第2回 原文の語順をどこまで尊重するか

現代文学翻訳コンテスト2016.12.01

いただいた質問について

 今回はいくつか質問もいただいているので、せっかくですから、ポイント解説ではカバーしきれなかったものをご紹介して、回答を試みたいと思います。

 これはご指摘の通りです。実際に、英語の小説では“he said”なり“she said”なり、かなり多いです。一つには、会話文での性別の違いが、日本語では語尾を中心として文字に現れます(「~だよ」か「~よ」というように)が、英語では文字に違いとしては現れませんから、会話文のセリフが誰の発話なのか示す必要が生じてくるのだと思います。

 ですので、日本語に訳す際は、カットしても構わないケースが多く出てきます。一つの発言の途中で“he said”が挟まれているときも、それをカットして前後のセリフをよどみなくつないでもOKなことは多々あります。その場合は、「彼/彼女は言った」というフレーズは文頭や文末に移すことも可能です。ただし、今回の“I need only to find my Yankee card.” He paused. “Now.”という一言になると、実際にいったん間をおいているので、ここは律儀に翻訳する必要があると思います。

  “He was full of anguish.”の箇所のことかと拝察いたします。僕もここは語り手の動揺した心理が猫に投影されていると思うので、「~のようだった」という訳し方でいいんじゃないかと考えています。

 どうしても意味が確定できない箇所や、原文の間違いではないか(人名がおかしいなど)と思われる箇所があれば、作者に問い合わせるということはします。とはいえ、それは一冊の本で二、三箇所程度でしょうか。どちらかと言えば、作者に会って話をするときには、創作への姿勢や文体について聞かせてもらうことのほうが多いですし、それがかえっていい助けになることがよくあります。

 文芸翻訳では「解釈の余地をなるだけ広く残しておく」ということが大事だ、と僕は以前に聞いたことがあって、なるだけその努力をしています。今回であれば、家族がどういった心理状態にあるか、猫は何を意味しているのか、そのあたりを推測しつつも、訳文が一方的な結論を下すことのないようにしたいのですが……なかなか難しいですね。

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