第10回 英米文学以外は有名作家の短編で比較読みにチャレンジ

一行翻訳コンテスト2008.02.16

■オススメの一冊
アルベール・カミュの不条理文学

『The Stranger』
(Albert Camus著、Vintage Books刊)

The Stranger

閑話休題。今日は祖父よりも若かった作家から。ペーパーバックの読み方の一つとして、英米文学以外にチャレンジするというのがあります。日本語の翻訳だとわかりにくい作品(たとえば哲学書)などが、英語で読むと意外にすんなりと入ってきたり、逆に最初から英語で書かれていても、移民の作家によるものだと難解になりすぎていたりということも多々あります。僕はフランス語を少しだけ勉強していたのですが、最初に英語で読んでから、フランス語で読んで勉強したこともあります。さすがに分厚いのは無理ですが(^-^; そういう読み方をした本の一つがアルベール・カミュの『異邦人』です。フランス語だと『L’ETRANGER』、英語だと『The Stranger』です。カミュは1913年生まれなので、祖父より10歳以上若いですが、1960年には亡くなっています。

「今日、ママンが死んだ」で始まる本作は、長さもとても短い上にとても入手しやすく、比較して読む勉強にもぴったりです。(よりいろいろな言葉で比較して読むのに良いのがサンテクジュペリの『星の王子さま』なんですが、さすがにドイツ語とスペイン語は数ページで挫折しました……とほほ。)
カミュの作品、本作や『ペスト』は俗に言う不条理文学ということになります。不条理というと何かとても難しそうな感じがしますが、英語だと「absurd」なんですね。「ばかげている」みたいな感じ。英語での定義は「inconsistent with reason or logic or common sense」です。以前ご紹介したモンティ・パイソンもかなり不条理なところがあって、そこが面白かったりします。未読の方のためにネタばれは避けますが、やはり「太陽が黄色かったから」というセリフが有名でしょう。でも今の日本の現実世界で起こっていることが奇妙にカミュのこの言葉に通じてしまうのはある意味とても恐ろしく感じます。

■今月のペーパーバック

『Living Dead in Dallas』
(Charlaine Harris著、Ace刊)

Living Dead in Dallas

次に今月のエンターテインメント作品を。Charlaine Harrisはアンソニー賞も受賞したコジー系のミステリー作家です。『Aurora Teagarden Mysteries』とか『Lily Bard Mysteries』とかいくつかシリーズを出していますが、今回ご紹介するのは『A Southern Vampire Novel』。2003年にシリーズの第1作だけが邦訳で出ています。『満月と血とキスと』(集英社文庫、林啓恵訳)。売れなかったのかなあ。(これを機会に売れてくれないかなあ。)このシリーズの主人公はウェイトレスのスーキー・スタックハウス。とても可愛い女性ですが、なかなか彼ができない。というのも彼女は読心術という能力があるから。第1巻では、そんな彼女でも心を読めない相手が見つかって、恋人にぴったりと思ったら相手が吸血鬼で、おまけに殺人事件に巻き込まれてという展開でしたが、今回ご紹介する第二巻『Living Dead in Dallas』では、同僚は殺されるし、化け物には襲われるしと冒頭からいきなり運がない展開です。そこを助けてくれたのはまたしても吸血鬼。その見返りに、スーキーはちょっとしたお願いを頼まれてしまいます。それは彼女の特殊能力を使って、行方不明になっている吸血鬼を探すこと。でもものごとはそううまくは行きません。ストーリーについてはぜひご一読ください。書く方にとっては、吸血鬼とか読心術っていうのはある意味キツイ縛りだと思うんですが、うまく行くととても面白い作品に仕上がるんですね。この手の小説はやはり会話の妙を楽しむもの。たとえば相手に謝らせるにあたり、こんな会話が続きます。

“I am sorry that the maenad picked on you.”
I glared at him. “Not enough,” I said. I was trying hard to hang on to this conversation.
“Angelic Sookie, vision of love an beauty, I am prostrate that the wicked evil maenad violated your smooth and voluptuous body, in an attempt to deliver a message to me.”

この大げささがたまらないです。普段はあまり使わない言葉が多いと思いますが。

■第9回 ウルトラショート翻訳課題の講評

では、今月のコメントを。

<課題文>

Sometimes, dependin’ on who it was, a murder would make him angry, or make him sad, and he wouldn’t have wished for it. But if it was going to happen, he’d be pleased to chase whoever had done it.
He didn’t have a mission; he had an interest.

主人公ルーカスの捜査に対する姿勢を示している文章ですが、この最後の一行、「He didn’t have a mission; he had an interest.」を訳してください。かっこよく決めてもらうとうれしいなあ。interestは原文ではイタリックになっていますので注意。

最初に説明から。missionというのは、使命という意味なんですが、最近は企業関係の翻訳で日英・英日とも良く使います。Corporate Social Responsibility (CSR)というのが重要になっているためで、その中ではたとえば、commitmentとか、involvementとかcontributionとかをやたらと使うハメに陥ります。「a task that has been assigned to a person or group」ですね。interestというのは関心・興味です。それ以上でもそれ以下でもありません。ですから、この手の訳文をかっこよく決めるには(産業だとキャッチコピー訳しているようなものです)冗漫にならないこと、それに言葉を足しすぎないことが大切だと思います。では、皆さんの訳文を拝見しますね。

1. 職務というより、自分の意志なのだ。
(*意志というと、強いですよね。「物事をなすにあたっての積極的なこころざし。」でもそれだとむしろmissionの方に近くなっちゃうんじゃないかな。)

2. 任務ではない。「心」が動いていたのだ。
(*アイデアは悪くないと思うんですが、「心」が動くというのは括弧でくくってもやっぱりちょっとピンとこないんじゃないかなあ。)

3. 彼の仕事ではなかったけれど、そそられてしまった。
(*いや、ルーカスは警察官(正確にはちょっと違うんですが)ですから、仕事そのものなんです。でも「そそられる」は「興味をそそられていたのだ」みたいにするとそれなりに悪くないんですが。)

4. 指令を受けて、というのではなく、ただそうしようと思うのだ。
(*上司から指令を受けています。「ただそうしよう」何か自然体すぎるような気がしますね。)

5. それは任務だからではなく、ただ心がかき立てられるのだった。
(*かき立てるは「関心をもつように人の心を強く刺激する」なのでOK何ですけど、「心」よりは「好奇心」だろうなあ。)

6. 彼に使命感はなかった。知りたい、と思うだけだ。
(*ああ、これは割といい感じ。「ただ知りたいと思うだけだ」とした方がすっきりしそう。)

7. 使命感というより、むしろ、探究心が彼を動かしていたのだ。
(*「探求心」というと「物事の真相・価値・在り方などを深く考えて、明らかにしたいという気持ち」ですよね。英語だとinquiryで、ここではinterestだからもう少し軽そう。)

8. 彼にとって、仕事は「任されるもの」ではなく「趣味」なのだ。
(*「趣味」はちょっと行き過ぎじゃないかなあ。ルーカスの職業を考えると。探偵とかならいいのかも知れないですが。)

9. ルーカスの心中にあるのは職務への使命感ではない。そう、犯人が誰なのかを知りたいだけなのだ。
(*ちょっと長くなりすぎかな。長くなるほど、訳語の選択が難しくなるんですよ。「そう」っていうのは英語なら「Yes」だろうなあ。)

10. ルーカスは、捜査の使命など持ち合わせていなかった。 つまり、彼が従うのは、好奇心に他ならなかった。
(*「捜査の使命」って何だろう。使命は(1)使者として命ぜられた命令・任務。(2)与えられた重大な任務。天職。なので、ちょっと当てはまらないんじゃないかなあ、捜査には。あと「つまり」ではないと思うんですけど。持ち合わせていなければ、即、好奇心にはならないと思う。)

11. 彼は‘任務を遂行‘していたのではない。ただ真実を知りたかったのだ。
(*「‘」は使わないです。化けたのかな? 「真実を知りたい」だとやっぱり「wanted to know the truth」になっちゃうと思います。)

12. 彼は使命感からではなく、好奇心から捜査をした。
(*意味的にはいいんですけど、ちょっとシンプルすぎるかな。わざわざセミコロンを使っているのは対比を出したいから。そこをもう少し強調すると良くなりますよ。)

13. そんな時、ルーカスの頭に任務はない。あるのは興味だ。
(*そんな時ってどんな時なんだろう。あと「任務」は微妙かなあ。「課せられた仕事。果たすべきつとめ。」だから、やはり「頭に使命感はない」とか「任務という言葉は浮かばない」とか。)

14. 使命感などではなかった。そそられるのだ。
(*「そそる」というのは、「好奇心」とか「興味」をつけないと、ちょっと違った意味にとられてしまうかも。)

15. 彼を”追う者”にするのは使命感ではなく、”追われる者”だった。
(*アイデアは悪くないです、というか面白いです。訳文としてはやりすぎだと思いますが。でも「”追われる者”に対する興味」じゃないかなあ。)

16. 彼を駆ったのは使命感じゃない。興味本位だった。
(*「駆った」だったら「駆り立てた」の方が読みやすそうです。「興味本位」というと「おもしろいと思いさえすればよいという傾向。」という意味です。間違いではないんだけど、使命感と興味本位って対になるかなあ。)

17. 使命感などさらさらない。いわゆる好奇心のなせる技だった。
(*工夫は感じられるんだけど、「何が」好奇心のなせる技なのかが分からないと読みにくい文章になってしまうと思うんですね。)

18. 彼には任務はなかったが、つながりがあった。
(*「つながり」というのは唐突すぎて分からないでしょうね。読者の立場に立っての工夫を。)

19. 彼を動かしていたのは、任務ではなく事件に対する好奇心であった。
(*意味としてはまったくその通りで、流れも悪くないです。もう少し対比をしっかり出すと良いでしょうが。)

20. 命じられたわけではなく、自分が好きでやっていたのだ。
(*「好きで」というのは少し意味が広すぎて、interestから離れすぎていると思います。)

21. 義務感なんかじゃない。それが彼の性分だから。
(*性分というと「生まれつきの性質。天性。性格。」だから好奇心とは違うんじゃないかなあ。でも雰囲気は好きです。あと「じゃない」という訳にするとけっこうラフな感じは受けます。)

22. 任務だからじゃない。惹かれるんだな、犯人に。
(*「惹かれる」というと魅力を感じているというニュアンスがありますね。犯人が女性だといいけど、男性だと……。違うか。)

23. 仕事だから追っていたのではない。そそられるのだ
(*「そそられる」はこれで2人目。何もなくてそそられちゃうと違う意味に取る人も出ると思うんです。あと仕事は仕事ですから。仕事で追っているんだけど、それに使命感を抱いているからというわけではなくて、単純におもしろい(語弊はあるけど)から、という感じ。)

24. 彼に使命感はなかった。知りたい、と思うだけだ。
(*「知りたい」とすると、どうしても「何を」と聞き返したくなる気がします。このあたりは一番難しいところかな)

25. 使命に駆られているわけでもないのに、好奇心が沸いたのだ
(*これだとニュアンス変わってしまいます。使命感がないことと好奇心があることの間に直接の関係性はないんです。)

26. 彼にとって追跡は、使命というよりもはや趣味なのだ。
(*これも同じ。「~というよりも」ということは「~もある」というニュアンスになっちゃうから。interestは趣味とはやっぱりニュアンス違うんじゃないかなあ。「a sense of concern with and curiosity about someone or something」)

27. “彼にそうする義務があったわけではなく、単なる好奇心からである。
(*お仕事だから義務はあるんですよ。あと文章が少しねじれているような気がします。そうしたのである、かなあ。)

28. 使命だなんて思っちゃいなかった。殺人犯を追いかけるのは単なる趣味だったのだ。
(*趣味ってみんな好きですねえ(^-^; 「専門としてではなく、楽しみにすること」なので、金田一少年ならOKかなあ。)

29. 彼には使命があったのではない。あったのは、興味だ。
(*これなら「彼にあったのは使命ではない。興味だ。」になるでしょうねえ。)

30. 任務だからというのではなく、追いかけずにはいられないのだ。
(*これだとすっかり違う立場の人になっているような気がします。森下千里ちゃんじゃないんだから。 )

31. 使命感はなかった。好奇心に突き動かされてのことだった。
(*悪くないです。ただ「突き動かされる」というのはそうとう強い感じがするので、英語だとdrivenとかになりそう。haveだからもっとさりげなく。)

32. やらなきゃいけないわけじゃないけど、やらずにはいられなかった
(*うーん、やらなきゃいけないんだけど。やっぱり、missionとinterestを「やる」一言ですますのはちょっと無理がありそうです。)

33. 彼には任務があるわけではなかった。ただ興味だけがあった。
(*the chief investigator for the state’s Bureau of Criminal Apprehensionという肩書きだから任務がないわけではないです。「ただ~だけ」だとちょっと強調しすぎかなあ。もう一工夫。)

34. ルーカスを動かしていたのは使命感ではなく、好奇心というものだった
(*シンプルにまとめているけど、悪くはないんですが「好奇心というもの」としてしまった時点でコンサイスさに欠けてしまうと思います。「好奇心だった」まで行っちゃう方がいいかな。)

35. 彼には任務はなかったが、つながりがあった。
(*「つながり」って何だろう? connections? link? 日本語としてわかりにくくありませんか?)

36. 使命感じゃない、性分だ。
(*シンプルにまとめているんですが、性分というのは上にコメントした通り。前の文章とのつながりを考えるとこれももう一工夫かなあ。)

37. 彼にとってそれは、任務ではなかった。ただ「興しろいもの」だったのだ。
(*「興しろい」という漢字にした上に、括弧でくくる理由があるかなあ。)

38. それが任務だったからではない。ただ犯人を捕まえたい、それが彼の関心事だった。
(*missionは「an operation that is assigned by a higher headquarters」とか「a task that has been assigned to a person or group」という感じ。「捕まえたい」はちょっとニュアンス違うんじゃないかなあ。ルーカスは狩りも好きなんですよ。)

39. 誰に命じられたわけでもない。知りたい、ただそれだけだ。
(*ああ、これはかなりいい感じ。)

40. 使命感などないが、いても立ってもいられなくなるのだ。
(*うーん、interestって「いても立っても」というほどには強くないんじゃないかなあ。uncontrollable urgeというわけじゃないもんねえ。)

41. 仕事だから、というのではない。そうしないわけにいかないのだ。
(*でも「そうしないわけにいかない」だと、義務っぽくない? 「そうせずにはいられない」ならわかるけど、interestだからぎりぎりかなあ。)

42. 掻き立てられるのは使命感ではない。好奇心だ。
(*悪くないです。ニュアンスはちょっと違うんですけどね。)

■試訳

ルーカスを動かしているのは使命ではない。関心だ。
特に使命感があるというわけではない。ただ興味があるのだ。
人から命じられてというわけではない。興味があるから追うのだ。

第9回ウルトラショート翻訳課題 MVP

とかかなあ。いろいろ考えてみてください。あと、英和辞典で訳語を探したら、必ず国語辞典でさらにその意味を確認すること。みなさん辞書引かなすぎ。
ということで、今月のMVPは、39番、岩切ゆゐさんに差し上げます。 がんばってねえ。

■第10回 ウルトラショート翻訳課題

今月は上にご紹介した「Living Dead in Dallas」から。

“I am sorry that the maenad picked on you.”
I glared at him. “Not enough,” I said. I was trying hard to hang on to this conversation.
“Angelic Sookie, vision of love an beauty, I am prostrate that the wicked evil maenad violated your smooth and voluptuous body, in an attempt to deliver a message to me.”

この文章の最後の行を、ドハデにお願いします。ちなみにviolate your bodyというのは、このスーキーの会話相手である男性にメッセージを届けるために、maenad(イノシシを連れた謎の女)がペットのイノシシにスーキーを踏んづけさせたことを指しています。ちょっと長いけどよろしくね。

それではまた来月。

★★訳文の応募は締め切りました★★