第3回 単語の並び順と訳文のリズム

文芸翻訳コンテスト2016.06.17
2016年8月19日 編集部追記:応募いただいた方の訳文を2ページ、3ページに公開しました。

第2回の課題への応募ありがとうございました。40名の方から応募がありました。

第2回の課題文

 Elegant and opulent, yet undiscovered, “the hidden ballroom” at Versailles whose entire floor is made with many fragile panes into a smooth, single surface of mirror, rests undusty in darkness, unentered for two centuries by a flicker, nary a moonbeam nor match, lamp, nor any light, except for one time. Then, a tiny batch of insect eggs (blown through a crevice down through an imperfection in the molding onto the great glass floor) hatched fireflies.
 That was in 1893.

The Hidden Ballroom at Versailles(Spencer Holst著)

翻訳のポイント

ヴェルサイユ宮殿に床が鏡張りになった秘密の舞踏室があり、光も射さず、闇に包まれたその部屋に、たまたま虫の卵が blown されて(blown にはハエなどが卵を産みつける、という意味もありますが、ここでは単に「風に乗って飛んできた」のだと思います)、その卵からホタルが生まれた、というお話です。

真っ暗な部屋で何匹ものホタルが光り、床の鏡にその光が反射しているさまを思い浮かべてください、というのが作者の意図でしょう。

訳出のポイントは、
1)単語の並び順を大事にすること
2)訳文にリズムを出すこと

書き出しの部分は、
At Versailles, there was “the hidden ballroom”, elegant and opulent, yet undiscovered…
と始めることも可能ですが、そうはしていません。Elegant で始め、Versailles を後回しにしているのが作者の意図ですので、それを尊重します。

リズムに関しては、簡単なことで、七五調を混ぜればだいたいうまくいきます。yet undiscovered とあれば、「それでいて(五)知る人もない(七)」とするわけです。

最優秀賞

今回は、おもしろい訳をたくさん寄せていただきました。

文語体のぽたくん(25歳)

 

超過激なサエキさん(55歳)

 

これらの訳が印象に残っていますが、文章の流れのよさで、イタダニさん(45歳)の訳を最優秀作とします。

 

僭越ながら、ちょっと添削をすれば、「昆虫の卵」のあとの括弧で囲まれた部分、(建築上の欠陥からくる隙間から、素晴らしい鏡の床へと入りこんだ)、原文でいえば、
blown through a crevice down through an imperfection in the molding onto the great glass floor
となっているところが、やや手抜きです。

これは、
blown through A, down through B, onto C
という形ですので、「風に吹かれてAを通り、Bを通って落下し、最後にCに落ちる」となります。Aは「(外壁の)隙間」、Bは「繰形(室内の壁と天井の継ぎ目の装飾)のずれたところ」、Cは「広いガラスの床」です。

大事なことをひとついいます。the great glass floor の great の訳です。単独で使われた場合、たとえば、
He is great.
なら、「素晴らしい、偉大な」の意味になりますが、普通の名詞(ここでは glass floor)を修飾している場合は、ほとんどが big の formal な言い方にすぎません。「大きい、広い」です。ご注意を。

except for ~の訳し方は、イタダニさんのように「一度だけ例外があった。」と完結した文にするのが私の好みです。多くの方が、「~を除いては。」とやっていましたが、本来もっと続くはずの文が中断されたような感じ(翻訳界の専門語では「残尿感」といいます)を読者に与えるのがまずいと思います。

宮脇孝雄さんの訳例

 

最後に一八九三年という年号が出てきますが、ルイ十六世やマリー・アントワネットが処刑されたのがちょうど百年前の一七九三年ですから、ホタルはフランス革命で命を絶たれた王侯貴族の魂だったのかも知れません。

それから、数字の表記についての質問をいただきましたが、小説の翻訳者は縦書きの本になったときのことをイメージして文章を書きますので、数字はだいたい漢数字を使います。横書きになったときに見づらければ適当にアラビア数字に直してください、といって編集者に渡します。

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