第3回 何故かまだブレイクしていない作品

一行翻訳コンテスト2007.07.16

■今月の1冊
ジョン・サンドフォードの「獲物」シリーズ

『Mortal Prey』
(John Sandford著、Putnam Pub Group刊)

Mortal Prey

では今月ご紹介する1冊から。面白いのになかなか大ブレイクしてくれないシリーズものもけっこうあります。コジーものなどは数自体が多いので仕方ないのかなと思う時もありますが、それでもエヴァン・マーシャルの「三毛猫ウィンキー&ジェーン」シリーズ(ヴィレッジ・ブックス)とか、ローラ・チャイルズの「お茶と探偵」シリーズ(ランダムハウス講談社)とかのようにもう少し売れてくれるといいなあと思うのもあったりします(来月は日本で出てないコジーものにするかもだ)。

アメリカでは必ずベストセラーになり、邦訳もそれなりに出ているのになぜか目立たないのが、今月取り上げるジョン・サンドフォードの「獲物」シリーズ。ジョン・サンドフォードはピューリッツァー賞を受賞しているジャーナリスト、ジョン・キャンプの筆名です。日本ではこのシリーズは早川書房から単行本という形で出版されているのですが、現在は品切れになっているものも多いようです(図書館などで探すこともできますし、またペーパーバックは簡単に入手可能です)。僕は昔ミネソタに行ったことがあるんですが、この本は舞台としてミネソタが中心になっているんですね。それで読み始めたらはまったという感じ。

主人公はデビュー時には警部補のルーカス・ダベンポートという人物(今はもうすっかり偉くなっていますが)。もともとゲームの開発をしていた時に一山当てたいわゆる「富豪刑事」で、頭も切れますが、ポルシェを乗り回したり、ハンティングをしたりと結構マッチョ。その上、女性関係もなかなか華やかというテレビ番組でも見ているような感覚。文章自体もそう凝ったものではなく、ハードボイルドに近いスピーディーな転回が信条ですが、一方で作品ごとに雰囲気を変えており、かなりアクション指向の作品(『Winter Prey』や『Certain Prey』)から本格的な謎解きものである(『Eyes of Prey』)まで様々。またルーカスの恋愛や家族愛、あるいは友情や悲劇などドラマとしても楽しめるものとなっています。

できれば第一作から順番に読んでいくのがベストなんですが、今回ご紹介するのは『Mortal Prey』。上に挙げた『Certain Prey』に登場するさしずめ女性版ゴルゴ13といった趣のスナイパー、クララ・リンカーとの再対決を描いた作品で、どちらかというとアクション重視です。ちなみに登場人物の刑事の名前がCapslock(パソコンのキーを見てね)だったり、Sloan(バンドじゃなくてトイレで見る方)だったりします。

ネタばれは避けたいところですが、この作品では、一度は殺し屋稼業から足を洗ったクララが殺された夫と子供のために復讐しようとするという展開で、そこにルーカスの古くからの知り合いの女性捜査官が絡んで、悲劇が悲劇を呼ぶというものです。この小説の面白いところはやはり会話の妙。ネタばれにならないのだとこんな感じ。

“…I’ll call you back. When’s good?”
“Three o’clock is good. Like now.”
“This line?”
“Yeah…this is as good as any. You never know, though.” Never know what might be monitored.
“I’ll get you a clean phone,” Rinker said. (P.74)

ごく普通の(悪党同士の)会話ですが、Never know…の一文がいいリズムになってます。あるいはもう少しブロークンなのだと、パトロールがポルシェに乗ったルーカスとFBIのエージェントに声をかけるシーンから。

The cop looked at Mallard, then at Lucas, then at the Prosche, and said to Mallard, “You guys’re getting pretty fat rides these days.”
“Hey, the income taxes are pouring in — you can’t believe it,” Lucas said. “We figure, might as well enjoy life.”
Mallard said, “He owns it personally…he works for the city of Minneapolis. The federal government drives low-end Chrysler products that would make your mother cry with shame.” (P.178)

読んでいて、いかにも現場でありそうな掛け合いになってますよね。この中ではfat ridesあたりがピンとこないかも知れないですね。この手の調べものに役立つのが「Urban Dictionary」です(http://www.urbandictionary.com/)。この場合で言えば、rideについてのエントリー(http://www.urbandictionary.com/define.php?term=ride&page=3)を見てください。21番です。昔はこの手のセリフはネイティブにたずねたり、図書館でスラング辞書を当たったりと意味を見つけるのが大変でしたが、いまはネットで簡単に調べられるようになりました。便利ですね。ちなみにシリーズが現在最新作の17冊目、『Invisible Prey』が発売になったばかりです。さらっと読めて面白いので、これからちょっと厚めのPBを読もうという人にぴったり。

■入門者用おススメペーパーバック
Stephen Kingの弟子と呼ばれる、ビッグなホラー作家の人気作
『University』
Bentley Little著

University

では次にPBのおすすめ本をご紹介。今月はBentley Littleの『University』。この作家もアメリカでの人気に比べると、日本ではまったく無視されていると言っても良いビッグなホラー作家の一人です。これまでに発売になっているのは『劇場』(創元推理文庫)、それに『数秘術』(祥伝社文庫)くらいかな。本国ではもうすぐ20冊目が発売になるはずで、Stephen Kingの弟子と呼ばれ、見出したのはDean Koontzという王道路線。特に科学的な説明があるような小説ではなく、どちらかというとスプラッター系のホラー映画に近い部分もありますが、Kingほど文体に凝っていないことや、ジェットコースター的な展開によって非常に読みやすいです。1年にだいたい1~2作のペースでコンスタントに作品を刊行しています。

本作は5作目に当たり、内容自体はカリフォルニア大学のとあるキャンパスに邪悪な力が入り込んで、そこに残された学生たちが、生き延びるために殺人衝動に取り憑かれた人々と戦いながら、脱出をはかるというたわいないものですが、読み手のイメージをうまく刺激してくれるので、ジョン・サンドフォード同様にとても読みやすくなっています。ただ単なるこけおどし的な部分だけでなく、体制や大企業に対する不信感のような社会派気質が透けて見える時もあります。最近の作品の方が手に入れやすいかも知れません。『The Resort』とか『The Town』あたりもいいですよ。    では今月のフレーズに行きましょう。

■第2回 ウルトラショート翻訳課題の講評

先月の課題:This basic tactic…gave John a big edge in his negotiations.

コンテクストを復習しておきましょうね。二人の男がカーディーラーでまったく同じ車を買ったのに一人は3,500ドルも安く買えたのはなぜか。「Throughout the entire course of his discussions with the car salesman, John was holding an eighteen-inch machete. This basic tactic…gave John a big edge in his negotiations…」(「Dave Barry’s Money Secrets」Dave Barry、Three Rivers Press、P.151)。a machete(なた)を持っているので、edgeにダブル・ミーニングがかけられていています。
macheteがどんなものかについては、Googleの画像検索(http://images.google.co.jp/images?hl=jaie=Shift_JIS&q=machete&r=&oe=Shift_JIS&um=1&sa=N&tab=wi)などが便利ですよ。丸括弧の中にコメント入れます。

★ こんな原始的なものでも、、、値切るには十分だった。
(うーん、原始的な「もの」って何なのかな。tacticをきちんと訳出しましょう。あと「値切る」も括弧でくくってみるとか)

★ ジョンは特大のなたをセールスマンにチラつかせながら、車を値切ったんだよ。そうやって相手をびびらせて上手く交渉をまとめちゃうのが・・・奴の常套手段なんだけど・・・。
(うーん、まず字数が増えすぎ。対象範囲が後半だから、「edge」が後半にないのもちょっと。原文はここまでストレートじゃないから)

★ この戦略で値切りは成功、車をまけてもらいジョンは大勝ちしたワケだ。
(戦略は戦術と違うのでした。大勝ちだとedgeというニュアンスは出ないよね)

★ この単純な戦法によって、ジョンは大いに切れのある交渉ができたというわけだ。
(「切れのある交渉」って言うかなあ?「切れ味の鋭い」とか)

★ ジョンには”必殺値斬り術”があったのだ。
(アイデアは悪くないんだけど、「必殺」シリーズは日本のものですからねえ。たとえば「仏つくって魂入れず」とかは洋ものの翻訳では使わないでしょ?)

★ この基本的な戦略が、ジョンの交渉に絶妙な”切れ味”を与えたのだ。
(後半は悪くないんだけど、戦略はやっぱり間違いです)

★ なたを持つというこの簡単な作戦は、交渉のときとなると相当値段の切り下げに効くものだった。
(なたは前の行だから、入れたくないです。「値段の切り下げ」もぴんとこない表現だと思います)

★ お約束通りの作戦で、”切れ者”ジョンは交渉を有利に運んだってわけ。
(アイデアはいいけど、これって「お約束」? お約束じゃないから有効なんじゃないかなあ)

★ 交渉成立はジョンの基本戦術が決め手さ。
(これだとedgeのおかしさが出てないよね)

★ 子供だましの交渉術がジョンの軍配を大きく分けた。
(「子供だまし」は意味が違うでしょう。あと「軍配を上げる」とはいうけど、「軍配を分ける」というのはあまり聞かないような気がします)

★ この単純な作戦が、彼を大変有利にさせたのだ。
(これもedgeのニュアンスが消えちゃっています。ストレート過ぎてこれだとぜんぜん笑えないでしょ?)

★ こんなことが、ジョンの商談を歯(刃)切れよくしたのだ。
(アイデアは悪くないけど、説明的すぎるよねえ「歯(刃)」とやっちゃったら笑いを強制している感じ)

★ なんと単純にもこの交渉術が大功を成した。
(これもedgeのニュアンスが消えているし、「大功を為す」ってちょっと古めかしすぎない?)

◎このちょっとしたジョンの作戦には、交渉相手も「太刀打ち」できなかった。
(これはいい感じ。相手側に持ってきたのね)

★ これがジョンの思う壷にはまり、彼が交渉主導権を握った。
(ツボはでてこないよねえ。あと「交渉主導権」は硬い感じです)

★ ジョンはいつもこれを基本戦術として持っていたので、交渉事にとても強かった。
(「これ」って何を指しているんだろう? この訳でもedgeが消えています)

★ なんとも切れの悪い作戦だが、刀を使ったジョンの交渉にはまったく歯(刃)が立たなかった。
(切れが悪い作戦というわけではないでしょう。切れはいいんだよ、切れは(^-^; あと歯(刃)はやっぱり説明的すぎ

★ これは基礎的な方法です。値引き交渉には大ナタを振るいましょう。
(基本的な方法でみんながナタ持ってきたらいやだよねえ。それから「鉈をふるう」は「思い切った処理をする。多数の者を罷免したり、予算などを大幅に削ったりする場合にいう」だから、この場合には使えないと思います)

★ この方法は、ジョンの交渉術には重要な武器となった。
(うーん、確かに「武器」に使えそうだけど、もう少しインパクトが伝わるといいなあ)

★ こんな簡単な切り口ではあるが…ジョンは交渉に強かった。
(「切り口」というと「切る手並み」という意味なんだろうけど、どうもバランスが悪いです。鉈=切り口とは取れないもんねえ)

★ ジョンの素敵な交渉術には…刃が立たなかった。
(これも悪くないんですけど、「素敵」が浮いている感じがします。僕だったら「おしゃれ」にするかな)

★ 車のディーラーとの交渉中、ジョンは終始、刃渡り50センチにもなろうかという大ナタを手にしていた。この基本的なテクニックが、ジョンの交渉術に実に鋭い切れ味を持たせてくれたのである。
(これも悪くないです。ただ前半とセットで一組になっている感じなのと、少し説明的なのが惜しいなあ)

★ 刃物をちらつかせるというこの原始的な方法は、ジョンの交渉を切れ味鋭いものとしたのだ…文字通り。
(これも悪くないんですけど、説明的すぎるかなあ。「文字通り」は、後に持ってくるとちょっとわざとらしいなあ)

★ ちょっとした作戦で、ジョンは刃なしの相手をやりこめた。
(「刃なし」はたぶんダジャレなんだろうけど通じないと思う(^-^;)

★ このやり方がジョンの交渉でキラリと光るのさ。
(edgeが消えてますね。「キラリと光る」だとフツーの感じがします)

★ ジョンの作戦勝ちって訳さ。
(これは元の情報を削りすぎ。確かに作戦勝ちには違いないけど……)

★ 原始的な手法だが、、、、これでジョーンは”切れ者”ネゴシエーターになったわけだ。
(読点をつなぎにつかわないでね。三点リーダー(……)とかを使いましょう。ジョーンというとJoanだと思います。「切れ者」ネゴシエーターっていうのもちょっとぴんとこないのでは?)

★ 交渉術での基本中の基本…相手に「オーノー」と言わせるほど優位に立つこと。
(ダジャレできましたか(^-^; でも「オーノー」って言わせる=優位に立っているということになる?)

★ この原始的な作戦は、ジョンを交渉事で非常に有利にした。
(原始的だけだと鉈とのつながりがはっきりしないよね。edgeのニュアンスは消えてます)

★ この基本的な戦略で、ジョンは交渉において鋭い切れ味を示した。
(悪くないんだけど、流れが悪い感じ。声に出して呼んでみてください)

「戦略」と「戦術」は違うものですよん。前者は「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される」。で、後者は「(1)個々の具体的な戦闘における戦闘力の使用法。普通、長期・広範の展望をもつ戦略の下位に属する。(2)一定の目的を達成するためにとられる手段・方法」(いずれも大辞林から)。
今月のMVPは、「このちょっとしたジョンの作戦には、交渉相手も「太刀打ち」できなかった」にしましょう。あと、『この「刃」は口ほどに物を言う作戦のおかげで、ジョンは優位に交渉を進めた』なんてのもいいかも。来月もみんながんばってね。

第2回ウルトラショート翻訳課題 MVP

池部美穂さんに決まりました! おめでとうございます!

図書券 5,000円分をお送りします。

■第3回 ウルトラショート翻訳課題

でもって来月の課題文はマラードのセリフから。マラードは男性です。セリフなのを忘れずに。

課題文:He works for the city of Minneapolis. The federal government drives low-end Chrysler products that would make your mother cry with shame.

それではまた来月。(第4回は8月5日アップ予定)

★★訳文の応募は締め切りました★★