第4回 現在形で書かれた原文を訳すには

現代文学翻訳コンテスト2017.02.01

 今回は56通のご応募をいただきました。どうもありがとうございます。みなさんからは、とても完成度の高い原稿を多く送っていただきまして、選ぶ身としては嬉しい悲鳴です。

 僕も改めて課題文を読み返してみましたが、主人公が日本人ということもあり、不思議と親しみやすい設定です。その一方で、英語から日本語に翻訳するときには、どうすればいいか、ちょっと迷う箇所も多いなあ、というのが正直な感想でした。

第3回課題文を確認

“Three Scenarios in Which Hana Sasaki Grows a Tail”
by Kelly Luce

  She slides her palm beneath the tail and runs her thumb over the strands. Such softness, it’s like a baby’s rose-petal cheeks. The phone trills; her mother’s nasal singsong tells the answering machine to keep a positive outlook; women far older than thirty are marrying nowadays.
  Hana steps into the shower. It’s too early to call a doctor, and though the tail feels odd, it’s not exactly painful, and she can’t justify the expense and time of an emergency room visit. Water rolls down her back and soaks the bundle. It is thin, dark gray when wet, and the hair at the base rises out slightly from her back before wilting and following the curve of her bottom. She hesitates, then dabs shampoo into her palm and brings both hands behind her back: lather, rinse – and, why not? – condition. She lets the conditioner sit for three minutes before rinsing with cold water. Cold water closes the hair shaft and makes for a silkier finish. Perhaps later she can braid it, dress it up with ribbon. She will care for it as only she can.

翻訳のポイント

1:文章のトーンをどう設定するか

 まず、今回は語りのトーンの設定について考える必要があります。みなさんからいただいた質問にもありますように、特に問題になるのは「時制」と「視点」のふたつになるだろうと思います。

【1】現在形の語り

 まずは時制の問題から。今回の課題文は、全体が現在形で書かれています(短編全体も現在形です)。みなさんの訳文を拝見したところですと、四割くらいの方が、それを過去形に直す形で翻訳をされていました。

 訳文で現在形を選択することに対する抵抗感は、二、三年前までの僕もかなり強く持っていました。日本語では、物語は過去形で語られるのが「自然」だという不文律のようなものがあり、現在形だと文章としてこなれていないような気がして仕方がなかったからです。

 ですが、現代に英語で書かれる小説は、かなりの数が現在形を選んでいます。もちろん、1980年代あたりから、短編小説では現在形を使用する動きがちらほら見られるのですが、2010年代に入ると、短編の半分は現在形で書かれているのではないかと思うほど、その数は増えてきています。

 現在形が使用される原因については、僕はまだ不勉強でよく知らないのですが、その結果については思い当たる節があります。ひときわ重要かなと思うのは、語られる物語が「すでに起きた」のではなく、「今、目の前で起きている」という効果です。前に置かれたスクリーンで映画のストーリーが進行しているようなものだ、と言えるでしょうか。

 目の前で物語が動いている、その臨場感があれば、登場人物に対する感情移入も起きやすくなります。物語と読み手の距離を縮めるために、現在形という語りの時間が選ばれているのかもしれません。

 こうした流れのなかで、長編小説でも現在形を選ぶ作家は着実に増えてきています。僕が翻訳した小説では、アンソニー・ドーアの『すべての見えない光』(原著は2014年刊)は、全530ページのほぼすべてが現在形でした(ドーアは基本的に現在形で書く作家です)。あるいは、ジンバブエ出身の作家ノヴァイオレット・ブラワヨの『あたらしい名前』(谷崎由依訳。原著は2013年刊)も、未訳ですがイギリスの小説家デイヴィッド・ミッチェルが2015年に発表したファンタジー小説『ボーン・クロックス』(The Bone Clocks)も、長編のすべてが現在形で書かれた作品です。

 そうすると、日本語への翻訳でも現在形を選ぶべきだと思います。少し違和感を覚えるというコメントもいただいていますが、僕が『すべての見えない光』を訳したときの経験から言いますと、現在形で訳していく、というルールで進めていくうちに、違和感はだんだんなくなっていきます。

 今回の課題文くらいの短さですと、それほど目立ちませんが、長編になると気になるのが、日本語の現在形を選んだときの語尾の問題です。「言う」、「行く」、「座る」、「立つ」など、動詞のほとんどが「う」の段で終わる言語ですし、しかも、文の構造上、文末に動詞が来ることになります。そうなると、ほとんどの文が「う」段で終わるので、単調な文章になってしまうことは否めません。

 ノヴァイオレット・ブラワヨの『あたらしい名前』を翻訳された谷崎由依さんの場合、会話の文末を「~と言う。」ではなく、「~とあたし。」とする、あるいは、be動詞が使われている文章は「~だ。」とするなどして、単調さの罠から見事に抜け出しています。ほかにも、否定形であれば「~ない」が語尾になりますし、疑問文に近い形なら「~だろうか」、さらには体言止めという選択肢もあるわけですから、そうした手をうまく組み合わせれば、どうにも日本語として深みがないと言った印象は避けることができそうです。

【2】語りの視点

 全体のトーンを決めるうえで、もうひとつ重要なのが、視点をどうするか、という問題です。一見して、今回の課題文は単純な三人称の文章であるように見えます。ところが、みなさんから鋭く指摘していただいたように、最後にかけて、“– and, why not? –”と挿入されている箇所は、尻尾の手入れをする主人公の思いをそのまま代弁している表現になります。たった三単語ではありますが、はっきりと一人称的な部分だと言えます。

 この“– and, why not? –”自体の訳については、とても面白い案がたくさん出ていますから、それは後で取り上げることにしますが、まずは、このフレーズと前後の語り口調が、ある程度はスムーズにつながるような語りにしておく必要があるでしょう。となると、語り全体は、三人称を基本としながらも、やや一人称に近づける、そんなイメージになるでしょうか。訳文では、人称を少なめにした文章がうまく合いそうです。この点では、英語の文章は人称を要求しますが、日本語は人称の「出し入れ」が可能ですから、柔軟な作業が可能だということになります。

 それと、“Hana Sasaki”という主人公の名前に漢字をあてるべきかどうかも、迷うところですね。「花」「華」「ハナ」「はな」などの選択肢がありますが、僕の案は「ハナ」です。日本人の話ではありますが、あくまで英語作家が書いているという、文化的な距離感を、この場合は保っておく必要があるかな、という気がするからです。あまりに日本的にしすぎると、日本の話をアメリカ人作家が書いて、それが日本語に翻訳されている、という「回り道」の面白さが減ってしまうかもしれませんから、少しばかりの不思議さは残しておくべきかと思います。とはいえ、尻尾が生える時点でかなり不思議な話ではありますが…。

2:電話をめぐって

 では、具体的に文章を見ていくことにしたいと思います。

 最初の段落からして、翻訳しがいのある表現には事欠きません。尻尾の「ふわふわ」した感じを、赤ちゃんのほっぺに喩えるところも面白いのですが、みなさんの訳が大きく分かれたのは、主人公の母親から電話がかかってくる箇所です。

 まず、この電話は固定電話だと思われます。①かかってきた電話にハナが出ず、②そのまま留守番電話に接続され、③母親が残すメッセージが受信機から流れてくる、という流れでないと、この場面は成立しません。一昔前の映画やドラマではよく、うまくいかなくなった恋人同士のストーリーで、留守電に「聞いてる?」と語りかける場面なんかがよく使われていました。一方、携帯電話だと③がないケースが多くなってしまいます。

 あとは、電話の音を“trills”という動詞で表現していますが、これは「トゥリル」という動詞の発音自体が一種の擬音語になっていることをうまく活用しています(もともとは鳥や虫の鳴く声を表す時に使う言葉です)。それを尊重するなら、「プルルと鳴る」など、音の要素を日本語でも足してあげていい場面かと思います。あまりやりすぎると、ちょっとうるさい字面になってしまいますが、今回は全体にユーモラスな雰囲気が漂っていますから、擬音語が多少入っていても大丈夫そうです。

 さて、肝心の母親の伝言は、どう翻訳すればいいでしょうか。伝言の内容は、 ①“keep a positive outlook”と、②“women far older than thirty are marrying nowadays”という二つになります。特に①については、みなさんからの訳はかなり多様でした。「前向きな態度を保つよう」、「前向きに考えるのよ」、「気を落とさないで」、「将来を悲観しないように」、「あきらめちゃだめよ」などです。

 この①と②の部分について、まず決めなければならないのは、地の文として訳すか、あるいは会話文のように訳すのか、ということです。英語の原文はあくまで、三人称の語りの一部として続いている箇所ですから、地の文として訳すことが自然に思えますが、語り全体を少し一人称に近づけるという判断をしている場合は、ハナが母親の言葉をその場で聞いているという雰囲気を出すために、話し言葉にして、ただし鉤括弧は使わずに翻訳するほうが、トーンを崩すことなく文章を作ることができます。

 今回は、「語り全体は、三人称を基本としながらも、やや一人称に近づける」というのが僕の提案でしたので、それに沿って考えると、①“keep a positive outlook”は、「あきらめちゃだめよ」、②“women far older than thirty are marrying nowadays”は、「いまどき、三十をとっくに過ぎた女の人だって、どんどん結婚しているんだから」などになるでしょうか。

 間接話法になっている箇所をどう訳すべきかについては、一律に正解が決まっているわけではありません。少し突き放したトーンにすべきか、やや親しみを込めたトーンにすべきか、英語の原文の雰囲気にも左右されますから、そのつど決めていくしかない、というのが(少なくとも僕の)実情です。トーンを変えていくつか訳を書いてみて、これがぴったりくるという言葉にたどり着く、それも僕にとっては翻訳という作業の楽しみのひとつです。

3:日本とアメリカの文化の違い

 段落が変わり、シャワーを浴びるシーンになります。

 “Hana steps into the shower.”という、ごくシンプルな文ですが、「この部分のうまい訳し方がわかりません」という質問をいただいています。僕も同感です。思い切り直訳すれば「彼女はシャワーに足を踏み入れる」なのですが、それだとちょっと意味がわかりません。足を踏み入れる先は、文脈上は「お風呂の洗い場」となります。ただ、「洗い場」にしてしまうと、湯船に入るのかシャワーを浴びるだけか、曖昧になってしまいますから、「シャワー」という単語は残しておきたい。でも、海外と違って日本には「シャワールーム」、つまりはシャワー専用のスペースはあまり馴染みがない…。日米で文化が違えば、水回りの語彙も食い違っているので、なかなか難しいところです。

 この箇所は、みなさんの訳でも、「シャワーを浴びようと浴室に入る」、「シャワーを浴びる」、「シャワーの栓をひねった」、「シャワーを浴びにいく」など、一工夫した案が寄せられています。僕は、「シャワーを浴びることにする」にしてみました。

 続いて、“she can’t justify the expense and time of an emergency room visit”の箇所は、日本語表現としての工夫のしどころです。「~を正当化できない」と直訳するとかなり硬くなってしまいますから、それをちょっと柔らかめに解きほぐすとすると、どんな表現があり得るでしょうか。

 みなさんの訳文では、「~してもらうまでもない」、「~ももったいない」、「割に合うとは思えない」、「~するのもどうかと思う」など、さまざまな形があって、そうか、そういう表現の型も使えるな、と僕も勉強になりました。僕から一案を出すとすれば、「時間とお金をかけて救急外来に行くほどのことにも思えない」です。

 ここで“emergency room”とあるのは、略せば“ER”、アメリカで人気ドラマにもなった緊急治療室のことです。とはいえ、今回のハナは日本で暮らす女性ですから、もうひと回り日本なじみのある「救急外来」にしてみました。

4:– and, why not? –

 こうしてシャワーを浴び始めるハナ、いよいよ問題の“– and, why not? –”の場面がやってきます。

 尻尾とはいえ、自分の毛なわけですから、髪の毛と同じく、まずはシャンプーをして、それからコンディショナーもする、という展開です。僕はこの部分が物語のハイライトだと思っていますし、みなさんからも、この場面が面白かったというコメントをいくつかいただいて嬉しかったです。

 とはいえ、“– and, why not? –”をいざ翻訳するとなると、浮かんでは消える案の数々、という感じになるでしょうか。以下、みなさんの訳からいくつかピックアップさせてもらいます。

 ここまでいろいろと出していただけるとは、僕も予想していませんでした。

 原文でまず確認しておきたいのは、ダッシュ記号(―)が使用されていることです。挿入句として、情報を付け足しておきたいときにごく一般的に使われる記号ではありますが、今回のような形で登場するときには、文章のなかで「間」を作り出すという役割も果たします。ずっと言葉が連ねられてきたところに、横線が入ってくることで、ちょっとだけ文章の流れに隙間が生じているわけです。その隙間で、①三人称から一人称に移行してハナの心境をよりビビッドに語ることができる、②少しハナが考えてからコンディショナーに手を伸ばすという時間的な間を表現する、という工夫です。

 日本語の訳文が、やや一人称の気配も混ざった訳文である場合は、①の側面はそれほど意識しなくてもいいのかもしれません。ただし、②の間合いは残しておくべき箇所になります。

 とすると、やはりダッシュ記号を使うか、それ以外の方法で間を作るか、という点をまずは決めることになります。僕はかつて、気軽にダッシュ記号を使っていたのですが、最近はやや控えめにしようかと考えていることもあり、今回、「……」で時間的な間を作ってみるという方向にしてみました。というのも、同じ記号でも、英語と日本語では伝わるものが違う、ということに、遅ればせながら気がつき、ダッシュで伝わるだろうと勝手に思い込んでいたニュアンスを、きちんと言語化するのも大事かなと思うようになったからです。

というのが僕の案なのですが、うまくいっているでしょうか。

5:エンディング

 最後の一文をどう訳すかについても、同じくさまざまな案が出ています。まず、ここでの助動詞“will”は、主語であるハナの意志を表すものですから、「~だろう」ではなく「~のつもりだ」という意味になります。あとは“as”の使い方ですが、ここは「~のように」というオーソドックスな意味を踏まえて、「彼女だけができるように」あるいは「彼女だけができる方法で」というあたりが基本線になります。いくつかみなさんの応募文からピックアップすると、こんな訳を出してもらっています。

 「自分」というのはいいアイディアだな、と僕も思います。「私」と「彼女」の中間くらいの使い方ができますから、今回のように、三人称から一人称にうまくつながるように訳文を作りたい場合には、うまくはまってくれそうです。

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