第4回 外国製品の描写は慎重に

文芸翻訳コンテスト2016.07.20

第3回コンテストへの応募ありがとうございました。では、まずは課題文のおさらいから。

第3回の課題文

 ’We…are…going to have…spaghetti, no, SPAGHETTI…just try a bit of it. You don’t have to eat it if you DON’T LIKE it.’ Mum is yelling into Auntie Fanny’s ‘good’ ear. Quite why she thinks there is a good one and a bad one is a mystery. Everyone knows the old bat is deaf as a post in both.
 Neither Fanny nor Mum has eaten spaghetti before, and come to think of it neither have I. Dad is waiting for the water to boil on the Aga. The sauce is already warm, having been poured from its tin a good half-hour ago and is sitting on the cool plate of the Aga, giving just the occasional blip-blop.
 When the water finally boils my father shakes the strands of pasta out of the blue sugar paper that looks for all the world like a great long firework, and stands them in the bubbling water.

Toast: The Story of a Boy’s Hunger(Nigel Slater 著)

翻訳のポイント

この課題文はある一家の話で、語り手の「ぼく(I)」がいて、「母さん(Mum)」と「父さん(Dad)」がいて、「ファニーおばさん(Auntie Fanny)」がいるという家族構成ですね。ファニーおばさんは歳をとっていて、語り手が the old bat と呼んでいる箇所があります。これを「くそばばあ」と訳していた方がけっこういましたが(辞書にそう出ていますからね)、イギリス人が the old bat と書くときには、そこまできつい意味はありません。物忘れがひどくなったとか、耳が遠くなったとか、ちょっと痴呆気味になったとか、「老人力」がついた人(特に女性)のことを、揶揄する感じでそういいます。「耄碌ばあさん」程度でいいのではないでしょうか。

最初のお母さんの台詞は、そのファニーおばさん(実は耳が聞こえない)に対する言葉ですので、①単語を強調したり、②声を張り上げたりして話しかけています。「…(リーダー)」で区切られているのが前者を、大文字で書かれているのが(SPAGHETTI や DON’T LIKE)後者を表しています。日本語には大文字がありませんので、傍点を打ったり、書体をボールドにしたりすることもありますが、今回は訳例のように処理してみました。

deaf as a post は耳が聞こえないことを表現する決まり文句で、as a post(ポストのように)は無理に訳さなくてもいいでしょう。

the blue sugar paper that looks for all the world like a great long firework の for all the world(all 抜きで for the world とも書く)は単なる強調表現ですので、「どこから見ても」そっくりで、という感じに解釈してください。「世界のために」ではありませんよ。

で、その the blue sugar paper ですが、「青い画用紙」「工作用紙」という訳がけっこうありました。なんでかな、と思ったら、英辞郎に「工作用紙、色画用紙」と書いてあるんですね。もともとは砂糖を包んでいた、手触りのざらざらする、厚めの紙のことです。輸入食品を置いてあるスーパーマーケットを覗くと、だいたいそういう紙が砂糖のパッケージに使われています。

その紙でスパゲッティを包んであって、見た目が a great long firework にそっくり、と書いてあります。この「花火に似ている」を、お父さんが取り出したスパゲッティ(the strands of pasta)の比喩、もしくは鍋に入れたときの放射線状に広がる様子の比喩だと解釈した方もいましたが、like a great long firework と単数形ですので、the strands of pasta という複数形の比喩ではないと思います。

そのあたりを長めに引用します。

my father shakes the strands of pasta out of the blue sugar paper that looks for all the world like a great long firework

おわかりですね。お父さんは青いシュガー・ペーパーから(out of the blue sugar paper、out of the blue=「藪から棒に」というフレーズが入っていますが、偶然でしょう)スパゲッティ(the strands of pasta)を振って(shakes)取り出すのですが、その青いシュガー・ペーパーの見た目が、「太く長い花火(a great long firework)」にそっくりだと語り手はいっています。え? 比喩がよくわからない? ここで下の画像をご覧ください。

Garofalo
これは、コストコで安く売っているので有名になったイタリア・ガロファロ社のスパゲッティの、古いパッケージです。青いシュガー・ペーパーに包まれていますね。一本ずつ包装した花火によく似ていますね。はい、これが、長くて太い花火みたいなスパゲッティです。

このように外国製の品物の描写は実物を見ないとよくわからないものもけっこうありますが、Aga もそうですね。アガサ・クリスティの小説にも出てきますので、ミステリ・ファンにはお馴染みでしょう。もともとはスウェーデンの発明家ニルス・グスタフ・ダレーンが考案した、コンロとオーブンが一体になったクッカーのことです。

上部にはホット・プレートが複数ついていて、主にお湯を沸かすときに使う高温のプレートを boiling plate、とろ火でぐつぐつ煮込む料理のときに使うのを simmering plate といったりします。この文章に出てくる cool plate というのは、「冷たい皿」「かっこいい皿」「冷却皿」ではなく、ぐつぐつ煮込んだり、保温したりするときに使う低温のプレートのことでしょう。缶詰から出したパスタソースを、たぶん鍋に入れて、そのプレートで30分間ゆっくり温めていたわけです。で、ときおり、ぐつっ、ぐつっと音をたてている。

最優秀賞

残念ながらすべてのハードルをクリアした方はいらっしゃいませんでしたが、セオさん(50歳)の訳文が落ち着いていて、好感が持てました。

スパゲティ・ソースが鍋から吹きこぼれていることになっているのは残念です。ちなみに、セオさんからは、

というコメントもいただいています。

宮脇孝雄さんの訳例