第6回 ルーティンを大事にする

通訳者のメンタルトレーニング2016.05.02

同通前に集中するためのルーティン

2015年秋のラグビーW杯では、日本代表が優勝候補の南アフリカを破り、その後も破竹の快進撃を見せました。ただ、多くの日本国民にとっては日本代表のパフォーマンスより、フルバックの五郎丸選手がキックをする前に行うポーズ、いわゆる「五郎丸ポーズ」の方が記憶に残っているのではないでしょうか。

※五郎丸ポーズは1:55あたりから。

五郎丸選手に限らず、ラグビーの世界にはユニークな準備をするキッカーが多数存在します。

特に左上のダン・ビガー(ウェールズ代表)は腕、肩、胸、髪などをタッチして、とにかく落ち着きがないように見えます。しかしこれは正確なキックをするために心を落ち着ける準備動作であり、決して“見せる”ために行っているわけではありません。要は、神経を研ぎ澄ませて一点に集中できれば何でも良いのです。

私はほかと比べてあまりルーティンはないほうだと思いますが、特に重要な会議の朝はシャワーを浴びながらロッキーのテーマ曲やハードロックなどを聴いて心のエンジンを温めます。そしてブースに入った後はイヤホンを着け、メモ用紙や資料をまっすぐに揃え、講演者が立つ場所を確認した後に少し目を閉じて集中力を上げます。第4回でも書きましたが、集中力は一気に上げられるものではないので、心を静めてゆっくりと上げていく必要があるのです。

会議開始の直前はもちろん、開始後も自分の番が来る少なくとも3分~5分前は外部をシャットアウトして、つまり心を「内向き」にして集中します。以前は特に意識していなかったのですが、過去に些細なことで同通パートナーと険悪なムードになってしまい(長く活動しているとそういうこともあります…)、その後は仕事にまったく集中できなかったことから、同時通訳に特化した集中維持の方法を探さなければと思ったのがきっかけです。

感情のコントロール=集中力のコントロール

いろいろな文献を調べる中で、「トレマ」という現象について学びました。トレマとは、俳優が舞台に出る前に体験する緊張感のことです。「訓練された俳優にとっては3分前に注意の集中に入るのが一番フレッシュで強烈な感情が呼び起こせる」とミユキ・ヒラノは『感情の解放』に書いています。(20世紀のドイツの精神科医クラウス・コンラートはこれを統合失調症の初期の体験にたとえている、なんて小ネタもありますが……『分裂病のはじまり』コンラート著、中井久夫他訳)。

私の通訳スタイルは感情移入が生命線なので、強烈な感情が呼び起こせないと通訳の質に響きます。なので、ここ数年は時間を見つけて演技レッスンを受けたりしています。すべては感情をコントロールする=集中力を自由にコントロールするためなのです。読者の皆さんに演技を学べ!と言うつもりはありませんが、少なくとも開始3分前から集中力を上げる準備に入らなければ感情はついてこない、これは私自身の体験からもはっきりと言えることです。

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