通訳は人と人との仕事 肝心なのはコミュニケーション

リレーエッセイ2013.11.17

「○月○日の午前3時から電話インタビューをお願いしたいんですけどぉ…」。たまにこんなお仕事の依頼がある。音楽関係で海外ミュージシャンの通訳・翻訳をフリーでやらせていただいている私にとって、就業時間は1日24時間、週7日制。〝フリー〟というのは、好きな時に好きなことができるのではなく、時間を選べない仕事のこと。おかげで私は時差には滅法強い。体内時計がおかしくなっているらしく、海外に行ってもほとんど時差ボケをしないという特技を持っている。年々体力的にもきつくなって来るし、短時間で莫大な報酬を得られるわけでもないのだが、それでもこの仕事がやめられないのはやはり音楽が好きだから。

日本語の力、
音楽の知識も必要

親の仕事で本人の意志とは関係なく、海外で英語の学校に通わされた私はいわゆる帰国子女組。イギリスの大学卒業後、IT関連の会社に就職するも、子育てのために退職。最初は家にいてもできる仕事をと思い、技術翻訳を始める。その後、大学時代の唯一の日本人の友人の紹介で音楽の世界へ。初めての電話インタビュー前はものすごく緊張して、冷蔵庫から出した麦茶のボトルを落としてしまったことを憶えている。インタビューの進行も当然ぎこちなく、予定時間よりも早く終わりそうになってしまったのだが、相手のミュージシャンがとてもいい人で、「じゃあ、僕のほうから話をしてあげるよ」と言ってくれた。あの一言にとても救われた気がする。何事も、最初が肝心だ。

初めての対面インタビューのことも憶えているが、対面ではインタビュアーの方が同席するのに対して、電話の場合はほとんどの場合、質問をもらうだけで1人で対処しないといけない。単なる通訳とはまた違った、1人で判断し進行させる能力が要求される。そして大抵の場合、自分がやった電話インタビューの起こし(文章に書き起こすこと)は自分でやるので、通訳と翻訳がセットになっている。

歌詞対訳は、原文を理解しきれない方々のためにCDに記載されるが、作詞家の真意を汲み取るのが難しい場合も多々ある。そんな時は、自分の解釈でやるしかない。「解釈は人それぞれでいい」と言うミュージシャンの言葉を信じて。

音楽関係の通訳・翻訳の仕事は、特に資格が求められるようなことはないが、飛び込みで仕事をもらうのはなかなか難しく、既に業界にいる人のコネが一番の早道。昨今は海外生活経験者も多く、英語が堪能な方々が増えて来たが、通訳・翻訳を仕事にするには日本語もちゃんとできないといけないし、音楽関係の場合は音楽の知識も必要。もちろん、全てを把握するのは難しいが、自分の得意分野(70年代の音楽に強い、機材関係に強い、等々)があると有利。

しかし私がいつも感じるのは、肝心なのは言語力ではないということ。いやもちろん、英語、日本語が堪能なことは大前提なのだが、特に通訳の場合に肝心なのはその場の空気を読んで、適切に対処するということ。結局、人と人とのコミュニケーションなわけだから、それをいかに潤滑に行えるかが鍵となってくる。ミュージシャンの言葉を訳す時はミュージシャンの立場になり、インタビュアーの言葉を訳す時はインタビュアーの立場になる。意識してやっているわけではないが、それが潤滑にできた時、満足の行く仕事ができたと思える。そしてそれは、相手にも必ず伝わる。「まるで私がそのまま言っているような訳をしてもらって良かったです」とインタビュアーの方に言っていただいたり、「いやあ、君の訳し方良かったよ!」とミュージシャンに言っていただいたりすると、「私がどう訳しているのかわかっているはずがないのに」と思いながらもとても嬉しい気分になる。これこそ、通訳に言語以上の力があることの証明ではないか。

最後に、時間が不規則なこの仕事だが、何と言っても一番嬉しいのは子供の頃から好きだったミュージシャンに会えた時! この時ばかりは職権乱用で、魅惑のひとときを過ごさせていただいている。この仕事をやっていて本当に良かった!

★『通訳・翻訳ジャーナル』2013年春号掲載★