサブリナは現金を取り出します。その理由は、クレジットカードが前提とする「未来の引き落とし」という時間は、サブリナには残されていないからです。彼女が生きている間にすべて使い切るつもりで現金を持っていること、それくらい自分の時間が短いと思っているということが、カードではなく現金を取り出すという行為に凝縮されている場面です。

 今回の課題文は物語の冒頭だけですから、物語がどんな終わりを迎えるのか、せっかくなので次のページでご紹介します。結末を知りたくない方は、4ページ目にお進みください。

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