エンタメ業界に憧れ 銀行員から映像翻訳へ

リレーエッセイ2015.11.16

翻訳を始めて早12年。どちらかと言うと小心者の部類に入る私が、よくぞ思い切ってこの世界に足を踏み入れたなと最近振り返ることが多い。

大学卒業後は、外資系銀行に勤めていた。仕事環境もよく、やりがいのある仕事だったが、マーケティング部で広告代理店とやりとりをしているうちに、“依頼する側”ではなく“つくる側”に行きたいという思いが次第に募っていった。

実は、昔からエンターテインメント関連の仕事に就くことを夢見ていたのだ。幼少期をアメリカで過ごし、海外のテレビや映画、音楽が好きだったので(英語もほとんどそこから学んだと言っても過言ではない)、就職活動のときもエンタメ業界に挑んでみたものの、能力不足のため見事に玉砕。自分とは縁のない世界だと諦めていた。

そんな頃、友人に誘われて字幕翻訳の学校の説明会に行ってみることに。正直なところ翻訳自体にはあまり興味はなかったのだが、字幕ならばテレビや映画業界と関わることができると思い、試しに通ってみることにした。

映像翻訳学校に学び
トライアルに合格

コースを修了した直後、リスニングを得意としていた私は、学校に併設されたエージェントから台本のない情報番組のボイスオーバーの仕事をもらえることになった。そしてほぼ同時に、トライアルに受かって映画祭で上映される作品の字幕翻訳も担当。ゆっくりではあるが、翻訳者としてスタートを切ることに成功した。

そして本気でこの道を進むのであれば中途半端なことはできないと考え、当時勤めていた会社を辞めることを決意。当然周囲には驚かれたが、この無謀な“本気度”が功を奏したのか、その後も比較的コンスタントに仕事は入ってきた。とは言え、いきなり翻訳だけでは食べていけないので、週3日、バイトや派遣社員として働きながら翻訳をこなし、コツコツと経験を積んでいった。両立が難しくなり、完全にフリーランスになったのはその3年後だった。

本当にがむしゃらに働き始めたのはここからだ。収入源が翻訳だけになったので、生活費を稼ぐには翻訳の本数を増やさねばならない。翻訳の本数を増やすには仕事のスピードをアップさせねばならない。でも質の高い原稿を納品しないと次の仕事はない。そんな具合で、フリーになりたての頃は、かなり神経質になり、休みなく机に向かっていた気がする。

字幕が縁でエンタメ
通訳の仕事も開始

このときの踏ん張りのおかげで翻訳の“筋力”が鍛えられ、次第に翻訳以外の仕事にも幅を広げる余裕が出てきた。その一つが通訳だ。字幕翻訳でもインタビュー映像の仕事を好んで受けるのだが、どうやら私は“人の生の言葉”を日本語にするのが好きなようで、最近は音楽アーティストや俳優、監督のインタビュー取材などの通訳をさせてもらっている。ほかにも、TVやCMの撮影現場で外国人が出演する際に立ち会ったり、映画制作を学ぶ海外の大学院生が日本で撮影する際に、現地コーディーネーター(肩書きは一応プロデューサー)を務めたりもしている。また、映画祭のプログラミングチームの一員として、この4年間、作品選定にも関わっている。翻訳や通訳の仕事ではないが、作品を観て海外の制作会社や配給会社とやりとりをし、映画祭期間中もゲストのアテンドをするので、当然英語力は必須だ。

銀行員だった私が一度は諦めかけた業界で仕事をしているのは、自分としても不思議でならない。でも好きなことだからこそ、周りに自分をアピールできたのだろうし、周りのサポートを得られたからこそ、仕事の幅を広げてこられたのだと思う。「一番の苦労は?」と聞かれたら、常に納期に追われていること、苦手なジャンルの仕事を依頼されることくらいだろうか。翻訳や通訳をする際は、常に新しい情報を仕入れておく必要があるが、好きな分野であればそれも苦にならない。逆に、もっと知見を広げる時間が欲しいくらいだ。

今後のキャリアがどう展開していくか自分でも読めないが、さらに12年後、自分の意外な冒険心に驚いていられたらおもしろいなと思う。

★『通訳・翻訳ジャーナル』2015年夏号掲載★