大卒後に映像翻訳者に。スペイン語も生かす

リレーエッセイ2015.11.26

翻訳者と聞くと、1日中パソコンに向かって黙々と作業をする孤独な姿を連想されるかもしれない。実際、週に2〜3日は私もそうしている。しかし、残りの3〜4日は外に繰り出し、大勢の人と顔を合わせている。行先は映像翻訳の学校や大学、吹替版の収録スタジオ、映画祭の打ち合わせなどだ。日替わりランチのような毎日で、朝起きる時間も降りる駅も違うが、もともと人と接する仕事が好きなので、幸いこうしたスタイルは性に合っている。

映像翻訳の道を志したきっかけは、スペイン語のロケテープの素材翻訳との出会いだ。まだ大学在学中のことで、こんな仕事があるのだと惹かれたとともに、その難しさも思い知った。「どうすれば、もっと上手くやれるようになるんだろう?」 そんな悔しさと疑問からリサーチを始め、映像翻訳の学校に行き着いた。

大学4年次の就職活動を捨て、退路を断ってがむしゃらに学んだ甲斐があってか、そのまま映像翻訳の学校兼エージェントに就職し、翻訳だけでなく、ディレクションや講師の仕事をする機会に恵まれた。

ディレクターの経験が
翻訳者としての糧に

翻訳者としての私にとって、大きな柱であり糧となっているものの1つがこのディレクター業である。翻訳エージェント時代のディレクターの仕事は、クライアントから依頼を受け、翻訳者さんに発注をし、上がってきた原稿をチェックして納品する…という一連の作業だ。ディレクターとして勤めた約8年間、幾千の素材や原稿に触れてチェックやリライトを行う一方で、多様なエンドクライアントの声を直に聞けたことは、客観性や柔軟性を身につける上で非常に貴重な経験だった。素晴らしい翻訳者さんたちとの出会いも大切な宝だ。

一方、今はフリーとして、ドキュメンタリーの吹替版のディレクションを請け負っている。同じディレクターという肩書だが、こちらは最終台本を作り、配役を行い、収録現場での指示を行う…という、正真正銘の最後の砦だ。強烈な緊張感の中、よりストイックに作品と向き合い続けて早2年。何を捨て、何を生かし、何が求められるのかが、以前より鮮明に見えてきた。声優さんの美しい声がのったオンエアを見るのも楽しみのひとつだ。回を重ねるにつれ、地球の大自然に対する興味や愛も深まっている。

スペイン語の知識が
仕事にもプラスに

さらにもう一つ、自分にとって大きな原動力となっているのが、スペイン語とスペイン語圏の文化や人々に対する愛である。もともと大学でスペイン語を専攻したこともあり、将来は絶対にスペイン語を使う仕事に就きたいと思っていた。ブラジル音楽のサークルに入ったことがきっかけで、しばらくは専ら中南米の国々に惹かれた。初めての海外旅行はメキシコ、留学先はキューバ、卒業旅行はペルーとボリビア、新婚旅行はアルゼンチンとブラジル…と、人生節目節目で地球の裏側に足を運んだ。

これまで受けた翻訳の仕事でも、キューバやブラジルの音楽ものや、ラテンアメリカ諸国の歴史や政治・社会問題を扱った映画、昼ドラ真っ青の強烈なテレビドラマなどが多い。一方で、ここ数年はスペインに対する関心も高まっている。特に惹かれるのは、そのすばらしい食文化だ。ワインや生ハム、オリーブオイルなど、食材に対する人々の熱意や誇りに触れて感銘を受け、もっと知りたい、もっと食べたい…と鼻息を荒くしている。

幸い、最近スペインドラマの翻訳にも携わることができ、自分の中でのスペインブームはまだまだ続きそうだ。

常に自分の商品価値が問われるフリーの仕事は、日々緊張感に満ち満ちている。固定収入や有給もないし、締め切り前の肩こりは実に悲惨だ。でも納品後の達成感と、キンキンに冷えたビールはかけがえのない喜びである。そして何より、大好きなことを仕事にできていることが、私にとって最大の原動力だ。翻訳者として、ディレクターとして、講師として…。メディアに関わる者の一人として、これからも多くの作品を日本の視聴者に届けていきたい。

★『通訳・翻訳ジャーナル』2015年秋号掲載★