第14回 家政婦ならぬ「ガイドは見た!」外国人セレブの陰と陽

通訳ガイド行脚2008.08.16

自分で喫茶店に出向くことのないリッチな階級の人々の存在
市原悦子さん主演のTVドラマ「家政婦は見た」がとうとう最終回となったそうです。あの長寿シリーズの人気の秘密は、一般庶民が憧れを抱くような、日常からはちょっと縁遠い別世界のリッチ社会を覗き込み、そこに生きる人々の裏表を垣間見ることができるような気がするからだと言われています。実は通訳ガイドの業務は、毎回が「通訳ガイドは見た」シリーズ(?)に近い瞬間にあふれています。

若いガイドの頃、北欧の大手銀行のpresidentである男性お一人をハイヤーで観光にお連れする機会がありました。物静かな熟年紳士は何をご説明しても穏やかにうなづかれ、時にはわずかに首をかしげて質問をされたりして、その様子はいかにもすべてを知り尽くしたトップ・ビジネス・パーソンという威厳がありました。時間が経つにつれて雰囲気も打ち解け日常的な話題になってきたとき、ふと「あなたの国の喫茶店ではコーヒー一杯いくらですか?」と私は尋ねてみました。すると彼は困ったようなそぶりをみせて答えないのです。「え?知らないのですか?」「…知らないんだよ」絶句した私。「なぜ?」コーヒー代を知らないなんてあり得ない! 私には理解できない事態でした。しかし彼は「僕は街のコーヒー店に出向くようなことはないんだよ」と。

ああ、そうなのだったのか! 彼は普段は全く住む世界が違う人なんだと察しました。ガイドでなければお会いすることもないような方とご一緒するチャンスに恵まれたのですが、彼の生活ぶりを感じ取った瞬間でした。

アッと驚く光景に遭遇しても、守秘義務を守れる
良識がガイドには必要

東京から鎌倉への帰り道、どうしても横浜の外国人墓地に立ち寄りたいとおっしゃるイギリス人のお客様がいました。雪が降り出す寒さの中、時間もギリギリでできればパスしたいところだったのですが、何とか彼の目指す墓石の前に辿り着きました。聞けば戦時中彼の父親が横浜で苦労を重ね、母国イギリスの家族に再開することもなくここに葬られているのだそうです。いつの日か日本を訪れて墓参りをしたいと願っていた息子も今は初老の紳士。同行のグループメンバー達も「良かった、良かった」と彼の肩を叩いているのでした。その光景を見たガイドの胸にもジーンと熱い物がこみあげ、うっすらと滲む涙もありました。「ガイドは見た」の感動の一瞬です。

家族旅行で来日中の父親と8歳の息子、5歳の娘、そしておばあちゃんの4名を鎌倉にお連れすることになっていたガイドは、ホテルの部屋に迎えに行って唖然としました。前の晩から泥酔して悪態つき放題の父親の周りで、皆が手を焼いているのです。部屋の中は嵐が通り過ぎて荒れたかのように家具が壊れる寸前で物が散在。ガイドはまず父親の介護をしてホテルのフロントと連絡をとり、緊急に備えてもらいました。離婚したての父親は飲み屋の女性をホテルに連れ込んだらしく、息子は暴言を吐きます。5歳の妹はじっと固まって小さくなっています。おばあちゃんも父親の介護をしながら泣き始めました。

とりあえず父親が落ち着くまで、別の部屋でガイドは折り紙を教えたりDVDを見せたりして子供の相手をしました。夕方になって我をとりもどした父親が子供たちを引き取り、ガイドは一言も観光ガイドをすることなく複雑な気分でその日の業務を終えました。すべて依頼者の旅行会社と連絡を密にとりつつ運んだ業務でしたが、自分で環境を変えることのできない幼い子供たちは同情に値しました。ガイドの存在がどれほどその日の家族にとって救いの存在だったことでしょう。この日「ガイドが見た」瞬間は、ひとつ間違えば大事になる危険性もある厳しい人生の一ページでした。

超大国の大統領の弟夫人は意外にも信心深い方で、東京観光でまず浅草寺に(観光ではなく)参拝にゆきたいということでした。まだ人通りもすくな少ない仲見世には興味を示さず一目散に香炉に向かい、腕にいっぱいのお線香を買い込んで供え、真剣に祈りこんだのでした。激務の夫、トラブル続きの家族のために。パフォーマンスではない彼女の真の気持ちが直に伝わってきて、背筋の伸びる思いがしたものです。

素敵な有名女優さんが、舞台裏では大変わがままで頑固で周囲の者が手を焼かせられたり、大物アーティストなのに謙虚で腰が低く、周囲の人々がみな感激させられたり。人のお世話をする仕事は、常にお客様の個人情報に接し、アッっと言うような光景に遭遇しても秘密や言動の機密を守りながら職務を全うしなければなりません。

安心して対応をまかせられる通訳ガイドさんとは、その人間性も感性も豊かで人柄や良識が信頼おける人でないと務まりませんね。「ガイドは見た」シリーズは永遠に続きます。