第2回 小説の翻訳は形から入る

文芸翻訳コンテスト2016.05.15

応募訳文 その2

【21】
ハロルド・キャロブリート氏はかつてフラックスボローの町議会議員であり、治安判事であり、ユニオニスト・クラブの委員であり、おまけに町で最初にテレビのアンテナを所有したという評判を得ていた。そのわりに、彼の葬式は淡々としたそっけないものだった。

そしてキャロブリート氏の会社、キャロブリート・アンド・スペーズ船舶周旋会社がまごうかたなき成功を収めていたにもかかわらず、経営者の棺がヘストン・レーン墓地の墓穴に降りるとほぼ同時に倒産したことも、この世の栄華はいかなる地でもそそくさと消えゆき、フラックスボローとて同様であると示していた。

【22】
Harold Carobleat氏は、その生涯においてFlaxboroughの市会議員や治安判事、またUnionist Clubの委員を務め、噂では地元で初のテレビ送受信機を所持していたという人物であったが、葬儀は地味に執り行われた。
また、Carobleat氏の船舶仲買会社、Carobleat Spades社設立による事業の成功が誰の目にも明らかであることを考えると、自らがHeston Lane の墓地に埋葬されるのとほぼ同時に訪れた同社閉鎖はまさに、どこでも起こりうる、Flaxboroughに突然やって来た繁栄や名声の移り変わりを表す兆候であった。

【23】
 ハロルド・キャロブリート氏は生前、フラックスボローの議員、治安判事、労働組合員クラブ委員を務め、また町で一番にテレビアンテナを買った人だとも言われているが、それにしては葬儀はいたって平凡なものだった。
 それにキャロブリート氏が営む船舶仲介業キャロブリート・アンド・スペードは誰の目から見ても順風満帆であったが、オーナーの棺がヘストンレーン墓地の墓穴に下ろされるのと時を同じくして廃業になったことで、フラックスボローという町では栄光が過ぎ去ってゆくのがどこよりも早いということがまたしても証明されることとなった。

【24】
 ハロルド・カロブリート氏が当時、フラクスボロ町会議員で、治安判事をつとめ、連合派の委員であったこと、また、うわさでは、町のテレビアンテナ所有者第一号であったという評判を考慮すると、彼の葬儀はまったくありきたりのものだった。
 さらにカロブリート氏の会社、船の仲買業者の「カロブリート スペード社」の経営は、誰の目から見ても順調だったことを考えると、オーナーの棺がヘストン・レーン墓地の墓穴に下ろされるのとほぼ同時に会社が倒産したことでさえ、フラクスボロにおいても、ほかのあらゆる場所と同じように「諸行無常」であるということを示したにすぎなかった。

【25】
ハロルド・キャロブリート氏の生前の人となり(フラックスボローの町会議員と治安判事と労働党クラブ委員を務め、この町で最初のテレビ局のオーナーとしても評判がよかった)を考えると、葬儀はあまりに慎ましいものだった。

さらに、キャロブリート氏が立ち上げた船舶仲買業者『キャロブリート&スペード』が疑いようもなく繁盛していたことを考えると、オーナーであるキャロブリート氏の棺がへストンレーン墓地に埋められたのとほぼ時を同じくして看板を下ろしたのは、フラックスボローの栄光がどの地より早く過ぎ去らんとする象徴のように思われた。

【26】
 ハロルド・キャロブリート氏が存命中、フラックスボロウの町議会議員で、治安判事で、労働組合主義者(ルビ/ユニオニスト)クラブの世話役で、さらには世間がいうように、町で最初のテレビ局のオーナーだったということを思えば、彼の葬儀は、あまりにぱっとしないものだった。
 それに、キャロブリート氏の会社である船舶仲介業、キャロブリート・アンド・スペーズが文句なしに繁盛していたことを思えば、経営者の棺がヘストン・レーン共同墓地の穴に沈んだのとほとんど時を同じくして会社が閉鎖されたこともまた、盛者必衰のことわりは、フラックスボロウでもよそと同じく、たちまちのうちに起こるということの、ひとつの象徴なのだろう。

【27】
 フラックスボローの町議会議員であり、治安判事であり、労働組合員であり、そしてなによりも町でいちばん最初にテレビアンテナをとりつけたことで有名だったハロルド・カロブリート氏の葬儀は、著名人の葬儀のわりに地味だった。
 そしてカロブリート氏が巨万の富を築いた船舶仲介会社カロブリート・アンド・スペーズ社が、その主の棺桶がヘストン・レーン共同墓地の地中におろされたのとほぼ時をおなじくして事業をたたんだのも、いずこの町も同じ、うつろいゆく栄華を象徴するにすぎなかった。

【28】
 ハロルド・キャロブリート氏が、生前、フラックスボローの町議会議員、治安判事、アイルランド統一主義者クラブの委員を務め、さらに、評判によれば、町で初めてテレビアンテナを取り付けてもらった事を考えてみれば、氏の葬儀は盛大と言うには程遠かった。
 加えて、氏の会社、船舶のブローカー商社をスペーズ氏と共同で経営していた、の繁盛ぶりに疑いの余地がなかった事を考えると、棺がヘストンレーン墓地に掘られた穴の中へ埋葬されたのとほぼ同時に、会社の歴史に幕が下りたのは、この世の栄光がすぐに忘れ去られてしまう事を意味するサインでもあり、他の町と同様、フラックスボローでもあり得るのだ。

【29】
ハロルド・カロブリート氏が存命中には町会議員であり、治安判事であり、「統一クラブ」委員であり、かつテレビアンテナを町で最初に所有したと言われていることを考えると、彼の葬式はつまらなくて気が滅入るものであった。
また彼が船舶仲介業のカロブリート&スペード社で疑いもなくビジネス的成功を収めたことを考えるに、会社のオーナーの棺がヘストン・レーン墓地の穴に降りて行くのと会社の終焉がほぼ時を同じくしたのは、フラクスボローからどこよりも早く繁栄が去っていくという兆候に他ならなかった。

【30】
 ハロルド・カロブリート氏がフラックスバラの町会議員であり、治安判事であり、組合クラブの委員であり、町で最初に自宅にテレビアンテナを立てた人物であったらしいことを考えると、氏の葬儀はあまり心躍るものではなかった。
 そして、カロブリート・アンド・スぺーズというカロブリート氏の船舶仲買会社が間違いなく繁盛していたことを考えれば、社主の棺がヘストン・レイン墓地の墓穴を降りて行くのとほぼ同時に会社が廃業したのも、フラックスバラでも他の場所でも、現世の栄華は同じように大急ぎで消えてしまうものだという表れに過ぎなかった。

【31】
ハロルド・キャロブリートが、かつてフラックスボローの町会議員や治安判事を歴任した人物で、社交クラブの会員でもあり、町にテレビのアンテナを最初に持ちこんだ男でもあるらしいことを思えば、その葬儀はなんとも地味なものだった。
また、キャロブリート氏が手がける船舶仲介会社『キャロブリート・アンド・スペーズ』はまちがいなく成功していたのに、ヘストン・レーン墓地の墓穴にキャロブリート氏の棺が下りていくとほぼ同時に会社が閉鎖されたのも、やはりフラックスボローではどこよりも早く現世の栄華は消えゆく(ルビ:グロリア・マンディ・トランシット)ということを示しただけだった。

【32】
 ハロルド・キャロブリート氏は、フラックスボローの議員であり、治安判事であり、労働組合の委員であり、町の最初のTV局のオーナーでもあったようだ。それを思えば、彼の葬儀は退屈なものだった。
 キャロブリート氏のビジネス事業全体の紛れもない繁栄に反しての、(彼の棺が、ヘストン・レーン共同墓地に掘られた穴に沈むのと時を同じくして起きた)キャロブリート&スペーズ船舶仲介会社の閉鎖は、栄光が世界から、そしてフラックスボローから急ぎ足で遠ざかって行くもう一つの兆しであった。

【33】
ハロルド・キャロビート氏は、かつて、フラックスバラ町議会議員や治安判事、ユニオニスト・クラブの委員、そして町で最初のテレビアンテナの所有者との評判であったが、本人の葬式は寂しい限りであった。
キャロビート氏所有の会社で、船舶ブローカーのキャロビート・スペード社は、間違いなく成功していたのに、その所有者の棺がヘストン・レーン墓地に葬られるのと、ほぼ同時に事業が廃業となったのは、フラックスバラでもご多分にもれず、「浮世の名声は移りゆく」を、まさに地で行くようであった。

【34】
「ハロルド・カロブリート氏が若い頃、フラックスボラフの町の評議員、治安刑事、労働組合の一員であったこと、そして、噂によれば、町に初めて立ったテレビ・アンテナの持ち主であったことを考えれば、彼の葬式は退屈な出来事であった。
また、疑いの余地なく成功したカロブリート氏のビジネス、船の仲買業務を行うカロブリート&スペーズ社のことを考えれば、その閉鎖が、主の棺がヘストン・レーン共同墓地の穴に沈んだのとほぼ同時であったことは、どこでもそうであるように、フラックスボラフでも、栄光は早急に移りゆくのだという、一つの表れであった。」

【35】
ハロルド・キャロブリートが生前フラックスボロウの町会議員であり治安判事であり労働組合主義者(ルビ/ユニオニスト)クラブの委員であって、町で最初にテレビアンテナを設置したとされる人物であったことを考えれば、氏の葬儀は心ふさぐ出来事であった。
さらにキャロブリート氏の船舶仲立会社「キャロブリート・アンド・スペード」の疑いなき繁栄ぶりを考えれば、ヘストン・レイン墓地の穴にこの会社所有者の棺が降ろされるのとほぼ同時に社が閉鎖となるのは、他の地同様の速さでこのフラックスボロウでも栄枯盛衰が進む例が、また一つ示されたにすぎなかった。

【36】
ロンドンはフラックスボローの市議、治安判事、労働党の委員を務め、そして噂によると市で初めてテレビアンテナを手に入れたというハロルド・カロブリート氏の葬儀は、これらの功績を考慮すると、どうにも刺激のない退屈なイベントでありました。
そして氏の設立した輸送のブローカー商社である「カロブリート・アンド・スペード」が疑いようのない大成功を収めたのにも関わらず、その凋落は主の棺桶がヘストン通りの墓穴に下ろされるのとほぼ同時で、ここフラックスボローであっても他の街と同じように、どんな栄光も偏に風の前の塵に同じと言わんばかりでした。

【37】
ハロルド・キャロブリート氏が、これまでフラックスボローの町会議員や無給治安判事、連合クラブの委員、そして噂によると町で初めてテレビアンテナを手にした人物であるにもかかわらず、彼のお葬式は退屈なものだった。
そしてキャロブリート氏の事務所や、キャロブリート&スペードの船舶仲介会社の申し分ない繁栄ぶりも、それらの所有者の棺桶がヘストン・レーン墓地の穴に落ちていくのとほとんど同時に終焉を迎えた。そのことは、他のどんな場所で起こることと同じくらいの慌ただしさで、フラックスボローにおいても栄光は過ぎ去ったという一つのサインだった。

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