DJが話す言葉のような 音が聴こえる翻訳に

リレーエッセイ2014.03.17

「どうやって音楽関係の通訳者、翻訳者になったのですか?」そう尋ねられ、いつも答えに困るのは、私自身、通訳や翻訳の勉強をしたことも、それを目指していたわけでもないからです。きっかけはOL1年目、ラジオ局主催の英語DJコンテスト応募したことでした。昔から「好きな音楽と得意な英語に関係する仕事に就きたい」と漠然と思っていたものの、希望していた企業やNPOからは全部フラれ、音楽とは無関係の外資系半導体メーカーに就職していました。この際、音楽は諦め、英語の道一本でやっていこうと、自分の将来を託したはずだったのですが…。やはり好きなものは諦められない。というよりは、好きじゃないことはやっていても楽しくない。なんとも子供じみていて恥ずかしい限りですが、そんな〝心の声〟に背中を押され、見よう見まねでデモテープを送ったところ、準優勝。それを機に、OL生活に見切りをつけ、当時、巷でそう呼ばれ始めていた〝バイリンガルDJ〟の道を進むことになったのです。

とはいえ、通訳や翻訳同様、お喋りの勉強もしたこともなかった私が、生放送のDJになってしまったんだから! こればかりは運が良かった(というか神経が図太かった?)としか言いようがありません。生放送であれ、収録であれ、番組にはトーク原稿はあったものの、曲紹介や曲間のつなぎなどはDJに任されることがほとんど。英語はもちろん、日本語のお喋りも、たとえば「この曲のあと、1分くらいでまとめて」とディレクターから指示が出るのですが、何も言葉が出てこなかったら放送事故になってしまう。そこで私が考えたのは、自分なりのネタ帳を作ることでした。放送局には必ずあるBillboardは必要な部分だけコピーをとり、Rolling StoneやUSA Todayは定期購読をし、タワーレコードのフリーペーパーなど無料でもらえるものはなんでももらい、そこからめぼしい記事を拾い、自分なりの言葉に置き換え、英語で、日本語で、声にしてみる。そんな作業を繰り返していました。今なら、ネットで必要な情報は即時にどこからでも拾えますが、当時はどれほど手間がかかったことか。後になって思ったことですが、それが私の翻訳者の基本になったのかもしれません。

似て非なる通訳、翻訳
どちらも楽しい

その後、自分が表に立つより裏方に徹したいという思いから、来日ミュージシャンの通訳、並行して翻訳も行うようになりました。CD(最初はレコード)のライナーや歌詞の対訳から始まり、インタビューのテープ起こし、アーティスト本や専門誌の記事の翻訳、映像などの字幕、最近は英語詞の作詞を依頼されることもあります。

通訳と翻訳。似ているようでまるで異なるこの二つ。たとえば通訳はその場の雰囲気を第一に考えねばなりません。一つの言葉で立ち止まっていては、通訳者としては失格と言われてしまうでしょう。でも翻訳は違います。知らない言葉、知らない事実関係にたえず躓きながら、一つ一つの結び目を丁寧に紐解いていく、ひたすら一つの言葉にこだわる作業です。でもその結び目を解く作業は、DJ時代、必死で自分の言葉を探していたあの作業と似ていました。普段では出会えない言葉に出会えるのが、翻訳の楽しさだと思っています。そこで出会った言葉が、知らない世界へ自分を連れて行ってくれることを知りました。日常生活で、通訳の現場で、その言葉に助けられたこともありました。通訳者に向いている人は翻訳者には不向き、というのは必ずしも正しくないようにも思えます。私のように両方が好き、という人間もいるのですから。なによりも言葉は文字に記されるのと同じくらい、発せられることで命を吹き込まれるのだと感じます。

そういう意味で、翻訳をする際、私なりにこだわっていることが一つあります。それは訳したものを声に出してみること。目で追うだけの翻訳よりも、断然、いきいきとした翻訳になると私は信じています。少なくとも、音楽関係の翻訳においては。これもまたDJ時代に培われたことかもしれません。まるでDJが喋っている言葉のように、文面から言葉が伝わってきたなら、それは音が聴こえる文章になるのではないか、というささやかな願いをこめて。

★『通訳・翻訳ジャーナル』2014年春号掲載