第4回 外国製品の描写は慎重に

応募訳文 その1

【1】
「今日……これから……いただくのは……スパゲッティ、もう、スパゲッティよ! 試しに一口ね。それ以上はいいわ、もしお口に合わなかったら!」母はファニーおばさんの「良い」耳に向かって叫んでいる。全くもって、耳に良いも悪いもあると思っているなんて不思議でならない。その婆さんに何を言っても聞こえないことは、みんな知っているのに。
 ファニーも母もこれまでにスパゲッティを食べたことはない。考えてみれば僕もだ。父はコンロの前でお湯が沸くのを待っている。ソースはすでに温まっている。実に30分も前に缶詰から出されたものだ。時おりポコポコ言わせながら、コンロの冷たい板の上で静かに待っている。
 お湯がついに沸いて、まるで長くて大きな花火みたいなパスタの束を父が青い画用紙から振り出し、そして沸き立つお湯の中へ突き立てる。

【2】
 「これから・・・みんなで・・・スパゲティをたべますよ、いいえ、ス・パ・ゲ・ティ・・・ひとくちためしてみましょう? お・く・ち・に・あ・わ・な・かっ・た・ら、むりしなくていいんですから」。マム(母)はファニーおばちゃんの「いい方」の耳へこんなふうに叫んでる。おばちゃんの耳にいい方とわるい方とがあるなんて、マムは一体どこからそんな考えを持つに至ったのか、謎だ。ファニー婆(ばば)さまのお耳が両方ともてんで聞こえていないってことは、誰もが知ってるのに。
 ファニーおばちゃんもマムも、スパゲティを食べるのは初めて。考えてみれば、ぼくだってそうだ。ダッド(父)はアーガ・クッカーに掛けた水が煮立つのを今かと待っている。ソースはもう温まっているんだ。優に30分は前に缶から空け注いだので、アーガ・クッカーの弱火プレートに座す器からは、もはや、ぷくっ、ぷくっと頃合いを知らす音が聞こえて来るばかり。
 お湯がとうとう煮立った。わが父は青い厚紙製のパッケージを振る。と、その中から、撚り糸がほぐれるようにパスタが顔を出し、あまねき世界を希求する、大輪の花火のように伸び広がる。父はそれを、ふつふつと滾(たぎ)る湯の中へ立たせるのだった。

【3】
「今日の……食事は……スパゲッティ、これじゃダメか、スゥパゲェッテイィよ……ちょっと食べてみるだけよ。嫌なら食べる必要はないわ」母さんがおばのファニーの「よく聞こえる」耳にがなり立てている。まったく、なぜよく聞こえる耳と聞こえない耳があるって母さんが考えるのか謎だ。ばあさんの耳は両方ともまるで聞こえないってみんな知っている。
ファニーも母さんもそれまでスパゲッティを食べたことがなく、思えば僕も食べたことがなかった。父さんはアガの上のお湯が沸騰するのを待っている。ソースはすでに温められており、少なくとも30分前にブリキ鍋から移されて、アガの冷たい皿の上でただ時おりプツプツと音を立てている。
ついにお湯が沸騰し、父さんは大きくて細長い花火そっくりの青い色画用紙からパスタを振り出して、煮立っているお湯のなかに入れた。

【4】
「いまから・・・何をたべると思う?・・・スパゲティ、ううん、ス パ ゲ ティ・・・少しだけでいいから食べてみて。おいしくなかったら、たべなくてもいいから」ファニーおばさんは耳が聞こえないわけじゃないのに、ママがそのおばさんの耳元でさけんでいる。どうしてママはおいしいものとまずいものがあるって考えるんだろう。ぼくにはちっとも理解できない。おいしいとかまずいとかいったって、あのやかましい中年女が聞く耳をもたないってことぐらいみんなわかってるのさ。
 ファニーおばさんもママもスバゲティを食べたことがなかったし、考えてみえれば、ぼくもたべたことがなかった。パパはアーガオーブンの前に立ち、お湯が沸くのを待っている。ソースはすでに温かい。30分も前に缶から移され、アーガの涼しげな色のプレートにいすわって、ときどきフツフツと音をたてている。
 ついにお湯が沸騰し、どうみても大きな長い花火がはいっているとしか思えない青いしっかりした袋から父がパスタを取り出し、沸騰しているお湯の中にパスタを立たせた。

【5】
「ス、パ、ゲッ、ティ、を、食、べ、ま、す。じゃなくて、スパゲッティ(傍点)よ。少し味見して。嫌いだったら(傍点)食べなくてもいいから」母さんはファニーおばちゃんの「いい」耳に向かって叫んでいた。いったい何だっていい耳と悪い耳があると思うのか謎だ。その婆さんの両耳が郵便ポストといっしょでまったく聞こえてないってことはみんな知っているのに。
ファニーも母さんも今までスパゲッティを食べたことがなかった。考えてみたら僕もない。父さんはアーガ(オーブンのブランド)でお湯が沸くのを待っていた。ソースはすでに温まっている。少なくとも三十分前には缶から鍋に移されていて、アーガのしゃれたプレートの上に置かれ、たまに、ただグツグツと音をたてている。
お湯がやっと沸くと、父さんはどうみてもすごく長い打ち上げ花火みたいなパスタの束を青い包み紙から振って出し、ボコボコと沸騰したお湯に立てた。

【6】
「これから……食べるのは……スパゲティ、違うの、スパゲティ……、ちょっと試してみて。いいのよ、食べなくても、口に合わなかったら
 ママはファニーおばちゃんの「よく聞こえる」耳に向かって怒鳴っている。いい耳かそうでないかを、ママが一体なにを根拠に考えているのか、よく分からない。歳を取ったら、どっちみち耳が遠くなるのは常識なんだけど。
 おばちゃんもママも、これまでスパゲティを食べたことがなくて、考えてみたら、僕も初めてだった。パパはAGA調理器でお湯が沸くのを待っている。ソースはもう温かいけど、三十分以上前には缶から注がれていて、調理器の冷めたプレートの上に乗せられたまま、たまに音をポコポコ立てるだけ。
 ついにお湯が沸いたら、パパはパスタを、大きくて長い花火によく似た青い画用紙の袋から振り出して、泡立つお湯の中でまっすぐに立てた。

【7】
「スパゲッティ・を・食べる・わ・よ。違う、ス・パ・ゲッ・ティ。いいから食べてみて。嫌いなら食べなくてもいいわ。」ママはファニー叔母さんの「聞こえる耳」に大声を上げた。どうして片方が「聞こえる耳」だとママが思っているのか不思議だ。叔母さんは両耳とも全く聞こえていないというのはみんな知っているのに。

ファニー叔母さんもママもスパゲッティは初めてであった。考えてみれば私も初めてだ。パパはストーブでお湯が沸くのを待っている。ソースはもう温まっていた。30分前には缶から開けられてトーブの上で時折ぐつぐつとした。

やっとお湯が沸いたのでパパはパスタの束を青い包装紙から振って湧いたお湯の上に立てて入れた。その姿はまるで大きく長い花火みたいであった。

【8】
 「さぁ、スパゲッティを食べましょう。ええ、“スパゲッティ”よ。ちょっと試してみて。嫌なら食べなくていいわよ!」ママはファニーおばさんの”良いほう”の耳に向かって叫んだ。なぜママが、おばさんに良いほうと悪いほうの耳があると思っているのかまったく謎だ。みんな老女ファニーの耳は両方とも全く聞こえていないことは知っていた。
 ファニーおばさんもママも今までスパゲッティを食べたことがなかった。そういえば僕も。パパはコンロでお湯が沸くのを待っていた。すでに温まったソースは30分も前には缶から出されてコンロの上の冷えた鍋におさまっていた。そして時々グツグツと音を立てていた。
 とうとうお湯が沸いたとき、パパは青色の包み紙からパスタの束を振り出した。それは本当に壮大な長い花火のようで、パパは束を沸騰するお湯の中に入れた。

【9】
「こ、れ、か、ら、スパゲティ、違う、違う、ス、パ、ゲ、ティ、を、食べ、ますよ。一口だけでもいいから食べてみて。い、や、だっ、た、ら、残していいからね」母さんはファニーおばさんの「良い方」の耳に向かって叫んでいる。どうして母さんは良い方と悪い方の耳があると思っているのか、まったくの謎である。ばあさんが両耳ともいっさい聞こえないのは、みんなが知っていることなのに。
 ファニーおばさんも母さんもスパゲティを食べたことはない。考えてみれば、僕もそうだ。父さんはガスコンロでお湯が沸くのを待っている。パスタソースはとっくに温まっている。缶から移されてすでに三十分は経っていて、火の消えたガス台に置かれ、ときたまポコッ、ポコッという音を立てている。
 ようやくお湯が沸くと、父さんは、大きく広がって長く続く打ち上げ花火にそっくりな青色の包み紙からパスタの束を取り出して握り、沸騰したお湯のなかに突き立てた。

【10】
黒こげのトースト ~お腹を空かせた少年の話~

 「今から…スパゲッティを…あ、ス・パ・ゲッ・ティ…を…ちょっと…食べて…みるわよ。もし好・き・じゃ・な・け・れ・ば、無理に食べなくて良いからね。」ママはケツ叔母さんの良い方の耳に向かって叫ぶ。何でママが良い耳と悪い耳があると思っているのか、全くもって謎だ。このクソババァの耳が全く聞こえないなんて、周知の事実なのに。
 それまでババァもママもスパゲッティを食べたことが無く、考えてみれば僕も無かった。パパはアーガ(英国のレンジ・オーブン)でお湯が沸くのを待っている。ソースは既に温められていて、三十分前には缶からアーガのイカしたプレートの上につがれ、たまにボコボコと音を立てている。
 やがてお湯が沸き、父さんが長く綺麗な花火のような世界を待ちわびる青い紙で束ねられたパスタを振りほどき、ブクブクと沸騰するお湯に投入した。

【11】
「今日わーっ、スパゲティ…そう、スパゲティ。ちょっと食べてみて。気に入らなかったら、残していいから」お母さんがファニーおばさんの「ましな」方の耳に大声で言っている。聞こえる方と聞こえない方があると思っているのが不思議だった。この婆さんには耳が全く聞こえないのは誰もが承知しているのに。
ファニーもお母さんもスパゲティを食べたことがなかったし、そういえば僕も初めてだった。お父さんはアーガ(訳注:英国製高級オーブン)の前でお湯が沸くのを待っている。小半時も前に開けられた缶詰のソースは既に温められ、アーガの保温皿の上で時折プツプツ音をたてている。
ようやくお湯が沸騰すると、お父さんはまるで大型の花火みたいな青い紙筒に包まれたパスタの束を振りほどいて、煮立っているお湯の中に立たせた。

【12】
「今日は、みんなで、スパゲティをいただくのよ、ううん、ス・パ・ゲ・ティ、ためしに、ひと口食べてみて。イ・ヤ・なら、残せばいいから」ママは、ファニーおばちゃんの「いいほう」の耳に向かって大きな声でしゃべっていた。どうして、いいほうと悪いほうがあるのか、ママにとってはまったくの謎だった。だれもが知っているとおり、口うるさいばあさんというものは、どっちの耳もぜんぜん聞こえないはずだったから。
 ファニーおばちゃんもママもそれまでスパゲティを食べたことがなく、考えてみれば、ぼくも同じだった。パパが、アーガ製のオーブンにかけたお湯が沸くのを待っていた。すでに温まっているソースは、たっぷり三十分も前に缶から出され、オーブン上部のおしゃれなプレートの上に鎮座して、いい具合に、ときどきポコ、ポコと音を立てていた。
 やっとのことでお湯が沸くと、父さんは青い紙袋を振って、すごく長い花火そっくりのパスタの束を取り出し、それから、沸騰しているお湯の中に立てるようにして入れた。

【13】
「あたしたち、これから、スパゲッティ、を食べるの、ちがう、ス・パ・ゲ・ッ・テ・ィ。試しにちょっとだけね。無理に食べなくてもいいのよ、き・ら・い・なら」母さんがファニーおばさんの〈いいほう〉の耳に向かってわめいている。母さんがどうして、おばさんにはいいほうの耳と悪いほうの耳があると思っているのかは大いなる謎だ。あの婆さんの耳がどっちもまるっきり聞こえていないことは誰もが知っているのに。
 ファニーおばさんも母さんも、それまでスパゲッティを食べたことがなかった。考えてみるとぼくもだ。父さんはアーガの沸騰用プレートで湯が沸くのを待っている。ソースはもう熱い。たっぷり三十分は前に缶から出してアーガの煮込み用プレートに乗せてあり、ごくたまにぷつぷつと音を立てている。
 ついに湯が沸騰すると父さんがパスタの束を青い紙袋、どう見てもすごく長い花火が入っているとしか思えない袋から振りだし、泡だっている熱湯の中に立たせた。

【14】
「さて、何て言ったけ。そうそう、スパゲティとやらを少し食べてみようじゃないか。嫌なら、食べなくていいからね」ファニーおばさんのよく聞こえる耳に、かあさんは大声で話しかけた。おばさんの耳の片方はよく聞こえて、もう一方はよく聞こえないと、どうして思ったのだろう。おばあさんというのは、たいてい両方の耳が遠いのに。
 ファニーおばさんもかあさんも、スパゲティを食べたことがなかった。だから二人とも、僕も食べたことがないと思っている。とうさんは、アーガオーブンにかけたお湯が沸くのを待っていた。ソースはすでに温まっている。缶から出して、たっぷり三十分はアーガオーブンの素晴らしいプレートの上に置いてあるのだ。ときおりはじけるような音が聞こえる。
 ようやくお湯が沸くと、とうさんは大きな長い花火のような青い工作用紙からパスタ振り出して、沸騰したお湯の中で立たせた。

【15】
「さあ……今日はね……スパゲティを……いただくわよ、ちがうわ、スパゲティ……ちょとだけ食べてみて。嫌ならいいのよ」 母さんは、ファニーおばちゃんの「聞こえる」耳に向かって大声でしゃべっている。どうして聞こえる耳と聞こえない耳があると思っているのか、さっぱりわからない。お年寄りなら、両耳とも全く聞こえないってみんな知っているのに。
 ファニーおばちゃんも母さんも、スパゲティを食べるのは初めてだ。そういえば、ぼくも初めて。父さんは、アーガ(英国製オーブン)でお湯が沸くのを待っている。ソースは三十分も前に缶から開けてあってもう温まっており、アーガの冷却プレートの上だ。時々ピコピコ音がする。
 ようやくお湯が沸くと、父さんは、まるですごく長い花火のようなパスタを青い包み紙から一束振り出すと、ぐつぐつ煮えたぎる湯の中に立てる。

【16】
「これから、スパゲティを、食べるわね。違うわ、スパゲティ(「スパゲティ」に傍点)よ……まあ食べてみて。口に合わなかったなら(「口に合わなかった」に傍点)、食べなくてもいいのよ」。母がファニーおばさんの「よい」耳に向かって大声で言った。母がなぜよい耳とわるい耳があると思っているのかは、まさに謎だった。おばさんは年のせいで両耳とも聞こえないとみんな知っている。
 ファニーおばさんも母もこれまでにスパゲティを食べたことがなかったし、考えてみるとぼくも同じだった。父は我が家の誇るAGA製オーブンの上部ヒーターでお湯が沸くのを待っている。パスタソースはもう温められている。ゆうに三十分以上前に缶から鍋に移され、AGAの保温プレート上に鎮座して、ときどきピチピチと音を出すだけだ。
 ようやくお湯が沸くと、父はパスタの束を真っ青な色紙(いろがみ)から振り落として、長い尾を引くみごとな花火そっくりに、煮え立つお湯のなかに突き立てた。

【17】
「えーっと、メニューは、スパゲッティ、でーす。基、スパゲティ。まあちょっと食べてみてよ。でも無理する必要はないからね。口に合わないならばね。」
ママはファニーおばさんの「良い」方の耳に向かってわめいた。 良い方の耳と悪い方の耳があるとママがどうして思い込んでいたのかは全くの謎だ。
だって、くそばばあの耳はどちらもポストと同じくらい全く聞こえないことを誰もが知っていたのだから。
 おばさんもママもスパゲティを食べたことがない。考えてみると僕もない。父さんはかまどの上のお湯が沸くのを待っている。スパゲティソースはもう温められている。
ゆうに30分も前に缶からかまどのパンに移され、時々グツグツと音を立てていた。
 やっとお湯が沸き上がると、父さんは青色のパッケージを振りながら、どこから見ても太くて長い花火にしか見えないパスタの束を中から取り出した。
そして沸騰するお湯の中に立てるようにして入れた。

【18】
 「皆でスパゲッティを食べようと、いや、ス・パ・ゲ・ティをちょっと食べてみようとしてるの。食べなくてもいいのよ、『気に入らなければ』」とお母さんがファニー伯母さんの〈良い〉方の耳に大声で叫んでいた。まさにどうしてお母さんが伯母さんの耳に良い方と悪い方があると思ったのかは、謎である。老いぼれた伯母さんの両耳が全く聞こえないのは周知のことだった。
 ファニー伯母さんもお母さんもスパゲティを食べたことがなかったし、そう言えば、僕も食べたことがなかった。お父さんは、コンロでお湯が沸くのを待っていた。ソースはすでに出来上がっていて、鍋から優に30分前に冷めたコンロ皿に移され、時々ブツブツ音をたてた。
 ようやくお湯が沸き、お父さんがパスタの束を青い色紙から振った。それはまさに素晴らしくたなびく花火のように見えた。ぶくぶくいうお湯にパスタを入れ、鍋の縁に並べた。

【19】
「きょう……食べるのは……スパゲティよ、ううん、ス・パ・ゲ・ティ……ちょっとだけ食べてみて。無理してくていいわ。もし、気・に・い・らなかったら」母さんがファニーおばさんの〝いいほうの〟耳に向かって叫んでいる。どうしていいほうの耳と悪いほうの耳があると思ってるんだろう。このおばあさんの耳が両方とも全然聞こえないことはみんな知ってるのに。
 ファニーおばさんも母さんもスパゲティを食べたことがない。考えたらぼくもだ。父さんはアーガ・クッカーでお湯が沸くのを待っている。ソースはもう温めてあって、三十分もまえに鍋から移され、いまはアーガの冷えたプレートにおいてあり、ほんのときたまブツブツと音をたてるだけになっている。
 ようやくお湯が沸くと、父さんがパスタの束を青い厚紙から振って出す。それはまるですごく長い花火みたいで、父さんはそれを沸騰しているお湯のなかに立てる。

【20】
トースト: ある少年の空腹のお話

「さあ…これから…スパゲッティを…食べますよ。いえ、スパゲッティ(スパゲッティ・傍点)。少しでいいから食べてみて。無理して食べなくてもいいのよ。もし、好きな味じゃなかったらね(好きな味じゃなかったらね・傍点)」母さんは、ファニー伯母さんの〈良いほうの〉耳に向かって大声で話しかけている。いったいどうして母さんは、耳に良いほうと、悪いほうがあると思うのか、謎だ。婆あ(ばば・ルビ)の耳は遠いものだということは誰でも知っているし、それも両耳だ。
 ファニー伯母さんも、母さんも、今まではスパゲッティなんて食べなかった。それに考えてみると、ぼくだってそうだ。父さんは、アガ・レンジユニット(訳注)の高温プレートにかけた鍋で水が沸騰するのを待っている。ソースはもう温かい。缶を空けたのは優に三十分以上も前で、今はレンジの低温プレートのほうに置いて保温してあり、ときどき沸々と音がしている。
 ようやく水が沸騰すると、父さんはパスタを、束ねていた青い色画用紙から解き放つ。まるで世界中に巨大な花火を見せているとでもいうように、父さんはパスタを泡立つ水の中に立てる。

訳注
アガレンジユニット:ガスレンジの直火を使用しない、北欧生まれの調理器具

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