第4回 最高のパフォーマンスは十分な疲労回復から 前編

通訳者のメンタルトレーニング2016.03.15

プロには「休養」が必要

私はスポーツ観戦が好きなのですが、若い頃にどうしても理解に苦しむことがありました。メジャーリーグにせよ、プロバスケのNBAにせよ、何百、何千万ドルもの年俸契約をしていながら、「休養」という理由で試合を欠場する選手がいたのです(もちろん今もいます)。それだけ稼いでおきながらケガもないのに欠場なんて、高いチケット代を払って観戦しているファンをバカにしているのではないか、と感じていました。

通訳を仕事にした今では、この理由を理解できます。特に繁忙期など数週間休みなしで現場に出ていると体力回復が追い付きませんし、肉体疲労があると精神的にも乱れてきます。仕事を長いスパンで考えたとき、繁忙期であっても心と体を適度に休める積極的努力をしないとパフォーマンスの質は落ちますし、訳の創造性も枯渇するでしょう。今の私は通訳という仕事を1年の勝負ではなく、3年から5年程度の長いマラソン勝負として考えてスケジュールを組んでいます。

思うに、多くの通訳者は回復の重要性についてきちんと考えていないような気がします。みんな休みたいとは思っているけれど、特に休養日を設定することはなく、仕事のオファーがあると流れで受けてしまう人が多いのではないでしょうか。フリーランスは仕事の切れ目が縁の切れ目、働けるうちにがっつり働こうと考えている通訳者は少なくありませんし、その論理は私も理解できますが、そのような通訳者にはこの動画を観てほしいです。

ステファン・サグマイスター:長期充電休暇のちから

要は引退後にたっぷり休むのではなく、まだ現役の時から長めの休みを定期的に設定して想像力の枯渇を防止しましょう、ということです。ただ、サグマイスターのように1年休んでもすぐに復帰できるブランドを持つ通訳者はあまりいないと思うのでそこまでするわけにはいかないと思いますが(そこまで極端である必要はないと思います)、私は案件数が比較的減る8月や12月は長めに休暇をとってリセットしています(2~3週間)。

近年は案件単位でも意識的に休みを設定して無駄な消耗を避けています。たとえば私は2人体制の同時通訳現場では基本的にパートナーにあまりメモを出しません。日本の通訳学校ではメモを出して助け合うようにと教えるようですし、私も3人体制であればそうすることはありますが、2人体制でメモ出しをしていると常に何らかの作業を強いられるので十分に休む時間が確保できず、結果的にお互いが急速に消耗してしまうと考えているからです。このアプローチについては賛否両論あるかもしれませんが。

同時通訳は脳の運動!脳を休ませよう

スポーツをした(する)人であればわかると思いますが、ハードな無酸素運動をした後は必ず一定の回復時間を設けないとその後のパフォーマンスは加速度的に劣化します。そして同時通訳は間違いなく脳の無酸素運動です。

私は自分のピークパフォーマンスを維持するため、15分交代の同時通訳であれば、自分のターン終了後にまずイヤホンを必ず一度外します。この物理的分断により心理的に区切りをつけ、脳を回復モードに切り替えるのです。プロのテニス選手はポイントとポイントのあいだにタオルで腕を拭いたり、指でガットを整えたりしますが、これは心を整える意味もあり、それと同じ原理だと考えてください。メンタルの波を回復フェーズまでドーンと一度落とすことが重要なのです。イヤホンを外して数分休み、必要であれば席を立ってトイレに行くことも。ただし自分の番の少なくとも5分前には着席してイヤホンを装着し、また集中力を徐々に高めていきます。将棋の羽生善治さんも「集中力をコントロールするコツとして知っておくといいのは、本当に深く集中するためには、ある程度の助走期間、時間が必要だということです。やはり急には集中できないので、少しずつ、集中が深い状態にしていくのです」と述べています。

要はメリハリをつけて、脳をうまく休ませることが重要なのです。私が住む東京はただでさえ刺激に溢れる大都市なので、意識的に何も考えない時間を持って脳を休ませないと、知らないうちに集中力・判断力が鈍ります。移動中の電車で目にする広告も脳に刺激を与えていることを忘れずに!