第9回 40年以上前の「空飛ぶモンティ・パイソン」吹替放送の陰にエンタメ翻訳の技あり

一行翻訳コンテスト2008.01.16

■お勧めの1冊
ナマリも内容も凝りに凝ったブリティッシュ英語台本

『The Complete Month Python’s Flying Circus: All the Words』
(Pantheon刊)

The Complete Month Python's Flying Circus: All the Words

さて、昨年、とんでもないニュースが飛び込んできました。そう、あの伝説のテレビ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」の吹き替え版音源付きDVDが発売になるのです。僕が中学生くらいの頃だったでしょうか、東京12チャンネル(いまのテレビ東京)がBBCの30分番組『Monty Python’s Flying Circus』を放送することにしました(あの内容をあの時代によく流したと思う)。ところがBBCは国営放送なので30分番組は30分あるわけです。このため、1時間番組にするためには宣伝を除いたとしても、20分近く水増ししなければならない。そこでなぜかチャンバラトリオ(ハリセンで有名)のコーナーとか、新人の芸人のコーナーを作ったんですね。この新人がタモリという人物でした(タモリの初期3枚の作品もCD再発になりました。すごいですよ)。そして、この毒だらけの番組の吹き替えにはエリック・アイドル(広川太一郎)、マイケル・ペイリン(青野武)、ジョン・クリーズ(納谷悟郎/近石真介)、グレアム・チャップマン(山田康雄)といった豪華なメンバーが揃っていたのです。

モンティ・パイソンはブリティッシュ英語の上に、ナマリもすごい、フランス語も飛び出す、ダジャレや歴史、文化的な要素も多いなど、実に凝った内容で、それゆえに現在まで数多くのマニアがいるわけですが、今回取り上げるのは、その台本集である『The Complete Month Python’s Flying Circus: All the Words』(Pantheon)です。上下巻あります。英語版(最初はビデオを買いました)はまず聞き取りがとても難しく、この台本集を手に入れた時には狂喜乱舞したものです。たとえば、名高い「オウムのスケッチ」は、これはぜひ見ていただきたいわけですが、従ってネタバレをしたくないのですが、オウムのある状態を説明するのに、次のようにののしるわけです。

It’s not pining, it’s passed on. This parrot is no more. It has ceased to be. It’s expired and gone to meet its maker. This is a late parrot.(中略)This is an ex-parrot.

この言葉の豊かさを考えると、当時これを訳した人は本当にすごいと思います。モンティ・パイソンは他にもチーズ・ショップのスケッチ(次々とチーズの種類が登場する)のように英国文化に深く根付いたものから、バカ歩き省や株式仲買人のスケッチなど見て分かるもの、あるいは英語が分からないと心からは楽しめないものまでいろいろです。そしてモンティ・パイソンは、英語圏の常識の一つにまでなっているところがあるので、一度は見て、内容を理解しておいて損はないと思いますよ(いいすぎ?)。僕はロック関係の仕事もしているんですが、以前もご紹介したラヴクラフトとモンティ・パイソンは圧倒的に好きな人が多いですね。インタビューの話のつなぎとかにもってこいなんです。本当は「24」みたいなシリーズ・ドラマも見ておかないといけないんですけど、そこまで時間がないのが残念です……。

■今月のペーパーバック

『After Midnight』
(Richard Laymon著、Headline Feature刊)

After Midnight

次に今月のお楽しみ。今回ご紹介するのは故リチャード・レイモン(Richard Laymon、http://www.ains.net.au/~gerlach/rlaymon.htm)。アメリカの作家ですが、生前はほとんど本国で売れず、英国やオーストラリアで人気があったという作家です。日本でも『戦慄の<野獣館>』(大森望訳)や『殺戮のキャンパス』(山口緑訳)(共に扶桑社ミステリー)など数冊が翻訳されています。一言でいうと、字で読むスプラッター・モダン・ホラーという感じです。大地震の後で浴室の中に閉じこめられたら、雨を浴びた人々が殺人狂になってしまったら、漂流して行き着いた先の島に殺人狂がいたら、など、どの作品もB級ホラーのような設定が為されているんですが、そこにレイモンらしいちょっとしたひねりが加わることで、とても読みやすいページターナーになっています。怪物が出てくるものもありますが、基本的に一番恐ろしいのは人間であるというパターン。たとえば今回ご紹介する『After Midnight』は主人公アリスの一人称で描かれる小説ですが、友だちの家の留守番を頼まれた彼女は、ある晩、家に誰かが侵入してきたのに気付きます。アリスは、近くにあったサーベルを手に、侵入者を殺してしまうのですが、実はその侵入者とは……。そしてすべての歯車が狂っていきます。アリスはどうしたらいいのでしょうか。といった展開(これ以上はネタバレになるので書きませんが)。たとえば、第7章はこういう書き出しになっています。「Ever try to carry around a dead body? Let me tell you, it isn’t easy.」(P.43、Headline Feature)文体としては簡潔で、かなりハードボイルド的な感じです。そして次々と読者の予想を裏切る(そしてある意味期待に応える)展開が待っています。悪趣味なところもありますが、日頃のストレスの解消にはもってこいだと思いますので、試しに読んでみてください。

■第8回 ウルトラショート翻訳課題の講評

それでは今月の課題文。Lynee Trussの『Eats Shoots and Leaves』というパンクチュエーションの本から。

<課題文>

あるカフェにパンダが入ってきました。サンドウィッチを頼み、これを食べてから、銃を取り出し、上に向けて2発撃ちました。ウェイターに理由をたずねられたパンダは、野生動物マニュアルを取り出して、「俺はパンダだ。引いて見ろ」と答えました。そこにはこう書かれていました。

Panda. Large black-and-white bear-like mammal, native to China. Eats, shoots and leaves.

訳していただきたいのは、最後の部分「Eats, shoots and leaves」です。楽しい訳文を期待しています。3語にこだわらなくていいですよ。

今回ちょっと失敗したなと思ったのは、「3語にこだわらなくて」とするよりも「原文にこだわらなくて」にすればよかったかなということ。その意味で直訳風の応募訳が多くなってしまったのは僕が悪いなあ。ごめんねー。ということで、以下、コメントです。基本的にこの面白さを何とか伝えて欲しかったなあ。

1. 食って、撃って、去る
(そのままだよねえ。でもそのまま訳すのであれば、原文はマニュアルだから「食う」とは本当は書かないと思いますよ)

2. 食べて、(銃を)撃って、食い逃げする。
(食い逃げはちょっとユーモラスかも知れないけど、やっぱり「食」が二回出てきてしまうのはどうかなあ)

3. 食事をし、竹鉄砲を放ったのち、笹隠れする。
(アイデアは嫌いじゃないです。ただそれなら「食事」の部分にも一工夫欲しかったかも(食事の定義は後述))

4. 主食は竹と笹
(これだとカンマがなかった時の意味になっちゃうよねえ)

5. 弾丸発砲、笹の葉が好物。
(両方入れようという工夫はいいんですけど、leavesの「去る」方も入れて欲しかったかなあ)

6. 「食べて、撃って、去っていく」とは、てん(カンマ)でおかしい。
(全体の工夫がかなり好きですね。「新芽や葉を主食とする」が みたいなのを前に付けてもいいかも)

7. 習性:食べて、撃って、ねぐらへ帰る
(悪くないですが、ユーモアがちょっと足りないかも)

8. 食べ、発砲し、そして去っていくのが特徴。
(これも原文に忠実な訳の方かなあ。ただ「食べる」「発砲する」「去っていく」って言葉としてはわりと普通かも)

9. パンダ。体は大きく、黒白模様でクマに似た哺乳類、原産地は中国。食べたあと、発砲し、そしてそのまま立ち去る。
(全部訳してくれたんですね。ご苦労様。訳文としては上とほぼ同じかな)

10. ご飯を食べます。銃を扱います。そしてその場を立ち去ります。
(マニュアルだからこういう文体にならないかなあ。あと「ご飯」というと「飯」になっちゃうので、「穀類」という意味もありますから、こういう場合には使わないこと)

11. パンダってのは文字のごとく、腹を満たしたら”パーン”と銃をぶっ放し、”ダダッ”っとおさらば。”パーンダ”ってな。
(原文の文脈を外したらけっこう工夫されてていいと思うんですが、やや長すぎるという感じがあります。もうちょっとコンサイスにできなかったかなあ)

12. 食後,発砲して逃走する習性あり。
(これも基本的には原文のニュアンスをそのまま伝えています。悪くはないです)

13. 食事をし、銃を撃ってから立ち去る。
(原文通りですが、やはりユーモアには欠けてしまいますね)

14. くっちゃ寝、うっちゃ寝、すたこらササ。
(「寝」というのがもともとは入ってないのでそこが気になりますが、最後の「すたこらササ」は特にうまいです)

15. たべもの:ぼうそう、ササととんそう。
(うーん、たべものとぼうそうのつながりがわかりにくいなあ。コロンを外したらうまくつながるのならわかるんだけど)

16. パンダ:白黒の熊のような大型の哺乳類。中国原産。食事後、射撃してその場を離れる。
(これも全部訳していただきました。定義の文章としたらこんな感じでしょうが、ユーモアはないよねえ……)

17. 世界の三どいっ珍 じゅう、新芽や笹の葉などが好物。
(これもぱっと意味が通じてこないです。工夫は買うけど前半がちょっとわからないよねえ……)

18. 食らうと、発砲して立ち去る。
(これも基本的にはそのままです。定義の方を活かすなら「食らう」は合わないと思います)

19. 食べ物:若枝、葉。その他の物を食べると、うって(’’’)変わったようになります。
(努力は買います。うーん、でも後半はちょっと無理があるなあ)

20. 草食で、うち、若芽や木の葉を好む。
(「うち」はとてもうまいです。leavesも入れられたら満点かもしれない)

21. 食事をし、銃を撃ち、去っていく。
(これもそのままだよねえ。ユーモアはないです。「食事」 生命を維持する栄養をとるため、一日に何度か物を食べること。また、その食べ物。選択され、調理・加工されたものを食べ、時に儀礼を伴うなど文化的な面が強く、動物の採餌とは異なる(『大辞林』より))

■試訳

これはもともと本のタイトルでもあるんですね。ですから本のタイトルだったら、パンダもたちまちトリガーハッピー:カンマ一つで「芽」が「撃つ」にこんな感じかな。本文中だったら食後、発砲の上退去する性質あり。とかにするかなあ。正直いまだに本文中は良いアイデアが浮かばないのです。

第8回ウルトラショート翻訳課題 MVP

原文をそのまま訳してくださった方が多いのですが、その場合には基本的にコンテクスト通りに訳すことになりますから、マニュアルという性質を考えて訳語を選ぶことが必要です。全般に国語辞典を引いてないなあという印象がありますので、自分で意味が分かっている(つもりの)言葉でもまめにチェックするようにしてください。

原文から離れたユーモラスな訳の方は、14と20がなかなか感心しました。(僕のよりなんぼかうまいです。)特に20蕃は、「うち」とひらがなを使ったところが秀逸。ということで、今月のMVPは20蕃さん、岩切ゆゐさんに差し上げます。

■第9回 ウルトラショート翻訳課題

次回の課題文ですが、いまちょうどJohn Sandfordの最新作を読んでいるところです。『Invisible Prey』(Putnam刊)というタイトルです。その中に、こんなのがありました。

Sometimes, depending on who it was, a murder would make him angry, or make him sad, and he wouldn’t have wished for it. But if it was going to happen, he’d be pleased to chase whoever had done it.
He didn’t have a mission; he had an interest.

主人公ルーカスの捜査に対する姿勢を示している文章ですが、この最後の一行、「He didn’t have a mission; he had an interest.」を訳してください。かっこよく決めてもらうとうれしいなあ。interestは原文ではイタリックになっていますので注意。

それではまた来月。

★★訳文の応募は締め切りました★★