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2023.07.03 UP

「ハリー・ポッター」シリーズ翻訳者
松岡ハリス佑子さん Special Report&Interview Vol.2

「ハリー・ポッター」シリーズ翻訳者<br>松岡ハリス佑子さん Special Report&Interview Vol.2
※『通訳翻訳ジャーナル』2019年秋号より転載

子どもから大人まで、誰からも愛されるファンタジー「ハリー・ポッター」シリーズ。2022年には2016年にロンドンのパレス・シアターで初演された舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』が日本でも上演され、さらに2023年6月には「ワーナーブラザース スタジオツアー東京 – メイキング・オブ・ハリー・ポッター」(東京・豊島区)がオープンし、大きな話題となるなど、ハリポタ人気はますます過熱しています。
そのハリー・ポッターを日本に紹介したのが翻訳者の松岡佑子さんです。
季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』では、2019年に『ハリー・ポッターと賢者の石』の邦訳刊行20周年を記念して行われた松岡さんのご講演会のレポートとインタビューを誌面に掲載しました。その記事を今回、特別にWeb版「通訳翻訳ジャーナル」で公開します(全2回)。
Vol.1ではハリポタ翻訳の裏話、シリーズの動向などがわかる講演会のレポートを、
Vol.2では翻訳者の皆さんへのメッセージなど含む、松岡さんのインタビュー記事を掲載します。
※季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』2019年秋号より転載。本記事の講演とインタビューは2019年6月に行われたものです。

→Vol.1 「ハリー・ポッター 二十年目の贈りもの」講演会レポートはこちら!

【Vol.2 松岡ハリス佑子さんインタビュー】

情熱を注いで言葉を追いかける――
「ハリポタ」を訳して気づいた翻訳の醍醐味

ここ数年、立て続けに舞台(『ハリー・ポッターと呪いの子』)や映画(「ファンタスティック・ビースト」シリーズ)の脚本を訳している。前者は『ハリー・ポッターと死の秘宝』から19年後の、後者は『ハリー・ポッターと賢者の石』の約70年前を起点とした物語。舞台となる〝魔法ワールド〞(Wizarding World)はすっかり慣れ親しんだ世界だが、翻訳の仕事としては新たなチャレンジとなった。

「脚本にはト書きがありますが、やはり実際に舞台や映画を見て、俳優の演技や作品の雰囲気をつかんでからでないと、思うように訳せません。映画の場合、字幕と吹替の日本語を考慮して訳す必要もあるので、本の翻訳とはだいぶ違います」

出版翻訳の経験がまったくない状態から、『ハリー・ポッターと賢者の石』の訳出に挑んだのが20年前。あれからずっと「原作の味わいやおもしろさを、日本語で十分に伝えきる」ことだけを考え、著者J・K・ローリングが描き出す魔法の世界を忠実に再現してきた。

シリーズの翻訳に対して「言葉づかいが難しい」という声もあったが、「子どもの能力を侮るべきではない」と松岡さん。「仮にわからなくてもあとで読み返せますし、年齢にあった読み方というものがありますから、そのときどきで得た印象を大事にすればいい。何より、言葉が多少わからなくても一気に読ませる力がこの作品にはあります」。

翻訳するときは、とにかく原書を読み込む。以前と比べてネットで調べ物をする回数はぐんと増えたが、机いっぱいに英語と日本語の辞書を広げ、紙のページを繰って言葉の意味や言いまわしを確認するスタイルは、今も変わらない。ある程度の量を訳したらしばらく寝かせ、時間をおいてから見直すプロセスも同じ。そのほうが「新たなイメージが湧いたり、新しい言葉が思い浮かんだりする」ためだ。同時通訳者として35年以上のキャリアを重ねたが、聞いたそばから訳出していく一発勝負の世界では、そこまでじっくり言葉に向き合っている余裕はなかった。

「子どもの頃から英語が好きで、好きな英語がたまたま言葉だったから、言葉そのものを好きになったということは、確かだと思います。だけど、これほど情熱を傾けて言葉を追いかけるようになったのは、間違いなく翻訳を始めてからです。なぜと言われたら、これは実際に翻訳をやった人でないとわからないでしょう。英語圏の人が空気を吸うように無意識に使っている言葉の意味を考え、それをどう訳せば日本人にわかってもらえるかを考える。それは非常におもしろいプロセスです。興味が尽きることはありません」

【現在の活動】
恵まれない子どもたちへ
読書の楽しさを届ける

大学を卒業してすぐに始めた通訳は、シリーズ第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の翻訳に取りかかる頃に事実上、引退した。今では、ときおりオーストラリア人の現夫ボブ・ハリスさんの通訳をする程度だ。

生活の拠点はスイスにある。静山社の社長業をこなすため、年に4回ほど帰国するが、それ以外は風光明媚な彼の国で活動。翻訳に勤しむだけでなく、ジュネーブを本拠地とする財団、マジック・ライブラリーズ・ファウンデーション(Magic Libraries Foundation)の運営にもあたっている。

同財団は、2016年に松岡さんがハリスさんとともに設立。途上国などの恵まれない子どもたちに本を届け、読書の楽しみを知ってもらうことを活動の柱にしている。

「例えば、アボリジニ(オーストラリア先住民)のための図書館に本を贈っていますし、現在は現地の財団と協力しながらミャンマーでのプロジェクトを進めています。先日、日本でも『松岡マジック・ブック・ヘリテージ』という社団法人を立ち上げたので、スイスの財団と協力しながら活動していこうと考えています。日本文化の理解につながるような良質な物語を海外に広めるという目的がありますので、静山社やほるぷ出版(※)で出している日本人作家の本はもちろん、広くいい本を寄付していければと思っています」

今後は、寄贈する作品の現地語化を担う翻訳者の育成も行っていく方針で、近いうちにタイでプロジェクトが始動する。

「読書の楽しみを知ってもらうには、やはり心の柔らかい子どもたちに訴えるのが一番。世界には、本が読めない環境に置かれている子どもたちがたくさんいるので、その子たちが心の楽しみを得られるよう、さまざまなかたちで支えていきたいですね」

※静山社、ほるぷ出版とも、現在は静山社ホールディングスの傘下にある。

※ 『通訳翻訳ジャーナル』2019年秋号より転載 取材/金田修宏 写真/合田昌史 取材協力/静山社、NHK文化センター

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