ジミー・ペイジに憧れて英語の道へ 好きな世界で楽しいと思える仕事

リレーエッセイ2013.12.17

1992年、それまで働いていたレコード会社が売却。社員全員クビと言われて就職を探しているときに、お付き合いのあったギター専門誌の方から通訳のお仕事をいただいたのがフリーの通訳・翻訳者になるきっかけでした。

英語は特別な勉強をしたわけではありませんが、小学校のころから洋楽を聴き始め、中学1年の時に大好きだったレッド・ツェッペリンのギタリストであるジミー・ペイジの母国語を理解したいと思うようになりました。買ったばかりの英語の辞書を引きながら歌詞を訳したり、海外の雑誌のインタビューを翻訳したりしながら、学校では習わない単語や表現を覚えていきました。大学卒業後、イギリスへ1年間語学留学をしたのですが、渡英した当時は町で話しかけられていてもさっぱりわからず。イギリス人の友達ができてようやく「間違っても通じる」ということがわかり、開き直って喋っているうちに会話が上達したように思います。帰国後は、英国留学のカウンセラーを経てレコード会社に就職。海外のアーティストの通訳をしたり、電話での取材やテープ起こし、資料の翻訳などの仕事をするようになりました。

翻訳では言葉選びに
つまずくことも

翻訳で悩むのはまず一人称です。それによって印象がずいぶん変わってしまうので、最近はインターネットで本人の映像があれば、それを見て判断するようにしています。もちろん一番大事なのは、意味を変えずにいかに読みやすい日本語にするかということですが、ピッタリくる日本語が出てこなくて何時間も悩んだりします。そんなときは一旦パソコンから離れて、お風呂に入ると突然言葉が降りてくることがあります。もしくは一晩寝ると、翌朝すんなり訳文が出てくることもあります。最近は字幕のお仕事もいただくようになりましたが、字幕の場合は文字制限があるので、特にこの、「ピッタリくる日本語」というのが思いつかず、悪戦苦闘しています。

もう一つ、翻訳をするうえでとても重要だと思うのは、調べ物です。自分が知っていると思うものでも、時代背景や事実関係を必ず調べて裏を取ります。人名、地名の表記にもかなり神経を使いますし、sisterが「姉」なのか「妹」なのか、uncleが「叔父」なのか「伯父」なのか(これは調べがつかず、平仮名にする場合がほとんどです)、とにかくネットで調べまくります。

仕事が重なったり、締切が近づくと、ソファーで数時間寝て、起きてはパソコンの前に座るというような生活に。書籍の場合、でき上がった本を受け取った時は苦労が報われたと嬉しくなり、何冊も購入して、知り合いに配ったりしてしまいます。本の著者に会うことはありませんが、唯一、ビートルズのジョージ・ハリソンやエリック・クラプトンと結婚・離婚したパティ・ボイドの自伝を翻訳したのがきっかけで、イギリスで彼女に会うことができたときは感激しました。

電話でのインタビューでは、用意された質問を時間内にできる限りこなし、なおかつ相手の答えに対して突っ込みます。面白い話を引き出すべきだと思うときは、時計とにらめっこしながら話を進めていきます。相手が海外にいるので、日本時間の夜中に電話することもしばしば。電話をしても相手がつかまらず、明け方まで頑張って結局ダメだったということはよくあります。

テープ起こしは電波状態が悪かったり、ボソボソ喋る相手の場合は、何度も聞き返さなくてはならないことがありますが、固有名詞はインターネットでそれらしき単語を調べると判明します。ギター雑誌の仕事が多いので、機材の名前が聞き取れないときはその場でスペルを聞いておきます。通訳や電話インタビューは直接相手と話ができるのが楽しく、特にそれが自分の好きなミュージシャンであれば、楽しさは倍増します。

趣味を仕事にしてはいけないと言う人もいますが、私は今でも、昔ジミー・ペイジに憧れて英語が話せるようになりたいと思ったミーハーな気持ちのままです。好きなことを仕事にしていられてラッキーだと思っています。

★『通訳・翻訳ジャーナル』2014年冬号掲載★