第44回 地元地域の魅力再発見!~日本橋の素顔~

通訳ガイド行脚2011.06.16

ビジネス街に隠れた江戸の歴史
地元の街の魅力再発見ツアーは、今流行の観光スタイルのひとつです。
外国人客にも是非紹介したい日本の素顔のひとつです。

たとえば東京の中心では日本橋地域がホットな情報満載の地です。普段は皇居や銀座と浅草や上野方面への通り道として
”This is the Nihon-bashi Bridge, the starting point of all the major highways to various areas, and represented the center of Japan in Edo period.”
「これが日本橋、全国へ向けて走る街道の出発点だった江戸時代の重要な橋、当時の日本の中心地の象徴ですよ」と言う間もなく、それこそアッと言う間に通り過ぎてしまうエリアです。現在では橋の真上を首都高速道路が走っているので閉塞間もあり、いまひとつ魅力に欠けるようですが、100年かけて日本橋に青空を取り戻し、美しく活気ある街を再現しようというルネサンス計画も地元で活動が始まっています。
(う~ん、結果は子孫に報告してもらうかな?笑)

今はクールなビジネス街でも、江戸時代にはここで子供が泳いで遊び、魚河岸があり、魚が水揚げされ、鰹節shredded dried bonitoの老舗もあるのですね。海草や衣類や木材、薬草などあらゆる産物が集まり、まずは江戸城に献上された商業の中心地でした。全国から職人や商人が集まってきた訳ですが、浮世絵の版元のお話によれば、特に徳川家康と一緒に江戸入りした愛知県三河の人々が日本橋界隈には多く居住したそうです。(ちなみに有名な「お江戸日本橋七つ立ち~♪」の歌ですが、明け方4時頃に行列揃えて発つのは「大名行列」じゃなく、地方出身者が国に里帰りする様子を歌ったもの)

三越デパートは見所満載のガイドスポット
そして、日本橋地域の顔はなんといっても三越デパート。日本初の百貨店として成功の商法ストーリー、そして建物視点の2点がガイドポイントです。

三越はもとは越後屋という高級呉服屋でしたが、江戸時代は大名・武家・商家などの得意先に注文商品を届けたり、あるいは商品を持参して販売する販売法が中心でした。支払いは、盆・暮の年2回、あるいは1回が一般的。となると金利も人件費も高くつき、顧客によって価格が変わるという不透明な商売の仕方が常でした。それを、現金による店頭売りシステムにして、誰でも同じ価格で安く商品が購入できる、また一反丸々ではなく端切れ売りも可能にした公平感を打ち出したのが画期的で、庶民一般にも好まれていった商売成功のもとでした。(店先売りと現銀掛値なし)

しかし、明治時代になると洋装が流行り呉服は低迷。商品の拡張を図り目をつけたのがイギリス、ロンドンの王室御用達のHarrodsでした。
(銀座)三越が日本初の百貨店としたルネッサンス式鉄筋5階建ての建物は、当時は国会議事堂、丸ビルにつづく大建築物で、現在は東京都選定歴史的建造物となっています。事業の指揮をとった日比翁助支配人は、もともと息子にも雷音(ライオン)と名づけるほどのライオン好き。そこでロンドンのトラファルガー広場で見たライオン像にいたく感激し、1/4サイズの像を発注、船便で日本に送らせて現在の三越デパートの玄関前に置いたのが1914年のことでした。以来、ライオンは三越のシンボルです。
(A pair of bronze lion statues were installed in front of the main building in 1914. They were reproduced from the ones at the Trafalgar Square in London and have been a landmark. “I’ll see you at the lions!”is a popular phrase for people to meet acquaintances.)
…と、ここまではよく知られた説明ですが、ライオンに関しては、
●通路側の前足が光っているのは、人々が祈願の気持ちでライオン・タッチをするため。1986年イギリスのチャールス皇太子も、この地を訪れたときには「70年も待っていてくれてありがとう」と前足を撫でてゆかれたそうです。
●深夜、誰も見ていない時にライオン像にまたがると、願いが叶うという言い伝えが広がり、受験シーズンに訪れる学生さんが多数いるそうです。
こんなエピソードを付け加えると親近感が涌きますね。

店内には他にも見所が一杯。ふんだんに使われた大理石にはアンモナイトなど恐竜時代の化石がたくさん含まれて学術的な価値もあるし、1930年に輸入されたパイプオルガンや、宝石を冠部分に散りばめた豪華絢爛な天女(まごころ)像も博物館のように圧巻だし、さらに2011年の震災時には1500名もの避難者が留まったというほど建物の安全性も再認識されたようです。

他にもまだ見所一杯の日本橋ですが、皆さんの居住地区にも再発見したいお宝地域がきっとあるのではないでしょうか。