第25回 架空の動物「龍」に潜む世界東西幸運のエピソード

通訳ガイド行脚2009.07.16

日本では水の神様、中国では富と権力の象徴
亜熱帯化したのだろうかと錯覚しそうな日本の気候。今年は局地的集中豪雨が全国的に多発し心配が絶えませんね。国連大学によれば現在、洪水によって世界中で年間5億2,000万人が影響を受けていると見積もられているそうです。適度な降雨は必要ですが、町村を飲み込むような濁流や河川の氾濫、マンホールの蓋が持ち上がって都心の道路さえ流れる川の如くにさせてしまう自然の力はあらためて恐ろしいと感じる昨今です。

そんな雨・水の凄まじい勢いの姿は日光の滝の名に(龍頭滝)に表わされるように、まさに龍のようであるともいえ、昔から龍を水の神様として祭った気持ちが理解できるような気がします。○○龍神として龍を祀ったり、龍の姿が描かれた襖絵や屏風絵、彫刻などは全国各地の寺社で頻繁に見うけられるので人々と密着した御馴染の存在なのですが、龍(dragon)はもともと実在しない空想上の動物。その魔力と威力の凄さから中国では皇帝の権威や富貴の象徴でもあったそうです。つまり、庶民が勝手に使ってはいけない高貴な姿形だったのです。長崎の龍踊りでお馴染の龍は中国伝来の龍のイメージですが、その体は蛇を思わせる長いものです。

空想上の動物を描くのですから正式なモデルがあるわけではありません。でもそこには、一定のルールがありました。「長い体をおおう鱗は魚のように、長い髭は鯉のごとく、また手足の鋭い爪先は鷹のように、そして角は鹿のように描くという決まりを守れば龍になるのです・・・」と、京都で出会った修学旅行の観光ガイドさんは楽しそうに解説していました(うん、これは外国人にも使えるネタだとホクホク)。

西洋と日本で共通する「龍」の守護神伝説
龍とは、決して中国や朝鮮半島、そして日本だけに広まったのではなく、歴史的にみると中国と同じような時期に西欧でも普及しており、それは何ともおもしろい事実です。西欧の龍は鳥と蛇とのミックスされたような空想動物で、大きな翼が目立ってトカゲ系に仕上がっています。たとえば武力の威力を誇示するためにローマ軍隊では旗印に使われていました。決して悪い意味合いではありません。ローマ軍がゲルマン民族と接触をもってからは翼の生えた蛇の姿が浸透定着していったようです。しかし聖書にはSt.George(聖ジョージ)が馬上から槍で悪霊の手先たる龍(むろん別の呼び方であったと思われますが)を退治する図などがあり、その結果、龍は守護神となったのだそうです。北欧ヴァイキング軍船の舟の舳先に龍が飾られたものが多いのも、その表れといえましょう。

この話を聞くと、日本にも似たような龍伝説が存在することに気がつきました。それは、興味深いものです。たとえば箱根芦ノ湖の言い伝えによれば、昔、その湖には9つの頭をもった獰猛な龍が住み、村の子供たちを食い荒らして恐れられていました。それを徳の高い万巻上人が退治し、湖底に沈んだ木にくくりつけてしまったといいます。それを期に龍は心を改め、以来、土地の人々や万巻上人の建立した箱根神社を守る守護神“九頭龍”となったのです。箱根神社のちょっと先に、九頭神社が控えめにその佇まいを見せているのにも目がとまります。

龍は今では風水の幸運を招くインテリア絵柄としても人気があり、玄関に飾ると外からの良い気を招くそうです。京都の平安神宮でも東側を守る蒼竜の塔(blue dragon tower)があるように、龍は東方位の気を高める守り神なのですね。

水害被害もある日本社会の実情を伝えつつ、世界温暖化への警鐘を暗に伝え、世界文化比較と日本伝統文化の紹介の話題につなげる重宝な手法として、案外「龍」は偉大なる存在なのかもしれません。そう言えば、お正月の凧揚げにも欠かせない文字ですね。