第6回 原書+新訳と旧訳の読み比べも楽しい

一行翻訳コンテスト2007.10.16

■お勧めの1冊
『かもめのジョナサン』でおなじみ

『Illusions: The Adventures of a Reluctant Messiah』
(Richard Bach著、Doubleday刊)

Illusions: The Adventures of a Reluctant Messiah

閑話休題。くやしいので、今月はまったく違う路線で。僕がまだ若かった頃(いや、今でも気持ちだけは若いんですが)、「Jonathan Livingston Seagull」(’72)という本が大流行しました。「カモメのジョナサン」といった方が通りがいいかな。Richard Bachという人の作品で、まだ学生の頃に読んだ時にはそんなに印象が強かったわけではないんですが、キリスト教について多少学んでから(でもワタクシは仏教徒~)、その言わんとするところが分かるようになったような気がします。作者のリチャードは、「ジョナサン」がベストセラーになったあと、しばらく何も書けなく(書かなく?)なりましたが、その彼がイリノイで機械工にして救世主に出会ったことからまたペンを取ったとして始まるのが、今回ご紹介する「Illusions: The Adventures of a Reluctant Messiah」です。192ページという短い上に、活字も大きな本なので、ぜひ読んでいただいて、その世界を堪能していただきたいのですが、要は僕たちの魂には羽根があって、すべての出来事には意味があり、そして救いというものはいつも僕たちの目の前にあるのだということです。これが「真理」なのかどうかいまだに僕には分かりません。ただナルニア国物語を読んだ時も、ヴィトゲンシュタインを読んだ時も、同じように感じたのはすべての幸福も不幸も自分の心の中にあるということでした。空の物語という意味では、サンテグジュペリに通じるところもあります。この本のもう一つの別の読み方として、旧訳(村上龍)と新訳(佐宗鈴夫)の違いを楽しむというのもあります。原書で読んで、さらに2種類の訳文で読むと、言葉、そして翻訳というのがどれだけ重みのある作業であるのかを改めて実感できると思いますので、機会があればぜひどうぞ。

この小説には数多くの箴言が登場します。ここではその中の一つをご紹介しておきましょう。

The truth you speak has no past and no future. It is, and that’s all it needs to be. (Dell, 153p)

これを見て「The Old Ones were, the Old Ones are, and the Old Ones shall be.」を想い出すのは相当重傷かも。(分からない人は検索してみてください。)

■今月のペーパーバック
悪夢の体験?人気のホラー作家
『Slither』
(Edward Lee 著、Leisure Horror)

Slither

では今月のPBのご紹介。今月はアメリカのモダン・ホラー作家では、いま最も勢いがあるような気がするEdward Lee。多い年には4作ぐらい刊行していますから間違いなく多作。(http://www.edwardleeonline.com/)イメージとして合っているか分からないですが、クローネンバーグ感覚を小説で表現しているという印象で、かなりぐちゃぐちゃ。映画化されたら死んでも見たくない類の作家なんですが、典型的な舞台設定をその独特のイマジネーションでうまく補っています。作品としては「Infernal Angel」、それに「Flesh Gothic」あたりが圧倒的にすごいのですが、内容もすごすぎてちょっとお勧めしにくい。たとえば、後者の場合、ある豪邸に14人が入り、翌日13人が死体で見つかるのですが、1人だけ見つからない。それはどこに行ったのかというところから、霊能者などが呼ばれて謎を解こうとするわけです。そしてその先に待っていたのはイベント・ホライズン的な世界……。

今回ご紹介するのは、そっちではなく、「Slither」(Leisure Horror)。旋毛虫という寄生虫が巨大化した島に閉じこめられた動物学研究チームの悪夢のような体験を描いたという作品で、ネタ的には「ルール」とか「ラスト・サマー」系の内容となっています。そろそろ季節はずれかなあ。

■第5回 ウルトラショート翻訳課題の講評

いよいよ、コメントに行きましょう。先月の課題文は

Those figures are so silent and furtive that one feels somehow confronted by forbidden things, with which it would be better to have nothing to do.

を「だである」調(常体)で訳すというものでした。
最初に解説しておくと、figuresは、輪郭でわかる人の姿ですね。もちろん人影とか姿とかで処理しても良いでしょう。silentだから静か・口を開かない。furtiveというのは「marked by quiet and caution and secrecy; taking pains to avoid being observed;」という感じ。人目を避けるような感じですね。こそこそしているというのもありなんだけど、この文脈だとちょっと落ち着かないかも。so~thatの構文をうまく訳しましょう。it would be better to have nothing to do.ですが、この場合、文章自体が現在形なので、仮定法。forbiddenとかはたとえば「忌まわしい」とか「禁忌の」といった訳語をあてると良い感じでしょう。仮訳をあてると「その複数の人影は、いかにも静かで、人目を避ける様子であり、どうしてか、関わりを持たない方が良い、忌まわしき何かと出くわしてしまったような気がしてくる。」くらいかな。
ではコメントします。

1. そういった姿はとても静かでコソコソとしているので、関係ない事であっても、どういう訳か人はいけない事をしているのではないかと感じるのである。
(まず「こそあど」言葉の処理って難しいんですね。「そういった姿」というのはどうも入りにくい表現なんです。「そんな姿」とか「そんな様子」とかだと違和感減るんですね。「関係ない」は少し意味を取り違えているのかな。もう少し正確に読みとろうね)

2. それらの人物は、あまりにも寡黙で影が薄いため、なんだか、禁断のものと向き合っている感じがする。そして、彼らとは関わらない方がよさそうだ。
(前半はいい感じなんですけど、「そして~よさそうだ」という二番目の文章とのバランスが悪いんだなあ。たとえば「いかにも、彼らとは関わりを持たない方が良いと思われてくる。」とかだと落ち着くかな。あとは「それら」をもう一工夫)

3. それらの人影が余りにもシンとして声なく余りにもコソコソとして人目を憚る風なので、見た者は思わず一切関わりを持たない方が身の為の禁断の事物に対峙している様な気分になるのだ。
(少し饒舌に過ぎるかな。ちょっと気になるのが、「思わず~禁断の事物に」までの部分。修飾句が長くなりすぎてしまって、ちょっと読みにくいですよね。もう少し読点を打つようにするとだいぶ印象が変わりますよ)

4. この人物たちは無口であまり表に出てこないので、人々はみな、なんとなくタブーなものに出会ったような気がして、関わらないほうがいいと思うのである。
(表に出てこないというと違う意味に取られる可能性があるから、もっとはっきり訳してもいいかな。「タブーなもの」はアイデアはとてもいいんだけど、原文の雰囲気とはちょっと合わないような気がします。原文はもう少し硬い感じね)

5. その人影が沈黙し身を隠す異様さは、避けて通るべき禁忌に触れてしまったような、言い知れぬ不安を与える。
(単語の選択は原文の雰囲気を意識していていいんですけど、「沈黙し身を隠す異様さ」って実際にはどういうイメージなんでしょう?あと「その人影」だと一人に見えるよね)

6. その人影は、あまりにも無音で隠密なため、かかわってはならない何かに遭遇してしまったかのように感じさせ、通る者は避けることを選ぶのであった。
(隠密=表立たないように事を行うこと。また、そのさま。「?行動」「?に事を運ぶ」「?裡に作戦を開始する」(大辞林)なので、こういう使い方はしないような気がします。あと無音というとmuteじゃないかなあ。would be betterだから仮定法。ちょっと原意からは離れすぎかもしれません。もう少し言葉の選択に注意)

7. その姿はあまりに静かで謎めいているので、何やら触れてはいけない物に直面しているような気がするかもしれない。そう思う者は、最初から関わらない方が良さそうだ。
(少し情報が増えすぎているような気がします。あと原文の雰囲気ってやはり大切で、これだとラヴクラフトというよりは現代の作家っぽいよねえ)

8. その姿は音もなく、ひっそりしたものだった。出会わなければよかった、禁じられたものと向かい合っているかのように感じられるほどに。
(論理の流れがわかりにくくなっていますね。感じられるほどのものはなんなんでしょう。仮定法の部分はきちんと訳出しましょう)

9. 何か関わり合いになるべきでない禁断のものに遭遇してしまったと感じさせるほど、その輩は音一つ立てることなく、どこまでも密やかなのだ。
(輩というと悪い意味で使うことが多いと思うんだけど、そこまでの色は原文にはないかな。でも全体には良く訳してある方だと思います)

10. 彼ら住人どものやたら寡黙で挙動不審な様子に、一切関わらない方が無難な、なにかタブーな領域へ踏み込もうとしている、そう本能が告げるのだ。
(本能までは書いてないからやはり足しすぎ。タブーとするとモダンな文章という印象が出て来ちゃうんですよ。やっぱり1920年代あたりですから、日本で言えば第一次大戦後。大正後半から昭和の頭とまでは言わないですけど、もう少しクラシカルな雰囲気があると良かったです)

11. そのような人の姿をしたものたちは、異常に無口で怪しげな様子をしているので、誰もが何やら会ってはいけないものに出くわしてしまった気分になる。こんなものには関らない方が得策だ。
(人の姿をしたもの>これだと実はエイリアンとかゾンビとかに思えちゃうよねえ。後半は意味が重なっていませんか?)

12. それはあまりにも静粛で閑散としているので、なぜかしてはならない禁じられたことに直面しているように感じるのだ。
(それ=人とは読めないような気がします。静粛は人、閑散は場所とかに使う言葉なので、バランスが悪いね。してはならないのではなく「have nothing to do」だから関わりを持つですね)

13. 人影が、あまりに静かでこそこそしていたので、何だか関わらない方がいいような禁じられた物に向き合ったような気持ちがした。
(「何だか~気持ちがした」までのところは読点をもう少し打ちましょう。意味自体はきちんと拾えている方なんですが、ちょっとリズムの面で弱いかなあ。もう一工夫)

第5回ウルトラショート翻訳課題 MVP

意味はきちんと取れている人も多いんですが、雰囲気をもっとうまく訳出するようにしてください。横のものを縦にするだけだと不十分なので。今月のMVPは、ちょっと不満も残るけど9.さんに差し上げます。もっと精進してくださいね。

池部美穂さんに決まりました! おめでとうございます!

図書券 5,000円分をお送りします。

■第6回 ウルトラショート翻訳課題

最後に今月の課題です。 本当は今回ご紹介した本からと思っていたんですが、以前に一度John Sandfordがここのところマイ・ブームになってしまって、今は「Broken Prey」というのを風呂で読んでいるわけですが、その前に読んだ「Hidden Prey」(Berkley)からどうしてもこのオンライン翻訳の素材で使いたいのが出てきてしまったので、使わせてください。ちなみにこの作品、英語はきちんと話せるけれども、ブロークンな英語がよく分かっていないロシアからきた捜査官、ナディアと登場人物たちの会話がとても勉強になるので、よかったらぜひ。

状況はこうです。ナディアと主人公、ルーカス・ダベンポートが犯人を追いつめているわけですが、向こうはライフルを持っていてこちらに向かって撃ってきている。そこでルーカスがナディアに対して言う言葉について、ここ2週間ほどいまだにうまく訳が浮かんでいません。みなさんもぜひ考えてみてください。

She didn’t move, so Lucas took her by the arm and steered her toward Carl’s Chevy. “Just…stay.”
“I’m not a dog,” she said.

Sheはナディア、Carlは登場人物の一人でChevyの持ち主です。訳していただきたいのは”Just…stay.”と”I’m not a dog.”という二つのセリフ。どう訳せばこのおかしさが出せるのか、皆さんの回答を楽しみにしています。それではまた来月。

次回は11月9日アップ予定。

★★訳文の応募は締め切りました★★