第2回 小説の翻訳は形から入る

文芸翻訳コンテスト2016.05.15
2016年8月18日 編集部追記:応募いただいた方の訳文を2ページ、3ページに公開しました。

第1回の課題への応募ありがとうございました。37通の応募がありました。

第1回の課題文

 Considering that Mr.Harold Carobleat had been in his time a town councilor of Flaxborough, a justice of the peace, a committeeman of the Unionist Club, and, reputedly, the owner of the town’s first television aerial, his funeral was an uninspiring affair.
 And considering the undoubted prosperity of Mr.Carobleat’s business establishment, the ship brokerage firm of Carobleat and Spades,its closing almost simultaneously with the descent of its owner’s coffin into a hole in Heston Lane Cemetery was but another sign that gloria mundi transits as hastily in Flaxborough as anywhere else.

Coffin, Scarcely Used(Colin Watson著)より

翻訳のポイント

小説を翻訳するとき、どんなことが書かれているかを気にするのは当然ですが、どんなふうに書かれているか、ということにも気を配らなければなりません。

今回の課題でいえば、どちらの文も、Considering~、And considering~と、似たような形で始まっていますね。作者はこうやって形を整えているわけです。また、一番最後の部分だけ、gloria mundi transits~と現在形になっていますが(気がついていない人も多かったようです)、これは物語を外から見ている語り手の感想、あるいは町の住人の声を代弁したコメントであることを表していて、こういう場合には「である」で文を締めることができます(過去形のただの地の文なら「だった」か「であった」)。と、まあ、こんなふうに考えて訳文の形を決めていきます。小説の翻訳は形から入ること、それが鉄則なんです。

英語の解釈でいえば、the Unionist Club とは労働組合ではなくて、よく見かける保守系の社交クラブの名前です。ただのメンバーではなく、a committeeman とありますから、キャロブリート氏は、運営委員会(committee)の理事なんでしょう。入会希望者の審査なんかをするわけです。

最初の文の最後に出てくる uninspiring という形容詞は、辞書の訳語に頼らずに、前後関係から考えれば、有力者の葬儀なのに、期待外れの、ぱっとしないものだった、ということだと思います。

会社の closing とは、この場合「倒産」ではなく、「閉鎖=店じまい」のほうなんですが、続きを読まないとわからないかもしれないので、「倒産」という訳でもよしとします。

gloria mundi とはラテン語の決まり文句、Sic transit gloria mundi(現世の栄華はかく消えゆく)から取られています。思いっきり日本風にして、「栄枯盛衰は世の習い」とか「盛者必衰の理」とか「諸行無常」と訳す手もありますね。文脈にうまく収まれば、それを使ってもいいでしょう。

最後に出てくる another sign は、この場合、わかりやすくいえば「もうひとつの証拠」です。実力者でも埋葬されるときがくるのが「諸行無常」の一つの証拠、その実力者の会社が店じまいするのがもうひとつの証拠、というわけです。あとで示す訳例では、英語の語順を尊重するため、sign の訳語をそのまま出さずに訳してあります。

最優秀賞

最優秀賞は、ナカヒラさん(38歳)の訳文です。

原文の形からすると、しれっとした顔で長文を二つ続けているところがなかなかおもしろいのですが、このように途中で切って訳すのも一つの見識です。

ミステリの書き出しにはいろいろ仕掛けがあるもので、この場合も例外ではありません。最初の in his time(「若いころには/盛りには/これまで/存命中には」などの意味があります)は、この文脈では「生前の」と訳すのが普通ですが、ここでは「盛りには」の意味に取らないと、あとの展開と矛盾をきたします。ただ、それは最後まで読まないとわからないことなので、このコンテスト的には「生前の」でもOKです。

宮脇孝雄さんの訳例

 

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