第15回 楽しいパフォーマンスの裏に潜む膨大な準備の時間

通訳ガイド行脚2008.09.16

本で得られる情報には限りが・・・
現地にこそガイディングを面白くするネタが

外国人客に観光のガイドをしようと外国語を練習し、いざガイドをしようと思って気がつくのは、日本の文化についての自分の知識の脆弱さ。自分の国のことはだいたいわかっているつもりでも、いざ系統だてて喋ろうとすると曖昧だということに気づくのです。このとき、これから進む長い研鑽の道のりのスタートに立つことになるのです。

さあどうする?

本屋に行って買い込んだ一般的な観光ガイドブックを読むと、一通りの情報や地図、建物の配置図などは頭に入れることができますが、これらの本には表面的な事象説明が端的に書いてあるだけ。それではガイドは1分で終わってしまい、外国人は納得してくれないでしょう。外国人のライターが書いたガイドブックや冊子には、彼らの視点で興味のあるポイントが記載されているので大変参考になることがあります。インターネットや洋書を扱う大型書店、あるいは外国人客が多いホテル内の書店などで見かけることもありますよ。

時間を費やして読んだ本も現場で使える情報はそのうちほんの数ページ分だったり、数行だったりして、準備にはとても時間がかかります。生きた情報としてもっとも効果的なのは下見にでかけ、現地ならではのパンフレットやネタ本を仕入れ、そこに生活する人々の生きた本音トークや専門家の話を聞くことです。気持ちが入りこみ、ガイドにも説得力が加わります。私は初めて訪問する土地の市役所や役場にある商工課(観光課・広報課など)に電話をかけ、職員の方から地元としては何をアピールしてほしいのかを取材形式で尋ねていた時もありました。

観光バスガイドの虎の巻はお宝情報がいっぱい
でも、外国人には使えないことも

馴染みのない地方での長距離移動中は、一体どんな景色が見えてきて、それに合わせてどんなガイディングができるのかが気になるものです。

「そうだ日本人の観光バスのガイドさんたちは何をガイドしているのだろう?」

そう思ってガイド原稿を入手しようとしたことがありました。観光バス会社が自社のガイドさん用に支給するオリジナル原稿は企業秘密として入手困難ですが、観光地近くのサービスエリアや土産店のバス乗務員休憩室などに地域別の業務用ガイド原稿が販売されているのを見つけて「これだ、これだ!」と、ホクホクとしたことがありました。新人のバスガイドさんでもそのまま丸暗記すれば良いように歌う民謡の歌詞まで書いてあり、国道別に「(…スバルラインを入って3.5kmの西側)『道路右手には富士スバルランド森林公園がございます~』」などと説明のタイミングまで懇切丁寧な記載に感心。その場にちなんだ民話や言い伝えなど興味深い話題が満載でした。

けれども外国人に対しては決してその単純翻訳では使えないことがわかります。たとえば某景勝地での観光船内での日本語アナウンス原稿を見ると、

「右手をご覧くださいませ。松の生え方が、花魁のかんざしに似ているところから、別名花魁島(おいらんじま)とも呼ばれております…」

ところが外国人には、「花魁って何?」というところから紹介しないと意味は伝わりません。“courtesan”だけでは単に高級売春婦となってしまうのですが、この機会に江戸文化に触れたくなってしまいます。花魁とは地位と経済力さえあれば誰でもが相手にできるのではなく、美と芸妓・教養を備え、客と対等あるいは客より上位にたって客を選ぶ権利を持っていた一種の著名人……そういう文化的な背景説明を外人は喜んでくれるのです。日本語ならば一言で済むことが、外国語ではその何倍も補足説明が必要になります。そうしているうちに景色はどんどん次に進んでいくので、時間のかけ方の調整にガイドは四苦八苦するのです。

日本語アナウンスでは、「右手{左手}をご覧ください」…の同じ言葉が何度も繰り返されます。Please look at your right hand side. とか To your right is ….とか、Coming on your left is …. ~~will come on your right.など変化球で対処しましょう。「右手遠方」などは曖昧な印象なので、周囲を時計に見立てて「ほら、2時の方向に鹿がいますよ」などの表現法を取るのもコツです。あらかじめお客様には「時計の針の位置で示しますよ」と伝えておくこと。突然現れる動物がいる国立公園や自然景観を楽しむ場所、そして都会での案内にも重宝しています。