第2回 旅に出るなら ― あなたはノマド派? ケジメ派?

実践!ノマドライフ2016.01.25

寝返りのワケ

僕は今、京都駅の12番ホームで東京行きの最終列車を待っている。旅の充実感と、大きな仕事を終えたあとの開放感を同時に味わいながら。今回はいつにも増して盛りだくさんのノマド旅だった。

PCで仕事をしながらではあるが、頻繁に長めの旅をする。このノマドスタイルの対極には、たまにしか遠出はできないが、数日だけ休みを確保し、「仕事のことを完全に忘れて旅を楽しむ」という、ケジメをつけた一般的な旅行スタイルがある。皆さんならどちらを選ぶだろうか? Twitterで聞いてみた。

**選べるとすればどちら?(いずれも一人旅とする)回答数:36**

「ノマド派」
⇒毎日一定の仕事があって中途半端にしか観光できないが、毎月1週間旅行: 11票(31%)

「ケジメ派」
⇒3カ月に1回だけだが、しっかり休みをとって3日間旅行:25票(69%)

意外な結果だった。僕は我がノマド派の惨敗を予想していた。定住が基本の農耕民族に聞いてみて遊牧民(ノマド)的なスタイルが3割以上の支持を集めたのだから、大健闘といえるだろう。
ただ、僕自身はもともとONとOFFをはっきり切り替るケジメ派だった。好きでノマド派になったわけじゃない。休みを確保できないから、そうするしかなかった。翻訳だけで一家4人+1匹を養い続けるというのは、そんなに生やさしいことではないのだ。忙しすぎて旅に出るようになった。それが実情だ。
ところが、翻訳仕事の合間に少しだけ旅を楽しんいる様子を撮影してアップしていると、決してそういうふうには思われない。友人にも親にも「相変わらずお気楽なやつだ」と思われてしまうのだから、皮肉なものである。
nomad2-1

(岩手県の遠野でカッパを釣る筆者)

ノマドスタイルの問題点

今ではすっかりノマド旅がなじんでしまったが、問題もある。今回は学生時代の友人たちとの九州旅行だった。仲間は企業戦士や子持ちの主婦なので、週末のみ。しかし、九州まで行って金・土・日だけで帰って来ては、ノマド翻訳者の名がすたる。そこで前乗りして博多在住の旧友との再会を楽しみ、友人たちと別れたあとも旅を続行することにした。

仕事を置いていくことはできないにしても、出発前にできるだけ片付け、旅行中の仕事負担を極力減らしたいものだ。今回は友人たちと一緒なのだから、なおさらである。ところが、ノマド旅に慣れてしまうと「まあ向こうでやればいっか」となり、前倒しでやろうという意識が薄れてきてしまう。そして旅先で後悔する。このパターンからは抜け出し、曲がりなりにもケジメをつけたいと思っている。nomad2-2

(別府温泉でルームメートより早起きして仕事)

ノマド旅は欲張らない!

友人たちとのグルメ旅を楽しんだあと、フェリー乗り場で別れて大分から愛媛へと向かった。ノマド旅にはコツがある。その一つは「旅程を固めない」ことだ。
何しろ仕事最優先だから、忙しくなれば予定していた場所へ行けなくなるし、場合によっては切り上げて帰らなければならない。訪問を逃した場所が多いほど、満足度は下がる。
だったら最初から「ここだけは行きたい」というのは一つだけにしておこう。あとはもし時間ができれば行く…そんな“欲張らない旅”をモットーにしている。

今回の「ここだけ」は、しまなみ海道。今治から瀬戸内海の島々を結んで尾道まで続く道だ。ここをレンタルサイクルで走る。テレビで見ていて気持ち良さそうだった。
が、見るのとやるのでは大違い。何しろアップダウンが激しい。ほかの人たちは全身タイツでスポーツタイプの自転車。しかしこちらは、いつでもどこでも仕事に取りかかれるようにとPCを手放せないノマド。カゴ付きのママチャリで奮闘するしかなかった。
nomad2-3

nomad2-4

(上:70km中50kmを走破、下:大三島の大山祇神社で)

ノマドの醍醐味とは

アクティビティーに時間と体力を消費したせいで仕事がたまってしまい、旅の後半はホテルにこもりがちだった。京都には3日間滞在したものの、観光できたのは最後の半日のみ。“ケジメ派”なら、そんなの旅じゃないと言うだろう。
しかし、2日間ほぼ寝ずに仕事し続け、休む間もなくホテルを出ると、すぐそこに非日常的な癒しの空間が待っている。このギャップ。陶酔するほどの高低差。普通に観光していただけなら「ふーん」としか思わないかもしれない祇王寺の大日如来の微笑みが、翻訳(とサイクリング)で疲弊したばかりの心と体にすっと染みわたる。涙が出そうになるほどに。

こればかりは、きっとノマド旅でしか味わえないと思う。こんなアップダウンなら大歓迎。これがやみつきになり、仕事に追われながらもまた旅へと出てしまうのだ。

nomad2-5nomad2-6nomad2-7